第19話 Yの歪曲

私の家系には昔からから伝わるある特殊能力と、それに関する言い伝えがあった。

特殊能力。それは、私の母も、叔母も、祖母も、曽祖母も持っていた。特殊能力と呼ぶには少し大袈裟であったのだけど──それは、自分の運命の人が分かるというものだ。


言い伝えは、「その能力には代償がある」ということだった。



    *    *    *


私がまだ小学校に入学する前、六歳になる少し前のお話。

私は当時祖父母と一緒に住んでいた。

親といる時間よりも祖父母といる時間の方が長かった私は、いわゆるばあちゃん子だった。

 というのも、うちの家には、祖父母の代のさらに一つ上の代のじいさんが作った莫大な借金があった。


 私はその人が何をしたかとか、なんで借金があるのかなんていう理由は全く知らない。

 なんなら、そのじいさんの存在も祖父からかつて一度聞いたことがあるくらいだった。

 しかし、借金のことはよく知っていた。

 今まで祖父母からも、両親からも、借金を作るような大人にはなるな、うちみたいに一生貧しい暮らしをすることになる、なんて言われ続けていた。


 そんな借金は、いまだに返せていないらしい。

 そのため、もうろくにお金を稼げない祖父母を養うためにも、私の両親は共働きしていた。

 私の記憶には、両親と過ごした楽しい記憶は全く無かった。



 私はその日、いつものように祖父母と三人で夕食を食べていた。

 食事中の二人はいつもと何も違いは無かった。

 いつものように祖母がちょっと多すぎるくらいの美味しい食事をつくり、三人で食べながら時折祖父が冗談を言って私と祖母を笑わせる。

 いつもの何気ない日常の様子であった。


 私は食事を終え、寝る前にお風呂に入ろうと思った。

 ダイニングから廊下に出て玄関を通るとき、私はちょうど帰ってきた疲れた顔をしている母に出会う。

 母がこんな時間に帰ってくるのはとても珍しいことだった。

 私は一言おかえりなさい、とだけ言ってお風呂に向かおうとした。

 母は数ヶ月ぶりに娘に話しかけた。


「Y、ちょっと今日は話があるの。ばあちゃんを呼んで畳の部屋に来なさい」


 そう言うと、母は綺麗に靴を脱いで並べて、スーツから着替えもせずに隣の和室へ行った。

 私も祖母を連れて和室へ行った。



 母が口を開いた。


「あなたも知っていると思うけど、うちの家系の女子は、神様から一日だけ特殊な夢を授かるの。6歳の誕生日の夢に、運命の人が出てくるというものね」


 母も、同じく6歳の時に運命の人の夢を見たらしい。

 それはとある旅行中の断片的な映像だったそうだ。


 背景はどこかの由緒ある寺の敷地のようだった。

 自分は制服を着ていて、ある長身の男が母に話しかける。

 少し会話をしたあと、その男は足早にその場を去った。


 そんな映像が当時の母は見えたらしい。

 ちなみにその男は、今では私の父である。


「でもね、言い伝えと言うからには、本当はこの能力にも条件付きの代償があるはずなの。それが、うちの呪いの言い伝えよ」


 代償。

 呪い。


 この話については、親族は確信を持っていない。

 言い伝えでただその存在のみが語られているだけだ。

 真相は藪の中だが、しかしその運命の人と結ばれなかった人も親族の中にはいたらしい。

 その人は私の母の妹、私から見た叔母であった。



 叔母も、6歳の誕生日に運命の人の姿を見た。

 夢の中、石で整備された自然の川のプールの側で、二人は会話をしていた。


 叔母は、運命の人と結ばれるため、現実でも16歳の夏にその川へ彼と行く。

 叔母はそこで告白をすることを決意していたのだった。


 叔母は告白をする直前だった。

 日で焼けた熱い石の上を、川に向かって白いワンピースの少女が歩く。

 心を落ち着かせるため、少し水に触れようとした。


 次の瞬間、その少女の黒い頭が地面へと落ちる。

 少女は濡れた石で足を滑らせたのだ。

 そのまま、川へと悪魔から引き寄せられる。

 たった1秒間の間に、一人の少女が誤って川へと転げ落ちたのだった。


 服を着た少女は少しの間流れる水に抗いながら浮かぼうとするが、水を吸った服はまるで鉄球かのように重くなる。

 叔母はそのまま悪魔の底まで沈んでしまった。


 彼は彼女が落ちる寸前、6mほど離れた場所から彼女を見ていた。

 そして、彼はその瞬間を見た。

 走っても間に合わない。

 彼は運命の人を追いかけるように、水しぶきを立てて沈む白い鉄球の側に飛び込んだ。



 後日その川の少し流されたところで、二人はぼろぼろの肉塊で発見された。

 二人は抱き合って、一つの塊となっていた。



 こんな事故があってから、運命の人を見ることのできる夢とはある種の呪いだと言われるようになった。

 強制的に運命の人を決められ、結ばれなければ死ぬ。



「あなたはもうすぐ6歳の誕生日を迎えるでしょう? そのときあなたは運命の人の夢を見る。その夢の背景、時代、相手の姿は絶対に忘れてはいけないわ」


 母はおそらく叔母のことを考えていたんだろう。

 母は落ち着いて淡々とただ喋っていたようだったが、その右手は岩のように固く握られていた。



 私は呪いが怖くなった。

 実際に自分の番になると、その精神的圧力は計り知れないものだった。

 だからこそ、私はその相手を本気で好きになろうと決めた。




 そんなことがあって、私には一方的な許婚ができた。

 私は本当に6歳の誕生日に運命の夢を見た。


 私は知らない教室にいた。

 その教室で、私の目線はある一人の少年に釘付けだった。

 教室の端と端で、対角線で、一番距離が遠い。

 そんな一瞬の映像を見たあと、またすぐに場面が切り替わった。

 私は知らないどこかの家の廊下に立っていた。

 運命の彼は、私の側にいる。

 私はじっとある部屋の扉を見つめていた。


 夢はそこで終わった。


 私の夢の相手は、小学校に入学してから知ることになる。

 私が見たときよりもまだ少し幼い少年が、入学式の日、私が落としたハンカチを拾って優しく手渡してくれた。

 運命の人は、私に優しい笑顔を向けてくれた。

 私はいかにも運命だと思った。


 運命という言葉に少しずつ蝕まれる乙女。

 私はそのときから少しずつ彼への愛が強くなっていった。





 私は泣きながらただひたすら彼の家から遠いところへ走った。

 私は彼に好きな人がいることがどうしても受け入れられなかったのだ。

 私は彼と結ばれなければ、叔母のように呪いで死んでしまうかもしれない。


 こわい。

 死にたくない。

 私は彼のことを誰よりも強く愛しているのに。


 私はどうしても涙が止まらなかった。

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