懺悔の間

堕なの。

懺悔の間

 歓声と共に妹がリングから帰ってきた。その目には大粒の涙が溜まっている。

「お前のせいで!」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃、この歓声は妹に対してではなく、この戦いに勝利した相手選手へ向けられたものだった。

「お前がこんなこと始めるから、強くなるから、私にキラキラした世界を夢見させるから、こんな惨めに」

 俺は昔切れた健がずきりと痛む気がした。このスポーツを好きになって、強くなって、それでも一回の怪我で全てが駄目になった。だからその分を妹に期待した。こんな楽しいことがあると夢を見させ、この道に誘い、自分の後を追わせるようにやらせた。ある時から、嫌がってるのは分かってた。でも、見たかった。自分が立てなかった一位の表彰台に妹が立っているところを。そうすれば、妹もきっとまた好きになるだろうと。これは、そんなエゴの果てのバツだとでも言うのだろうか。

「ごめん」

 小さな声で呟いたごめんは妹には届かなくて、その後避けられているうちに、俺たちの間には埋められない溝ができてしまった。あのとき無理にでも、ごめんと伝えるべきだった。あの声の小ささは、俺の器の小ささと同義だった。妹はもう許していると、母親から聞いても家に帰れない俺の弱さだった。


「これが、俺の懺悔だ」

 トランプで負けた人が、人生で一番の懺悔したいことを言う。そのルールで遊んでいて負けてしまったから、仕方なく口を開いた。周りのやつは哀れみでも同情でもなく、お前もかという共感の表情をしていた。

「つーか大富豪やってJOKER最後に残すかよ」

「慎重すぎんだよ」

「めっちゃ心が弱い」

 ガハハと笑い飛ばされるのは、悪い気がしない。俺にとってもずっと前のことだからだ。

「じゃあお前は毎月何を懺悔のために送ってるんだ?」

「グミだよ」

 グミ、妹が一番好きなおやつ。強くなるために、と俺が一番初めに取り上げたもの。多分その頃から、妹は好きの気持ちが薄れていった。

「そうか、まだ刑期は長いしお互い頑張ろうぜ」

 後四百年。俺は地獄の懺悔の間で、妹に懺悔し続ける。

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懺悔の間 堕なの。 @danano

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