13 本当に、大丈夫だと言い張るつもりなのか?


 扉が開く音に、セレスティアの意識がゆっくりと浮上する。


 泥のように深い眠りのせいで、ぼんやりしているセレスティアの耳に届いたのは、床を歩く誰かの靴音だ。


 こちらへ歩み寄る靴音に、まだ動かない頭で誰だろうと疑問に思う。その間に、靴音が間近で止まり、寝台に誰かが手をついた気配がし――。


「ひゃっ!?」


 うっすらと目を開けた瞬間、視界にアレンディスの端整な面輪が飛び込み、セレスティアは思わず悲鳴を上げた。


「す、すまないっ!」


 寝台に身を屈めていたアレンディスがはじかれたように身体を起こす。


「そ、そのっ! ずっと眠っているようだったから、体調はどうかと心配になって……っ!」


 うっすらと頬を染め、うろたえながら早口で告げるアレンディスの言葉に、眠る前のことを思い出す。


 ネベリスやエルメリスが退室した後、随行の神官が薬湯を持ってきてくれ、飲んだところで「もうしばらくここで休んでいるといい」と有無を言わさぬ口調でアレンディスに命じられ……。


 自分がまだ、国王の寝台を占領していることにようやく思い至り、ざっと血の気が引く。


「も、申し訳ございませんっ! 私……っ!」


 あわてて寝台から下りようとした拍子に、体勢を崩す。薬湯を飲んで眠ったおかげで、身体が動くようにはなっていたが、まだ通常までは回復していなかったらしい。


「セス!?」


 よろめいた身体を力強い腕に支えられる。ふわりとアレンディスの甘い香水の薫りが揺蕩たゆたった。


「も、申し訳……、ひゃあっ!?」


 身を離すより早く、アレンディスに横抱きに抱き上げられ、すっとんきょうな悲鳴が飛び出す。


「へ、陛下……っ!?」


「無理はするな。気にせずゆっくり休んでいるといい」


 起き出したばかりの寝台にそっと下ろされたセレスティアはぶんぶんとかぶりを振る。


「も、もう大丈夫ですっ! 急に動いたのでよろけただけで……っ!」


「顔色は戻っているようだが、まだ魔力までは回復していないのだろう?」


 心配そうに眉を寄せたアレンディスの手のひらが、そっとセレスティアの頬を包む。


 あたたかな手のひらの熱がうつったかのように、セレスティアの顔まで熱を持ってしまう。


「遠慮せずともよい。わたしは別の部屋で休んでも……」


 アレンディスの言葉に、はっとして窓を見やる。


 部屋の中は蝋燭ろうそくが灯されていて明るいが、窓の外は真っ暗だった。


 いったいどれだけの間、眠ってしまっていたのか。


 もともと夜はアレンディスの『聖杯の儀』の成就を祝ってラグノール侯爵主催の宴が催されることになっていたはずだ。


 アレンディスが部屋へ戻ってきたということは、宴が終わったということだろう。まさか、そんな時間まで寝こけてしまっていたとは。


「いけませんっ! 陛下のお部屋を従者の私が奪うなんて、とんでもないことでございます! すぐに部屋に戻りますから……っ!」


 アレンディスの胸をそっと押し、寝台から立とうとすると、その手をぎゅっと掴まれた。


「本当に大丈夫かい? 戻るというのならそれでもかまわないが……。部屋まで送ろう」


「い、いえっ! 陛下にそんなことをしていただくわけには……っ! 魔力も回復しましたし、本当に大丈夫ですから……っ! どうか、一介の従者のことなどお捨て置きください!」


 アレンディスの厚意はありがたいが、国王が従者を送るなんてありえない。


 きっぱりと告げた瞬間、アレンディスが小さく息を呑んだ。かと思うと、形良い眉がきつく寄る。


「本当に、大丈夫だと言い張るつもりなのか?」


「もちろんです!」


 真っ直ぐにセレスティアを見下ろす碧い瞳にかたくなに頷くと、「なら」とアレンディスの声が低く沈んだ。


「本当に魔力が回復しているというのなら、いまからでもわたしに魔力の扱い方を教えられるか?」


「え……?」


 予想だにしない言葉に、ほうけた声がこぼれる。


 硬い表情のまま、アレンディスが言を継いだ。


「回復したと強弁するなら、そう言うだけの根拠も示せるだろう? 無理だと言うのなら、素直にわたしの命に従ってもらおう」


 険しい声音で告げたアレンディスに、これ以上の抗弁は無駄だと悟る。


 いったいセレスティアの何が悪かったのかはわからないが、アレンディスの機嫌をそこねてしまったらしい。


「わかりました……。ですが、ここでは……」


 不可抗力とはいえ、異性の部屋で寝台の前で向き合っているのかと思うと、いまさらながらに心臓が騒ぎ出す。


 これでは、とてもではないが集中できない。


「なら、こちらへ」


 言うが早いが、アレンディスがふたたびセレスティアを横抱きにする。


「へ、陛下!?」


 足をばたつかせるセレスティアにかまわず、アレンディスが下ろした先は、扉に近い位置にあるソファーだ。


「こんな近い距離ですのに、どうして抱き上げる必要があるんですか!? 自分で歩けます!」


 鏡を見なくても、顔が真っ赤になっているだろうとわかる。


 セレスティアのすぐ隣に腰かけたアレンディスに思わず抗議するも、アレンディスは取りあわない。


「さっき言っただろう? 回復したという根拠を示すまでは、わたしの命に従ってもらうと」


「ですが、歩く前に抱き上げられては、示すものも示せません!」


 憤然と告げると、ようやくアレンディスが表情をゆるめた。楽しげにこぼされた笑みの優しさに、なぜかぱくりと心臓が跳ねてしまう。


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