第2話 初勝利

 見慣れたはずの街中の風景なのに妙に新鮮な気持ちになるのは、体感でニ年ほど離れていたからかな?

 あっちのみんなは元気でやってるだろうか? 何せ突然の別れだったから、その点については心配だけど。あのタイミングしかなかったのも事実。

 申し訳なく思っても今更どうしようもない、せめて全て終わらせて帰ることができたということに感謝するべきだ。未練はあっても悔いは無いから。


 そんなことを考えながら、俺は久しぶりに校門を潜った。

 

 靴を履き替え、学校の廊下を歩きながら思うこと、そういえばどこのクラスだったか? 確か一年の……。


 二年前の記憶を辿りながら自分の教室を探していた時だ――廊下の片隅であまり気分の良くない光景を見てしまった。


「おいおい野本くんよぉ、俺って今月ピンチなんだよね~。またいつものようにさお小遣い恵んでくんないかなァ? ヒャッハッハ!」


「そ、そんな!? そう言ってこの前だって……」


「ああ! この前はこの前だろうが? 今金がネェってんだよ、別にいいだろうがなぁお坊ちゃんよぉ!!」


 一目見てひ弱だと分かる男子生徒を脅す不良。金髪のあからさまなヤンキーだ。

 二年前の俺だったらそれでもビビったかもしれないが、今見ると特に鍛えてるわけではない凄むだけのヤンキーなんて別に怖くもなんともないな。


 仕方がない、関わっても得はないが見ていて気分のいい光景じゃあない。昔はあのひ弱な男子生徒の側の人間だったと思えば、助け舟を出すのもいいだろ。どうせ相手はたかがヤンキーだ。


「その辺にしてやんな。金がないなら人に集らずバイトでもするんだな。自分で稼いだ金だと思うと節約も意識できるだろう? 普通の人間ならそうだ」


「あ!? なんだァ、誰に向かってつまんねー口聞いてんだ、ああ!! 大体てめえ誰だよ? 部外者が勝手に偉そうな口挟んでんじゃねえよ、ぶっ飛ばされたいってか?! それとも何か? 金払ってくれるってのかよ!」


「お生憎様、手持ちの金は五円札が一枚だ。少なくとも他人に渡す余裕はないな」


「だったら黙ってろってんだよ!!」


 カツアゲを邪魔されたヤンキーがキャンキャンと吠える。

 周りの人間は関わり合いになりたくないのかちらりと見てそそくさと去っていく。

 それは正しい選択だ。こんなことに関わったって得することは何も無いからな。


「あ、あの! 君危ないよ、僕のことはいいから……」


「ほら見ろ! こいつだっていいって言ってんじゃねえか。てめえみたいなやつは邪魔なんだよ、とっとと失せやがれ!」


「仕方ないなぁ。……おいパツキン、ちょっと面貸せ。ここじゃ目立つからな、ヤンキーの流儀に合わせてタイマンと行こうぜ?」


「……言いやがったなてめぇ!! ぶっ殺してやる!!」


 ヤンキーの拳が飛んでくる。

 それを片手で受け止めると、そのまま腕をひねり上げ拘束する。


「い、痛てて!?  な、なんだてめえ?!」


「だからここじゃダメだっつってんだろう? おらとっとと来い」


「て、てめえ!? 離しやがれ!!」


「うるせえな。いいから黙ってついてこいっての」


 確か野本と言ったか? ひ弱な男子生徒一人置いて、ヤンキーの腕を捻りながらその場を離れた。

 とりあえず一目のつかない所に来ればいいんだ。タイマンとは言ったが別に喧嘩をするというわけじゃない、一対一の状況に持ち込むという意味だ。

 この手の奴にはちゃんと灸を据えてやれば、もう馬鹿な真似もしないだろ。多分。


「てめえ、いい加減にしやがれ!」


 暴れるヤンキーを連れてきたのは、ちょうど人がいない廊下の突き当たり。角を曲がってしばらくの場所だ。


「……さて、ここなら邪魔は入らないな」


「てめえ! こんなことしてただで済むと思ってんのか!?」


「うるせえな。別に時間は取らせないから安心しろよ。ただバカな真似をする気をなくさせてやろうってんだ。感謝してほしいぐらいもんだな」


「何わけのわかんないこと言ってやがるこの野郎が!!」


 ヤンキーのテレフォンパンチをひょいと避けてやる。あまりにも見え透いたパンチでこいつの程度が知れるな。



「感謝しろよ? お前がこっちでの第一号だ」



 聞こえない程度に小さく呟くと、俺は右手の人差し指に念を込めてヤンキーの脇腹に軽く押し当てた。


「は? 一体何の真似――」


 そいつは最後まで言い切ることはできない。当然だろう? あまりの出来事に絶句してしまうのだから。


 俺が指を押し当てた次の瞬間そいつの肉体に変化が生じた。


 背丈自体はそのままだが、ロクにスキンケアもしていない肌にハリが蘇り、その強面の顔からは髭が消え去った上に剃っていたであろう眉に適度な眉毛が生まれた。そのガンを飛ばすには最適な目つきは、つり目ではあるもののくりっとした可愛らしいものへと変貌していた。


「な、なんだこりゃあ!?」


「おいどうした? 急に美少年になっちまってよ?」


 喉仏が引っ込み、高い声で叫ぶそのヤンキーもどき。


 これこそが俺だけの能力。異世界において無双を許された究極の技。

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