第26話 おまわりさん事案です。あそこに少女を尾け回す怪しい男性が…………あ、俺か③

 翌日。昼。


 酒場を出たメスガキ――ミーサは自宅に戻る途中だった。


「あ~疲れた。よく朝っぱらからあんなに騒げるなぁ……」


 今日も朝から――正確には昨日の夜から、私がバイトしている酒場はゴロツキどもの吹き溜まりと化していた。


 酒臭いのは酒場なのでもちろんのこと、うるさいしグラスは壊すしうるさいしで発狂するところだった。

 あと店長もうるさいし。なんで自分も飲み始めるんだか……。


「まったく。ほんとサイアク……」


 とはいえ、あんな仕事だろうと続けないと。

 未成年の女子が選べる仕事なんてそう多くない。身体を売るなんて論外だし、あんなんでも仕事にありつけるだけ幸せと思うしかない。


 ――だって、私には“目的”があるから。


「さてと、帰ったらまたおじさんのところに行かないと。で、そのあとはまた別の仕事か。はぁ、忙しいなぁ」


 でもまあいいか。

 私にはペロがいるんだから。

 

 私の……たったひとりの家族。ワンコだけど大事な弟。

 帰ってペロの顔を見るだけでホッとする。


「ただいま~」

 

 自宅に着き、入り口の扉を開ける。

 この瞬間が一番幸せ。私の帰宅を喜ぶペロが、盛大に歓迎してくれる至福の瞬間。


「……あれ?」


 ペロの姿がない。

 いつもならドアの前にすでに待機していて、開いたと同時に息を切らせて飛びついてくるのに。


 おかしい。こんなこと今まで一度だってなかった。

 たとえ眠っていたとしてもペロは私が帰ってきたら……ううん、家に着く前から足音とかで私のことがわかるのに。


「…………」


 嫌な予感がした。背筋がゾクッとする感覚。


「ペロ~! どこ~? お姉ちゃん帰ってきたよ~!」


 ――ワン!


「ペロ!?」


 よかった。返事があった。

 声がしたことにホッとする。


 でも、どうしてこっちに来ないんだろう……もしかして怪我!?


 嫌な予感が再燃し、急いで家の奥へと走る。

 声はリビングの方から聞こえた。ドアはペロがどこでも移動できるよう常に開けている。


 中へと入り、ペロはどこにいるのかとすぐさま左右を見渡す。

 すると……。


「……よう、おかえり」

「きゃっ!?」


 背後からの声に飛び上がりそうになる。


 そこにいたのは、決しているはずのないひと――。


「なんで、ここにいるの……おじさん?」




 ◇◇◇




 フフッ。さすがに驚いてるな。


 部屋の入り口でメスガキが呆然としている。

 無理もない。まさか自分んちのリビングで俺が椅子に座ってくつろいでいるとは夢にも思わなかったろう。


 いやはや、この顔を見れただけでも潜伏していた甲斐がある。


「なんで……か。そんなこと決まって――ちょっ、待った待った! 早い早いっ! 手を下ろそうっ! そして話をしようっ!!」

「は? なんで不法侵入者と会話しなきゃいけないの? 話したければ取り調べ室でどーぞ」

「いやお前がなんでって聞いたから答えようとしたのに!」


 すごいよこの子、手刀を構える速度がもはや西部劇のガンマンのそれなんだけど……。


「じゃああと1秒数えるまでに答えて。い~」

「うおぉい! だから待てって! い、いいのか? こっちには人質もいるんだぞ?」

「人質……?」


 ――ワンッ。

 聞こえたのは奥の部屋から。


「ペロっ!!」

「そっちで待機してもらってる。手荒なことはしてないから安心しろ。ま、このまま無事でいられるかはお前次第だけどな」

「……ッ!」


 言葉の意味を察し、メスガキが手刀を下ろす。

 だが、その目はめちゃくちゃ鋭く俺を睨んでいた。


 こ、こえぇ~。手だけじゃなくて視線までナイフなんだが。

 こりゃ下手にあのワンコに危害を加えた日にはマジで手刀じゃ済まないレベルで惨殺されそう……。


 まあ、つってもはじめから何もする気はないんだがな。俺も犬好きだし。

 ワンコを部屋に閉じ込めたのはあくまでけん制のためだ。


「……どうやって私の家を?」

「発信機で。一昨日、死ぬ直前にな。だから昨日の昼までの行動はほぼ把握されてると思ってくれていい」

「なっ……尾行つけてきたってこと?」

「ああ。最初は酒場で働いてるところを突き止めて、そこからこの家に帰って来るまでな」

「!?」


 そんなとこから!?、とメスガキが絶句する。


「……サイテー。完全にストーカーじゃん。フツーそこまでする? キモ」

「いやお前にだけは言われたくないんだが!? 前に同じようなことして森まで俺を追いかけてきたくせに!」

「でも私がやってもストーカーにはならないけど、おじさんの場合なら一発でアウトだよ。世間的に」

「ぐっ……!」

 それはたしかに……。


 ちくしょう、ぐうの音も出ねぇ。

 これが成人男性と未成年女子の立場の差ってやつか。世知辛いぜ。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 俺は「コホン」と咳払いして仕切り直した。


「とにかくだな、お前にはいろいろ聞きたいことがある。答えないときは……わかってるよな?」

「はいはい。で、何が聞きたいの?」


 そんなの、もちろん決まっている。

 俺はあえてもったいぶらず、単刀直入に聞いた。


「……なあ、どうしてそんなに強くなりたいんだ?」

「!」


 予想外の質問だったのか、メスガキの目が一瞬だけ大きく見開かれた。


「わざわざ異世界から俺を召喚してまでとか……。前にも言ったが、別に平和ならそれでいいだろ。まあパッと見裕福って感じではないけど、それにしたってなんでわざわざ強さなんて求める?」

「それは……私には目的があるから」

「目的?」


 ああ、と俺は思い出すように頷いた。


 別に他意はなかった。

 あれだけ熱心に眺めていたし、気があるのは当然だと思ったから。


 だからその言葉は、本当になんとなく口をついて出てきたのだが……。


「あれか? もしかして騎士団に入って勇者のお付きにでもなりたいとか?」

「……ハァ?」

「!!」


 その瞬間、メスガキの纏う空気が変わった。


 騎士団なのか、勇者なのか。

 俺の出した単語に反応したのは間違いなかった。


 先ほどまでよりも鋭い目つき。

 とてもじゃないが、彼女の年齢で出すような殺気ではない。


 なんだ……? なんでこんな……。


 そして、ハッキリとメスガキは言った。

 言わなければこの状況が終わらないと悟ったのか、どこか諦めたように。



「……殺したいの――“勇者”を」



「え」


 ――殺したい。


 その言葉は、俺に対して使うのとは重みが違った。

 死んでも生き返る俺とは違い、これは本当にこの世から消し去りたいという意味。


 ただ、まあこれはなんというか、俺もこういう意味合いの言葉が出てくることを少しも予想していなかったわけではない。


 これだけ必死に強さを求める理由なんて限られている。

 きっと何か特別な理由があるとは思っていた。


 しかし、それがまさかあの勇者だなんて……。


「な、なんでまた……」


 恐る恐る尋ねる。

 どこまで踏み込んでいいのかいまいち分からなかったが、それこそ俺も聞かずには帰れない。


「なんでって、アイツが最低のクズ野郎だから」

「クズ……ちょ、ちょっと待て。勇者ってあの勇者だよな……? この前魔王を倒して、それでお祭りだなんだっつって讃えてるあの……」

「そう。その勇者。勇者で王子の金髪クソ野郎」

 き、金髪クソ野郎……!?


 ダメだ。単語とイメージが結びつかない。

 パレードでチラッと見ただけだが、俺の中の勇者とかけ離れ過ぎている。


 爽やかでイケメンで、国民全員から愛されていて、そして魔王を倒した英雄。

 それが俺の中の勇者像。


 そんな天上人みたいな人間が、最低のクズな金髪クソ野郎……?


「すまん、どういうことか全然……あの勇者のどこにそんなクズ要素があるんだ? それも殺したいほどって……お前と何かあったのか? いやあったんだろうけど……」

 でないと説明がつかない。理由があるに決まっている。


 そしてあるなら知りたい。

 なにせそれが原因で俺はこの世界に召喚されたのだ。知る権利くらいはあるはず。


 俺が真剣な目で訴えかけると、メスガキは再び観念したようにため息を吐いた。


「……まあいいわ。隠すような話じゃないし。むしろ本当は、“この国の人間全員”に知ってほしいぐらいだから」


 そう言って、メスガキは――ミーサは語り始めた。

 彼女と彼女の父親と……そして勇者にまつわる過去を。




 それは率直に言って、とても胸糞の悪くなる話だった。

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