<22> vs施錠学派
説明しよう!
チートデイとは、ダイエット中に食事量を減らした影響で代謝が低下した時、代謝を元に戻す目的で一時的に過食を行い、体重減少に弾みを付けるテクニックである!
中途半端な食事量ではダイエットを更に遅滞させるのみで、脂質控えめの食事を一日に4000~5000kcalほど摂取し、翌日からは再びダイエット食に戻すのが効果的とされる。
ダイエットの息抜きに小洒落たカフェへスイーツとか食べに行ったところで、代謝を戻す効果は無いから気をつけるんだ!
だが! ヒミカの場合、その『チート』は別の意味を併せ持つ!
ヒミカの持つ『
故に最適な食事のタイミングは戦闘の直前、もしくは戦闘中である。
ダイエットの最後の追い込みとしてヒミカは、ギリギリ基礎代謝未満の食事をしつつ、身体が小食に順応しないようチートデイを挟む手法を採った。
そのチートデイのタイミングを戦いに合わせてしまえば、一石二鳥。過食が余すところなく武器に転ずるのである!
「散開しろ! まとめて吹っ飛ばされんぞ!」
セラの号令で四人は一斉に別れる。
セラは地を這う銀色の風となり、ヒミカはただひたすら全速力で走る。
フワレは魔法で二十面体ダイスのような光の防壁を張りながら転がり、メルティアは一瞬ヒミカの視界から外れたと思ったらどこにも居なくなっていた。
直後、砲撃が炸裂!
脳髄までしびれるような振動! 地面にはクレーター!
爆風に煽られてヒミカはつんのめり、抉られた土をバラバラと背中で受けた。
スペアリブは美味しい。
直後、耳障りな金属音が響く。
セラが勢いそのままに、ゴーレムの足に斬り付けたのだ。
火花が散るが、しかしうっすら切れ込みが入っただけだ。
「チッ。流石にタダじゃ斬れねえか」
銀色の剣を振るってセラは、削れた金属粉をふるい落とす。
そのセラ目がけ、ゴーレム搭載の
発射音は意外と静かだが、風を切る音が怖気を誘う。矢軸と鏃が一体化した、投げ槍みたいなサイズの矢が立て続けに発射され、地面に突き立った。
セラは飛び離れ、地面に手を突き、偏差撃ちをバク転で回避!
その瞬間をヒミカは狙った。
相手が巨大ロボだろうと、それを操縦しているのは人間だ。セラに攻撃を仕掛けながらその他の全てに360度注意を配るのは不可能である。
蹴ることもできぬ膝裏に飛びついた。
『短慮、浅慮よ!』
「!!」
ヒミカの目の前で火花が散り、全身にまんべんなく激痛が走った。
電撃である!
ゴーレムの身体全体が稲妻を帯びて、曇天を白々と照らしたのである。
しがみ付く手のひらが焼け焦げる感覚!
だがヒミカは手を離さなかった。
この世界に来てからこれまで、ヒミカは幾度もの戦いを経験した。その大半は施錠学派が派遣した刺客ゴーレムだったが、とにかく、その戦いの中で幾度も傷を負い、己の肉体の強度をある程度把握している。チートパワーの守りあらば、多少の攻撃には耐えられるのだ!
「援護よろしく!」
「了解です!」
長々と説明せずとも、フワレはヒミカの意を汲んだ。
「≪
回復魔法を、フワレは使った。
電撃によってズタズタに引き裂かれるヒミカの肉体が、傷つく傍から治っていく。
とは言え、流石にダメージの方が大きい。全身の激痛。視界は白く明滅し、内臓の焼ける煙をヒミカは吐いた。
回復魔法とて、死までの引き延ばしに過ぎない。
だがそれはヒミカにとって十分すぎた!
「はあああああああっ!!」
『何い!?』
ヒミカはゴーレムの足を抱き込んで、思い切り全身を突っ張って、巨大な膝関節を逆方向に折り曲げた。
みしり、ぎしりと。ゴーレム機体の異様な軋みがヒミカの身体に伝わり、そしてついにゴーレムの片足が、反り返る!
膝を砕かれた巨大ゴーレムは自重によって片足を崩壊させながら、バランスを崩して倒れ込んだ。
卵形の胴体がごろりと横向きに転がった。
『ばっ、化け物かこいつ! オーガでも15秒で8割死ぬ電流だぞ!?』
「ふーん。で?」
ヒミカは焦げ落ちた服の残骸を払い、ストレッチと深呼吸で身体の具合を確かめる。
何が何秒で死ぬとかはどうでもいい。
この痛みならまだ大丈夫だと経験から判断し、自分にできることをしただけだ。
そしてベルトのホルスターから手のひらサイズのパイを出して囓った。このベルト、何やら魔法が掛かっているそうで、入れ物が無事である限りはアイテムを傷つけず収納しておけるらしい。
ヒミカが取り出したのは昨日セラがフィッシュパイを作っているのを見て、その生地を少し分けてもらって作ったなんちゃってエビチリパイである。
乾燥トマト(だと信じたいもの)の余りを砂糖酢で煮込んで酸味と甘みを確保し、市場で見かけて買った謎の調味料で塩気を付けて甘辛いソースを作成。それでエビを煮て餡を作り、小分けのパイ生地に挟んで焼いたのだ。
未識別スパイスが思いのほかキマってしまい、本物のエビチリよりだいぶスパイシーになったが、これはこれで良い。弾力あるエビの食感、旨味が溶け出したソース、そしてサクサクで香ばしいパイ生地が三重の衝撃を脳天に見舞う。
カキン、と小気味の良い金属音がした。
「へっ。動きが止まればこっちのもんさ」
ヒミカが折ったのは左足だ。
そしてゴーレムが転んだ隙を逃さず、セラは右足の装甲の隙間に剣を突き込み、内部機構を切り裂いていた。
両足を破壊され、ゴーレムはもう立ち上がれない。ヒミカはすかさずゴーレムの胴体を駆け上がった。
前面、兜のバイザー(?)みたいにスリットの入っている部分があった。おそらく、この中が操縦席だろう。
普通の卵を割ればオムレツが作れるが、この卵を割ったら何が作れるだろうか。
「さてと、まずはツラ拝ませてもらいましょうか」
『くっ……!』
「え? うわっ!」
スリットに手を掛け、ヒミカがそれをへし折ろうとした瞬間だった。
思いも寄らぬほどの勢いで足下が動いた。
『舐めるな!
我らが叡智の結晶を筋肉で破られてたまるものか!!』
ヒミカはゴーレムの胴体上で一回転し、それを蹴って飛び離れ、着地した。
そして、見上げる。
見上げるような高さとなったゴーレムを。
足は破壊したはずだった。
だが、なんと、その脚部が股関節に当たる部分で切り離されているではないか。
腕の付いた巨大卵みたいな、それはそれは奇妙な物体が空中浮遊していた。
「足なんか飾りというわけね」
「さっきまで思いっきり歩いてましたが。
……推察するに、あの状態では燃料消費が激しいのではないかと」
そして、卵の表面や肩部に付いた大砲が、全て地上に向けられた。
「でも燃料切れは待てないわよね!」
まさにつるべ打ち!
右から左から轟音が響き合い、耳がおかしくなりそうな有様だった。食いしばった奥歯が痛くなるようにすら感じた。
相手が浮かんでいるとは言え、ほぼ至近距離だ。特に魔力投射砲にとっては。
砲口の向きと発射時の火線から、一瞬でどこが狙われているか判断し、確実に回避しなければ命は無い。あれを喰らってもチートパワーで防げるか、流石に実験する気にはなれなかった。
『わはははは! このまま空から嬲り殺してくれるわ!』
滅茶苦茶に、雨あられと、砲撃が降ってきた。
狙いはあまり正確でないが、この場合それはあまり問題ではなかろう。ひたすら攻撃をばら撒き続ければいつかは命中するし、それはおそらく燃料切れよりも早い。
そして、こんな規格外の攻撃、目の前の一人二人を殺すには本来なら過剰火力である。かするだけでも致命傷だ!
「じゃ、撃ちますよー、ヒミカさん」
「了解、フワレちゃん」
クラウチングスタートのように地面に手を突き、ヒミカは身構えた。
「1,2の、3!」
「≪
そして、跳躍!
フワレが炊事の時に竈を作るのと同じ魔法だ。土や石を任意の形に変形させる初歩の魔法。それを使って一気に地面を盛り上げ、フワレはヒミカを打ち上げた!
『なぁっ!?』
泡を食った声が頭上から聞こえてきた。
空中でヒミカは自分を狙った対抗射撃と擦れ違う!
地上ではフワレがバリアを張って流れ弾の爆発を防いでいた。
やがて、運動エネルギーが位置エネルギーに変換され、重力と釣り合う。
ゴーレムを見下ろす高さまで飛び上がったヒミカに、ゴーレムの砲塔旋回は追いつかない。
そこでヒミカは、宙を蹴る。
まだこれは実験的アクションだった。体内の熱量や筋肉の運動に関係無くエネルギーを生み出せるなら、それで自分を移動させることも可能なはずだ、と。
一蹴りまでは安定した。要は空中ジャンプである。
コクピット目がけ、矢のようにヒミカは降下。
そして取り付き、力ずくで装甲をめくり上げた!
レバー、ボタン、バルブ、その他諸々が大量に突き出した操縦席。
ゲーミングチェアめいた大きな椅子に座っていたのは、漆黒のアカデミックガウンを着た、熊のような体格の中年男性だった。
とは言え熊に似ているのはシルエットと体積だけで、その身体に熊の強靱さは無く、弛んでいたが。
ヒミカは腰ベルトから木イチゴペーストのウエハースサンドを取り出し、ワイルドにへし折るように囓り取る。
脂質より炭水化物を採りたいので、砂糖は多め、バターと牛乳は少なめのブレンドだ。木イチゴの甘酸っぱさとウエハースの甘さが引き立て合って美味しい。
「で、何か言い残すことは?」
「……あの豚姫がどうすれば、ここまで鍛えて痩せられるんだ……
頼む……最後にそのトレーニングの知識を俺にくれ……」
ヒミカは細く長い溜息をついた。
それから。
「……腕を振り上げて大きく相手を殴り飛ばす運動ォ!!」
「うげあっ!」
浮遊ゴーレムは釣り糸を切られたかのように墜落し、ヒミカはコクピットを蹴って離脱。
三回転して着地したヒミカの背後で、分厚い雲すら吹き飛ばすほどの大爆発が起こった。
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