<16> 訓練

 だだっぴろい草原地帯を、朝日が照らしていた。


 こういう場所は果たし合いにピッタリだと、ヒミカは思う。

 立ち会いを邪魔するものが無いし、これがアニメなら余計なものを描かなくて済む分、アクションの描写に作画コストを割り振れる。


 雰囲気ある草原でヒミカとセラは、剣を構えて向き合っていた。


「今日は、突然の戦いにもよく対応できましたね。日頃の訓練が実を結んだかと思うと、私も鼻が高いです」

「それはどうも……

 師匠の教え方が良いんですよ」


 確かに戦いの場での思い切りの良さはアップしたかも知れないと、ヒミカは心中で自画自賛する。


 立ち寄った農村で狼の魔物と戦ったのは、もう一ヶ月前のことになるか。

 あのときのことをヒミカは幾度も思い返していた。

 魔物の恐ろしさを感じた戦いであったが、それ以上に、自分の戦いの至らなさを感じた。判断力もそうだし、容易くは死なぬチート肉体を持つというのに噛まれて怯んだりもした。そのせいで目の前の命を一つ、取りこぼしていたかも知れないのだ。考えれば考えるほど、これはヒヤリハットだった。


 なにしろヒミカは戦いの素人だから、仕方の無い部分はあるだろう。

 だが、勇んで飛び出していった結果、結局はセラに尻を拭かせるような結末だったことを、ヒミカは気にしてた。


 そこでヒミカはセラを戦いのプロと見込んで相談した。

 その結果が、毎朝のこの訓練だった。


「この訓練を始めた日、あなたに言ったことをもう一度繰り返しましょうか。

 ……あなたは突然、力を得ました。ですが人は力を持っても、すぐに使えるとは限りません。時にその重さに腕すら上がらず、時にその大きさに振り回されて道を失う」


 老シスターは銀色の剣をヒミカに向ける。

 切っ先がピタリと、一分のブレも無く、ヒミカの心臓の方を向いた。


「あなたは、数多の人を斬った剣の、切っ先を向けられています」

「それってやっぱり師匠が?」

「ええもう、この手でバッサバッサと」


 これからセラは、ヒミカに斬りかかる。

 ヒミカはそれを、剣で受ける。ただ受ける。


 セラの合わせ方は本当に絶妙で、ヒミカがどんな風に剣を構えようとも、まるでヒミカが見事に防御しているかのように打ちかかってくる。

 逆に言えば、ヒミカの守り方自体は適当でも構わない。剣の訓練にはならない。

 これはひたすら、リアルな殺陣たての中でセラの殺気を浴び続けるという訓練だった。


 ヒミカは訓練するまでもなく、力はあるのだ。

 問題はむしろ場数。戦闘経験から来る技術と場慣れであって、それを補うための手段として、セラはこの訓練を考案した。


 最初に言われたときは半信半疑だったヒミカだが、実際にやってみたらどうだ。

 息もできないほどの恐怖に襲われ、手は震え、全身に脂汗が滲んだ。

 今は多少慣れてきたが、それでもこうしてセラの前に立つだけで鼓動が早くなる。


 だが、訓練の成果は確実に出ていた。

 躊躇無くブッコロリからフワレを庇って戦った。

 人斬りシスターに本気の稽古を付けられたヒミカが、緑黄色野菜ごときに後れを取るわけには行かないのだ。


「『命懸け』の重さを、よく覚えていきなさい。

 今日のように、本物とぶつかったときにも受け流せるようにね」

「はい、師匠」


 そしてセラは銀色の閃光となった。


 * * *


「勇者の戦いが本当に命懸けだったのは、二代目までと言われてますね。

 今はもう人族の世界も力を持っていますから、征魔騎士団が魔王軍を薙ぎ払って、最後に戦いの象徴として勇者がお出ましって流れです。

 ま、そうでなきゃ、本来武人ではないお姫様をやすやすと戦いの場に放り込んだりできませんよ」

「ふーん。呑気って言うかなんて言うか……」


 まるで狼煙のように、のどかな煙が立ち上る。


 土を操る、というのは結構簡単な魔法らしい。特に規模が小さいものは。

 キャンプをするとき、フワレは魔法で地面を盛り上げて竈を作り、さらに土を固めて使い捨ての鍋や皿まで作ることができるのだ。

 そんな竈で、頭に三角巾を付けたコーギーは、緑色の塊を煮込んでいた。


「でも私は強くならなきゃダメだわね。

 勇者のお役目と無関係に、二桁の悪の組織から命狙われてる、アベンジャーズ姫になっちゃったもの」

「あべんじゃーずって何です?」

「すごいやつら」

「そ、そうですか……

 さて、できましたよヒミカさん。でも本当に食べるんですか、これ?」


 フワレは、鍋で煮込んでいたブッコロリキューブを取り上げる。

 巨大ブロッコリーの茎部分を食べやすいサイズに切り取ったものだ。ほかほかの湯気を立て、青臭いニオイを振りまいている。

 朝食らしいと言うべきか、すがすがしい朝の空気を台無しにしていると言うべきか。


「栄養はあるんでしょ。だったら食べるわよ」

「一応栄養はあるってことと、それでも養殖されないほど不味いことで有名な魔物なんですがね……」


 銀のナイフ(毒に反応して色が変わるらしい……地球では迷信だったがおそらくこの世界ではガチだ)で茹でブッコロリを切り分け、ワイルドに塩を振り、ヒミカはそれをワイルドに囓った。


「もごれむがまがめぎみよへ」

「ほらー」

「もしパクチー味のカメムシと、カメムシ味のパクチーがこの世に存在するとしたら、どちらもブッコロリ味のブッコロリに及ばない……」

「錯乱してます?」


 詳細は秘す。

 語る必要の無い味であった。他人に説明するとしたら『食べることを断念するべき味』の一言で足りるだろう。


「……でも鼻摘まんで食うわ」

「マジですか」

「ダイエットのコツは、喜びを求めるべき食事と単なる栄養補給を自分の頭の中で分離することだと思うの。

 前者の基準を後者に持ち込むから辛くなるのですわ」

「分かるような分かんないような……」


 ダイエット中の食事に対するスタンスは、ヒミカは結構厳しい。

 飽きも、空腹も、味の物足りなさも、要するに根性で耐えれば面倒無く解決するという精神的脳筋主義を採用している。

 その一方で、美味しいものを食べる機会があれば、ダイエット中でもしっかり楽しむべきだろうと思う。


「おい、みんなちょっと来てみな」


 必要十分量のベーコンでヒミカが口直しをしていると、セラが呼んだ。


 彼女が剣で指し示したのは、ブッコロリエンペラーの死体(?)だ。

 通常種に比べると、余計に不味いわりに栄養価は低いとのことで、ヒミカは食べることを断念していた。

 セラは何か怪しく思って調べていたようで、そして、彼女の勘は当たった。


 強靱な茎部分の根元。

 虫にでも刺されたような、小さな小さな穴が空いていた。

 こんなもの、普通なら見落としてしまうだろう。


 何かの拍子に傷が付いたのではないかと、ヒミカは一瞬思ったが、ではどうすればこんな傷が勝手に付くのだろうか。普通ではない傷だった。


「クソが。薬を打ち込みやがったな」

「……施錠学派の仕業でしょうか」

「他にブッコロリを操れる奴は、そうそう居ねぇよ。

 タイミング良くエンペラーが発生するなんてのが、そもそもおかしいだろ」


 セラと割烹コーギーフワレの間では、それで話が通じたようだ。


「ブッコロリは、元は『施錠学派』って奴らが作った生物兵器なのよ。

 今は野生化して、世界中に自生してるけど」

「へえー」


 メルティアが補足してくれた。


 セラはつまり、ブッコロリどもは野生の捕食活動としてこちらを襲ったわけではなく、何者かに利用されていたのではないかと疑っているのだ。


「……どうも、きな臭いね。

 引きこもりの施錠学派がどうやって私らの居場所突き止めるってんだ」

「まさか」

「まさかではある。だが予断を持つべきじゃあない。あらゆる可能性を想定して対応させてもらう」


 セラの目が、彼女の持つ剣よりもさらに鋭く光った。


「私の請けた仕事は、ヒミカを守ることだ。その相手が雇い主だろうとな」

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