第16話 本音と女子会 後編

私はXちゃんの言葉に、思わず耳を疑った。

なんと実はXちゃんは、私の弟と毎日交換日記をしているというのだ。

そういうわけで、弟は二日に一回ここに足を運んでいるらしい。

それでこのバルコニーにも来たことがあったわけだ。


その話は簡単に信じられるものではなかったが、Xちゃんと弟のことを詳しく話すにつれて、それが嘘ではないことが分かった。

Xちゃんは相当弟のことに詳しかったのだ。

最近弟がよく外出をするな、とか思ってたけど、あれは密かにXちゃんと会ってたからなのか。

私だってXちゃんと会いたいのに。


これで私は今までの弟の不思議な行動に合点がいった。

まず、弟が初めて会ったXちゃんのノートを勝手に借りていたこと。

これはXちゃんがわざと弟の部屋まで行ってノートを置きに行っていたかららしい。

つまり弟は内容も差出人すらも知らないノートを見つけて、それを不審に思って手に取った瞬間に私に見つかったということか。

実に不憫だ。


また、弟はよく勝手口から外に出てはまたすぐ戻ってくる、というのをひたすら繰り返しているときがあった。

私はそれを「バグ」なんて呼んで母と笑っていたのだが、実はどうやらプログラミング通りの行動らしい。

Xちゃんからの返信が待ち遠しくなって、秘密のポストに入ってないか確認していたんだろう。

もし私が弟の立場なら、私も同じことをするはずだ。



私はXちゃんと弟の交換日記事情を聞きながら、ふとあることが気になった。

それは、Xちゃんがなぜ私の弟と交換日記をしようと思ったのか、だ。

普通だったら、Xちゃんと弟が交換日記をする世界線なんてないだろう。

年も違うし、多少似ているとこはあれど性格も違うし、境遇も違う。

どこに交換日記をするきっかけがあったのか。

そう思った私は、Xちゃんに質問をした。


「まずなんで私の弟と交換日記なんかしようと思ったの?」


Xちゃんは目を逸らす。これは隠し事をするときの顔だ。

Xちゃんはこちらを見ずに小さな声で答えた。


「実は弟くん、私のおばあちゃんと知り合いらしくてね、おばあちゃんからたまに話を聞いてたんだ。だから私はずっと話してみたい、って思ってたの」


それでつい興味が沸いちゃって、とXちゃんは付け加える。

なんと、弟は過去にXちゃんのおばあちゃんに道案内をしたことがあるらしく、それから二人は顔見知りのような関係になったらしい。

そしてそのおばあちゃんから、Xちゃんはよく弟の話を聞いていたと。


「最初っから交換日記しようって思ってたわけじゃないんだよ。でもね、弟くんと家で初めてあった日、その考えは変わったの」


それから、Xちゃんは私の弟について語り出した。


「弟くんはね、すごいよ。優しいし、真面目だし、かわいらしさもあるし。おばあちゃんを助けてくれたのだって、三年生ならまだ分からない、知らない、が通用する歳だよ? なのに助けてくれて。私のわがままな交換日記だって相手してくれるし、話をすれば笑顔で楽しそうに聞いてくれる」


Xちゃんは早口でまくし立てる。


「しかもね、この前ちょっと見ちゃったんだけどね、弟くん、どうやら猫が大好きみたいなんだ。よく猫と戯れて楽しそうに遊んでるところを見かけるんだよね。たまに引っ掻かれてるけど。そんなところもかわいいって思っちゃうんだよね」


Xちゃんは私が真顔で見つめていることに気がついて、少し決まりの悪そうな顔をした。

Xちゃんから見た弟は、私から見たXちゃんにそっくりだった。


「ご、ごめん。話過ぎちゃった。忘れて」

「Xちゃんってさ、私の弟のことが好きなの?」


私はXちゃんの言葉を無視するように聞いた。

もう聞くしかなかった。


「分かんない。好きなのかもしれない」


曖昧な答えだった。

Xちゃんも自分の中で葛藤してるんだろう。


「自分でも分からない。でも正直に言うとね、毎日会いたいし、もっと仲良くなりたいし、ずっと二人で話してたいっては思う」


私から見たらそれは完全な恋で、Xちゃんはまるで恋する乙女のようだった。

私がそこに入る隙間はない。

私の心の中はアンビバレントな状態になってしまう。


「本当は毎日会いたいんだけど、会えない。でも、交換日記ならできると思ったの」


Xちゃんが私の弟に好意を寄せていたとしても、私はそのことに関しては特に良いとも悪いとも思わない。

恋っていうのはその人自身の話で、第三者である私がとやかく言えることではないから。

私が今Xちゃんの話を聞いていて少しショックを受けてしまったのは、多分他のところにある。

自分でも、よく分からなかった。


「これもいつかは話さなきゃって思ってたんだけどさ、」


Xちゃんは必死の作り笑いで、できるだけ暗くならないように言う。


「私、実は退学したんだよね」


私はその言葉の意味がすぐには理解できなかった。

さっきまで嫌というほど流れ出ていた汗も、朝からずっとしきりに鳴き続けている真夏の蝉の声も、その一瞬だけは、全く私の感覚の中にはなかった。

世界は突然、息を止めた。


Xちゃんは、退学した。

ただその言葉だけがぐるぐると頭の中で渦巻いて、私は思考を停止する。

突然すぎて、返す言葉も見つからなかった。

私は、必死に動かなくなった唇を動かそうとして、痙攣した肺から小さく溢れるように声を発した。


「……っなんで」

「あなたのことも弟くんのことも大好きだし、めちゃくちゃ信用もしてる。でも、まだ言えないの。私だって、怖いんだよ」


Xちゃんの声は震えていた。

今にも泣きそうな、か弱い声だった。


「私は多分、弟くんのことが好きなんだと思う。それでも、だからこそ、弟くんにはまだ言わないで欲しいです」


Xちゃんは堅い口調で私に言った。私はただ小さく頷くことしかできない。

泣きそうだった。というかもう泣いていたかも知れない。

何か温かいものが、頬を垂れていくのを感じた。


私は、目の前で頑張っているXちゃんが視界に入らない。Xちゃんの境遇まで分かってあげることはできなかった。

ついに私は泣き出してしまう。

勢いよく椅子から立ち上がり、そのまま門の外へとただひたすらに走った。

荷物のことを忘れて走り出すくらいショックだった。


それ以降、私はXちゃんと会うことはなかった。

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