第29話 自分より年下なのにカッチリとした服装の大人を見ると自信なくしません……?①
勇者襲撃までの一週間。
それまでの間、俺はミーサの家に住むことを許可された。
正直意外だった。てっきり外で寝ろとか言われるかと思った。
思えば異世界に来てから牢屋か草原でしか寝ていない身。
まともな空間で寝られるのは実にありがたい。
「ところで、どうして一週間後なんだ? そりゃすぐにでも倒したいのはわかるが、焦って挑んだところで……こう言っちゃなんだが返り討ちに合ってしまうんじゃないか?」
強くなるために経験値を稼いでいたということは、いざ勇者と戦ってもまだ勝てないと判断したからだろう。
魔王の実力のほどは知らないが、そんな大層な存在を倒した勇者が弱いはずもない。
であれば、もう少し機を待ってもっとじっくり実力をつけてからでもいいのでは?
そう思って訊いてみた俺の質問に、ミーサは首を横に振った。
「それじゃ遅いの」
「なぜ?」
「アイツはね、十日後にはこの国を出て行くことになってるの。そして行ったら最後、たぶんもう戻ってこない」
「戻ってこない? 王子なのに? なんでまた」
まさか悪行が行き過ぎて追放とか?
それならそれでメシウマな話ではあるが……。
しかし、どうやらそういうことでもないらしい。
「お呼びが掛かったの、西にあるここよりもっと大きな国から。魔王討伐の特殊部隊の隊長としてね」
「魔王!? え、なんで……だってもう倒したんだろ?」
「他にもいるのよ。似たようなのがね。ヤツらは魔物を束ねる者、という意味で便宜的に魔王と名乗っているにすぎないの。だから複数いるし、それぞれ独立している」
な、なるほど。
てっきり魔王なんて世界に一人だと思っていたが違うのか。
でもたしかに以前の話で「この国の」とか言ってたような気が……。
あれはこういう意味だったのか……。
「で、この国のバカ勇者の活躍を知ったその大国の王様が、そんなに強い人間がいるなら是非、って応援の要請をしてきたの。まあ国としての力関係は向こうが上だから要請とは言っても……って感じなんだけど」
「実質命令、ってことか」
アメリカと日本みたいな関係なのかな? 知らんけど。
「ま、本人は嬉々として受けたみたいだけどね。そりゃそうよね。あっちは大国。得られる富も名声も桁違い。おまけに成功したら向こうのお姫様と結婚も約束されてるとか」
ほんとキモイ、とミーサは吐き捨てるように言った。
ああ、だからもう戻ってくることはないってことか。
たしかに、それはなんとしても出発前に潰さんとな。
あんなクズがこれ以上何かを手に入れるなんてありえん。むしろ俺に寄越せと言いたい。
「それで? その国を出て行くタイミングが十日後ってこと?」
「そ。でも、出発にあたって出陣式とかそういう諸々のイベントがあるから、最後に一人になるのはたぶんせいぜい三日前まで」
「だから一週間後」
そういうことか……ん?
「ちょっと待った。“一人になる”、って今言ったが、そもそもそんなタイミングあるのか? 仮にも王子なんだろ? いくら強いからって、なんか付き人とか護衛とか常にそういう腰巾着がいるんじゃないか?」
そう。それが一番恐い。
ただでさえ強いらしいのに、多勢に無勢ではなお成功の確率が下がってしまう。
が、ミーサはこれにも首を振った。
「アイツには必ず一人になる瞬間がある。それが朝」
「朝?」
「おじさんも私をストーキングしてたなら見たんじゃないの? アイツが城の離れで一人になっているところ」
「ああ、あれか。たしかに見た」
ストーキングじゃなくて尾行だけど。間違えないでほしい。
「夜中散々遊び惚けた後、毎朝ベランダでひとりになるのがアイツの日課なの。そのときは警護役の騎士も誰も近づかせない」
てっきり勇者を眺めていたのは自分を奮い立たせるためとかそういう理由だと思っていたが、どうやら行動パターンの確認と場所の下調べを兼ねていたらしい。
改めてミーサの本気度が窺える。
「なるほど。それじゃあ後は作戦だな。実際どうする? あのイケメン相当強いんだろ?」
「うん、魔法も物理も気持ち悪いくらい。特に魔法スキルが桁違いね。魔力量も異次元」
「おいおい……」
勝てるのかそんなヤツに……。
「でも、裏を返せば魔法を封じれば勝機が見えてくる。だから、そのためにコレを使う」
「!? それは……!」
ミーサが取り出したもの。
それは、いつぞや俺が武器屋で購入した『マジックリジェクトブーメラン』――通称MRB(200万G)だった。
この武器の特徴は魔法を無効化できること。
ミーサが目を付けたのはまさにそこだった。
「いろいろ試してみたけど、このクソださブーメランに無効化できない魔法はなかった。だからまずは先制攻撃で相手に
ふむ、たしかに悪くない。
実際、過去には俺もミーサ相手に同じようなことをして成功した。
あのときもかなりいい線を行っていたと思う。おっぱいに気を取られなければ勝っていたまである。
そういう意味では、俺が負けたのはミーサじゃなく、おっぱいだったとも言える。あとで記録を訂正しておかないと。
それに、今回は二人いることも大きい。
足止め役と死角からMRBを投げる役。
恐らく前者がミーサで、後者が俺。
勇者の防御を崩した後、間髪入れずに攻撃を叩き込める。
うむ、これなら本当に勝てそうだ。
異論を挟む余地はない。
――しかし。
「ああ、作戦はいいと思う。思うんだが……」
「?」
それでも、どうしても俺には言わねばならないことがあった。
「あの……その前に謝罪は?
「え? でも捨ててたじゃん。こっちにポイーって」
「いやあれ攻撃! あれで捨てた認定されてたらブーメラン業界もフリスビー業界も破産するわっ!」
「すればいいじゃん」
すればいいじゃん!?
「まあそれはともかく」
ともかくで流された……!
「長引けば長引くほど不利なのは間違いない。一瞬で決めないと。それに騒ぎになればさすがに騎士団の誰かも駆けつけてくるだろうし」
「……まあ、それはそうだな」
いくら一人になりたいからほっとけという王子の命令でも、さすがに異常を感じたときは例外だろう。
そこでふと、俺はずっと気になっていたあることを思い出した。
「なあ。そういえば親父さんのことで聞いてなかったことがあるんだが……」
「なに?」
「親父さん、騎士団長だったんだよな? 騎士団には事件のこと相談とかしなかったのか?」
話さえ聞いてもらえれば、いろいろと協力してくれるかもしれない。
相手は身寄りのなくなった元団長の忘れ形見。
決して無下には扱われないはず。
「したよ、もちろん。……でもダメだった」
「ダメだった……?」
「私もその場にいたしね。当然事件の話も聞かれた。私が見たことも、すべてそのまま話した。でも……」
ミーサが唇を噛む。
だが、そのまま吐き出すことはなく、諦めたように肩を落とした。
「そりゃそうだよね。当時はまだ勇者じゃなくても、王子は王子だから。詳細なんてもみ消されるに決まってる。それどころか、歯向かったら自分の身が危なくなっちゃう」
「……」
そういうことか……。
俺は自分の甘さを恥じた。
相手は王子。権力の塊。
そして騎士団とはその部下。
結局のところ公務員と同じだ。お
「……すまん」
「なんでおじさんが謝るの?」
「いや、軽率だったというか……嫌なことを思い出させてしまって……」
「いいよ別に。それに騎士団の人たちを責める気もないし。無理なものは無理。そういうもんでしょ?」
「たしかにそうだけど……」
自分に当てはめてもそうだ。上司に言われたら基本やるしかない。それが社長だったら尚のこと。
でも、だからと言って……。
「それに聴取に立ち会った人もみんな、力になれなくてごめん、って謝ってくれたしね。後になって家に尋ねてきてくれた人もいたし、今もお墓参りしてくれる人もいるしね。こっそりだけど」
「……」
……居たたまれない。
一見現実を理解した立派な発言のようだが、理不尽な出来事で若くして親を失った女の子がしていい顔ではない。
本当に……どうにもならないのだろうか?
この世界と俺のいた世界で価値観や文化が異なることも解っている。俺の世界でも未だに独裁政治は残っているし、権力のあるものが悪事をもみ消すなんて日常茶飯事だ。
それでも、それが露呈すれば民衆は糾弾するし、蜂起もする。
このまま泣き寝入りで、結果復讐という強硬手段を取らざるを得ないなんて……それではこの子が不憫過ぎやしないか?
居ても立っても居られなくなり、俺は半ば突き動かされるように立ち上がっていた。
どうしても作戦決行前に一度確かめたかったのだ。このまま進むしかないのか、と。
だが、そうは言っても俺も社会人だ。
さすがにいきなり押しかけてもマズいと思い、まずは騎士団に書簡を送ることにした。
内容はもちろん、ミーサの父親の件について確認したいことがあるというもの。
無論、すぐに返事なんて来ないと思っていた。
むしろ返ってこない可能性も十分考えた。つまりダメ元。
そして翌日。
気づけば俺はとても立派な建物の最上階にある、とても立派な部屋の前にいた。
扉には『騎士団長室』と書いている。俺はこれまた立派なプレートだなと思った。
……………………あれ?
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