第27話 はじめてですよ……この僕がここまで怒りを覚えたのは①

「私のパパはね……この国の騎士団長だったの」


 そう言って、メスガキミーサは過去を語り始めた。


 ミーサが父親であるグラハムと二人でこの国に移り住んできたのが、今から約10年前。


 遠方の国にとても有能な騎士がいると聞きつけたこの国の王様が、三顧さんこの礼で騎士団にグラハムを迎え入れたのだ。

 当時は魔王も健在であり、街道を歩けばモンスターに襲われることも多かった情勢であったため、とにかく実力ある者を必要としてのことだった。


 つまりところは引き抜き。

 別にそれ自体は別にこの世界ではさして珍しくもないことである。


 その後、グラハムはその実力を遺憾なく発揮し、驚くべき早さで騎士団長にまで上り詰めた。


「他国出身の人間がこんなの異例だ、ってみんながパパを尊敬してた。本当に自慢だった」


 そう語るミーサの顔は嬉しそうで、懐かしそうだった。


 ――だが、悲劇は突然やってきた。


 6年前のある冬の日。

 その日、当時まだ勇者ではない王子を乗せた馬車は、大勢のお供を連れて山道を進んでいた。

 目的は雪景色で有名な観光地へ行くため。もちろん王子の希望。


 王室関係者の移動には当然騎士団の護衛がつく。

 とりわけ騎士団の慣例として、王や妃、王子のような最重要人物には騎士団長自らが護衛団を指揮することとなっていた。

 ゆえに、当然グラハムもその旅に同行していた。そしてミーサも。


 無論、通常ならミーサが任務についていくなど許されることではない。

 だが、今回の旅は観光目的。王子の気分次第で滞在も長引くかもしれない。それで周囲の気遣いもあり、片親だったミーサの同行も特別に許可されていた。


 裏を返せば、この旅路はそれほどまでに平和で何も起こりえないということを意味していた……


王子アイツが……山に向かって魔法を撃ったの。覚えたてで試してみたかったとか、そんなふざけた理由。で、それがたまたま魔羆ベリアルベアーの巣穴に当たった」


【魔羆=ベリアルベアー】

 体長3~5メートルの巨体を持つ獰猛なモンスターで、素早く屈強なだけでなく、魔法をも使用できる。

 モンスターとしての危険度としては最上位クラス。討伐には1頭相手に1個小隊以上が必要とされている。


 そんな強大なモンスターが、そのときは同時に出てきた。


「それでもパパは戦った。他の護衛を率いて、ボロボロになりながらなんとかあと1頭になるまで仕留めた。でも……」


『よし、残ったモンスターヤツも逃げたぞ!』

『ん? おい待て、アレはまさか……』

『ちぃっ!』

『隊長!?』


 逃げ出したモンスターの進路にいたのは、物陰に隠していたはずの王子。

 後で聞いた話では、生の戦闘を見てみたいという興味でつい飛び出してしまったらしい。


『ひぃ……!』


 迫りくる巨体に王子は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

 そして――。


『あぅ……だ、だれかぁ……!』

『お逃げくださいッ! 王子ッ!! ――グハァッ!!』


 王子を庇ったグラハムの腹部に、巨大な爪が深々と突き刺さる。

 致命傷だった。


『ゴフッ……うぉおおおおおお!!!』


 結局、残った力で最後の1頭をなんとか葬ったものの、グラハムの息はそこで絶えた。


 ――そしてその一部始終を、幼かったミーサは馬車の陰から見ているしかなかった。


 ◇


「…………」

 話を聞き終えた俺は、小さくため息を吐くことしかできなかった。


 父親の死の原因を作った相手……か。


 ……つらいだろう。つらいに決まってる。

 庇った相手というだけでない。ふざけてモンスターをおびき寄せてしまったのも王子ならば、不用意に飛び出したのも王子だ。

 あるいは、そもそも彼が観光に行きたいなどと言わなければ……。


 いくら当時はまだ勇者でもなんでもなく若かったとはいえ、そう考えると恨みたくなる気持ちも十分理解できる。


「――でもそれだけじゃない」

「え」


 ミーサの声は、震えていた。


「全部が終わった後、アイツ言ったの」


 言った? なにを?


「…………」

「?」


 しばしの間。

 まるで思い出すのも悍ましい、そんな雰囲気だった。


「……アイツは――」


 その発言は、耳を疑うような内容だった。


『……チッ。使えねぇ。

 なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ――この役立たずがッ』


 王子は……勇者は吐き捨てるように言った。

 そしてあろうことか――


「蹴った……? 親父さんを……?」

「……」

 ミーサが無言で頷く。


 今度こそ、本当に耳を疑った。


 なんと勇者は、亡くなったグラハムの頭をこれでもかと踏みつけたという。

 自分のせいでモンスターに襲われたという事実を棚に上げ、こんな状況になったのはすべて騎士団長であるグラハムのせいだというお門違いの逆恨みで。


「……そうか」


 俺も、それ以外は何も言えなかった。


 信じられない……。

 自分を庇って死んだ人間の頭を蹴る? 文句を言いながら?


 ――しかも……実の娘の前で。


 ありえない。イカレている。

 まともな人間の所業ではない。


「さらに許せないのは、あのバカ王子がモンスターを倒したのは自分だと吹聴して回ったこと。そのせいで、騎士団でも倒せなかったモンスターを一人で倒した天才みたいな扱いになって、世間では勇者が誕生したって騒がれるようになった。

 結果、パパはただ王子を危険な目に遭わせた無能の烙印を押され、激怒した王様のせいで騎士団長の任を解かれた。ううん、騎士団長であったという事実すらなかったことにされた」

「なっ……!? そんなこと――」

「できちゃうの、この国は。それくらい王家の力が強い。あのバカみたいなパレード見たでしょ? しかもタチが悪いのが、結局魔王を倒したことで、今やこの話も英雄譚の一節みたいに語られてること」


 そうなるともう、汚名返上は限りなく不可能。

 今更実はモンスターを倒したのがミーサの父親だと言ったところで、誰も信じる人間などいないだろう。


「わかった? これが、私があのクソ勇者を狙う理由。

 ……私はアイツを許さない。絶対に……!!」


 まるで決意を新たにするかのように、ミーサはそう言った。


「…………」


 なるほどな……。そういうことだったのか……。

 事ここに至って、俺はようやくミーサの恨みに納得がいった。


 こんなボロ屋に愛犬ペロとふたりぼっちで暮らしていた理由も分かった。

 騎士団長としての職歴すらなくなったということは、遺族がもらえる弔慰金ちょういきんやらもなかったのだろう。

 遺産だって没収されたかもしれない。この家にしたって、きっと元々住んでた家ではないはず。


 その結果、この子はこの若さで朝から働いて自力で生計を立てる生活を余儀なくされている。

 そんなところだろう。ひどい話だ。


 殺したいなんてワードが子どもの口から出るなんて……と思っていたが、今ならその気持ちも理解できる。


 ゆえに――。


「ああ……よくわかった」




 この瞬間――俺がこの先取るべき行動も決まった。

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