第30話 自分より年下なのにカッチリとした服装の大人を見ると自信なくしません……?②

「どうぞ。おかけください」

「あ……はい。失礼します」


 眼鏡をかけた男性に促され、俺はまるで面接にきた就活生のようなぎこちない動作で応接用のソファへ着席した。


「騎士団長のレオルグです。今日はわざわざお越しいただきありがとうございます」

「い、いえ、こちらこそお忙しいのに時間を作っていただいて……吉川です」


 ま、まさか団長自ら会ってくれるなんて……完全に予想外だった。


 たしかに書簡は送った。可能であれば会ってお話ししたいとも書いた。

 でも気持ち的にはダメ元だった。いくら内容が元団長に関する内容とはいえ、いきなり見ず知らずの異世界人から手紙が届いて動くはずはないと心のどこかで高を括っていた。


 ……なのに。


 どういうわけか返事はその日のうちに返って来て、そこには「明日本部へ来てください」的な内容が書いてあり、指定の時間に出向いた俺を受付のお姉さんは全て悟ったような顔でスムーズに最上階のこの部屋を案内してくれたのだ。


 か、帰りてぇ……。


 組織のトップと二人っきりでお話とか役員面接かよっ!?

 元の世界で再就職の就活に連戦連敗だった俺には荷が重すぎる状況なんですけどっ!?


 ミーサの父親が元団長という話を聞いていたもんだからなんとなく親近感を覚えていたが、とんだ思い違いだった。


 正面に座るレオルグさんは見るからに物腰が柔らかく人当たりがよさそうな空気を纏っているのに、体の内側からは歴戦の強者のオーラがにじみ出ていた。

 それこそ一代で会社を大企業に築き上げた経営者のような雰囲気だ。年齢的には俺と十かそこらしか違わなさそうだが、万年平社員の俺とは人間としての格の違いを感じる。


 俺は空気に耐え兼ね訊いていた。


「どうして、今日はわざわざ会ってくれようと……?」

「それはもちろん、他ならぬガルスキン団長の事件のことでしたから。私は当時副団長として彼の片腕を担っていました。本当によくお世話になりました」


 レオルグさんが懐かしそうに目を細める。


「事件のとき、私は別の任務に就いていました。もし私も同行していたらと……今でも思ってしまいます」

「そうですか……」


 どうやらミーサが言っていたことは本当らしい。

 その反応だけで、決して騎士団かれらがこの事件を好きで見逃しているわけではないと感じた。他人事なのに少しだけ救われた気分になる。


 だが、ホッとしたのも束の間、レオルグさんは次にとんでもない行動に出た。


「単刀直入に言います。どうかミーサさんを止めてください」

「!?」


 応接用のソファに座っていたレオルグは、目の前のテーブルに額をつく勢いで頭を下げた。


 けれど俺が驚いたのはそこではない。


「知っていたんですか……ミーサのやろうとしていること?」

「察していた、という程度ですが。タイミング的にも、勇者がこの国を去る前の今しかチャンスはありませんから。そこに――あなたの存在が決定打となった」

「え!? 僕……ですか?」

 ま、まさか俺が手紙を送ったせいで……?


 しかし、どうやらそうではないようだった。


「実は、吉川さんがよく草原で殺されているところはずっと見ていました」

「よく草原で殺されているところはずっと見ていました……!?」

 凄まじい台詞が飛び出てきた。


 レオルグさんによると、騎士団の人々もずっとミーサを気にかけていたらしい。それでひっそりとプライバシーを侵害しない程度に日々の生活を見守っていたそうだ。

 そんな折、急に毎日決まった時間に町の外へと出ていくようになり、しかもすぐに帰ってくるものだからどうしたのだろうと少し探ってみたら、そこには俺の惨殺死体がありました……と、そういうことらしい。


「あんな無茶なやり方で強くなろうとする目的は一つしかない。それで確信しました」

 なるほど。たしかに、ミーサのことを知っている人ならその結論に行き着いてもおかしくはない。


 ……うん、てゆーか知ってたのになぜ放置? 恩人の娘が危うく連続殺人犯になるところでしたよ?


「で、なぜ止めろと? まあ察しはつきますが」


 倫理的、道義的、まあそんなとこだろう。


「それもあります」


 頷きつつ、「ですが」とレオルグさんは付け加えた。


「なにより可能性がありません。あの男はそれだけ強い。はっきり申し上げて、勝ち目はほぼゼロでしょう」

「そんなに……ですか?」


 恐る恐る尋ねると、レオルグさんは俺の目を見てこう言った。


「直感で構いません。私を見て、強いと感じますか?」

「それはもちろん……ひと目見てビンビンと言うか」

「その100倍くらいを想像してください」

「……マジですか」


 聞きたくなかった……というか洒落にならんな。

 作戦は用意してあるが、否が応でも不安を感じてしまう。果たしてあのままで大丈夫だろうか……。


「お願いです。どうかあの子を止めてもらえませんか? 我々もずっと以前から早まったことだけはしないでほしいと伝えてきました。でも、あの子はこうして準備を進めている。吉川さんの方からもどうか……」


 レオルグさんが再び頭を下げる。

 この人にとっても、ミーサは大事な存在なのだと伝わってくる。


「……わかりました。でもその前に」


 大人として、無謀なことを企てる子どもを止めたいという気持ちは分かる。

 俺も最初はそう思った。


 でも一方で、そのためにはまずやるべきことがあると思う……大人として。


「事件のこと、やっぱりどうにもならないんでしょうか?」

「……ッ!」


 そう、俺はこれを確認に来たんだ。


「相手が王子で、難しいということは重々承知しています。それでも、正当に裁くことができれば彼女だってこんな手段を取ろうとしなかったかもしれません」


 ただ我慢しろと言うだけなら容易い。

 でも、それじゃ何も変わらないからミーサはやろうとしている。


「もしくはせめて名誉の回復だけでも。ずっと父親が汚名を着せられたままだなんて……。それでは風化できるものも風化できないと思います……誇りに思っていれば尚更」

 気休め程度かもしれないが、せめて騎士団長として名誉の戦死を遂げたという事実だけでも残せればあるいは思いとどまってくれるかもしれない。


 そう考えての質問。提言だった。

 しかし。


「…………」

 レオルグさんの表情は雄弁だった。


「……ダメ、ですか?」

「……申し訳ありません」

「まあ……そうですよね」

「吉川さん……!」

 席を立つ俺に、レオルグさんが身を乗り出す。


「大丈夫です。最後の一線は越えないように善処します。ただその代わりと言ったらなんなんですけど、一つだけお願いしてもいいですか?」

「……はい。なんでしょう?」

 言いかけた言葉をグッと飲み込み、レオルグさんが頷く。


「もし成功したら、そのときはなんとか見逃してもらえませんか? この国でそのまま暮らすっていうのは難しいでしょうけど、国の外に逃げるくらいまでは」

「…………」


 正直、気が引けるお願いだ。

 相手はいわば警察組織のトップみたいな人。そんな人に犯罪者を見逃せなど。


 とはいえ必要なことだ。復讐して、でもそれで終わりじゃない。

 ミーサの人生はその後も続いていく。

 ならば、逃げ道は作ってやらないと。


 そしてその気持ちは、どうやらレオルグさんも同じだったらしい。


「……承知しました。お任せください」

「ありがとうございます」


 深々と一礼し、俺は部屋を後にした。



 ◇◇◇



「で? どうだった?」

 家に戻ると、開口一番ミーサが訊いてきた。


「え? なにが?」

「騎士団のところに行ってきたんでしょ?」

「!?」

 げ、バレてる……。


 騎士団に行くことも、書簡を送ったこともミーサには言っていない。

 だが、どうやら完全にバレていたらしい。


 観念した俺は、無用な誤魔化しはせずに包み隠さず話すことにした。


「まあ……やっぱりダメだったよ。どうにもならんらしい」

「だろうね」

 特にショックを受ける様子もなくミーサが頷く。


「てゆーかおじさん、そんなことしてもし警備が強化されたり、私たちが逮捕されたりされることになったらどうするつもりだったの?」

「う……」

 それに関しては手紙を出した後で少し後悔していた。

 実際、レオルグが作戦を知っているとわかったとき、真っ先に懸念したことだ。


「まさか考えてなかったの? 呆れた」

「す、すまん。どうしても、お前の現状とかを考えたら我慢ならなくて……つい」

 これは斬首ものかもしれん。俺は明日の朝は草原で迎えることになりそうだと覚悟した。


「……ふ~ん。ま、いいよ。結果的には見逃してもらえることになったんでしょ?」

「え、ああ。そうらしい」

 しかし、意外にもミーサはそれ以上咎めてこなかった。少し驚いた。

「まあ向こうが約束を守ってくれればだけど……」

「そこはたぶんレオルグさんなら大丈夫だと思うよ」

 ああ、そうか。面識があるのか。まあ親父さんの片腕だったわけだしな。


「じゃ、これで心置きなく作戦を決行できるってことだね」

「……そうだな」


 結局のところ、そういうことだった。

 相手がどれだけ強かろうが、たとえ想像の100倍だろうが、こうなったらやるしかない。



 そして、俺たちはとうとう決戦の日を迎えた。

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