子供達と神々の神楽 ～月の章～

昼休み

【昼（ひる）休（やす）み　五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の教（きょう）室（しつ）】

　太（たい）耀（よう）の周（まわ）りには刻（とき）代（よ）を始（はじ）め、休（やす）み時（じ）間（かん）に問（もん）題（だい）を起（お）こした女（おんな）の子（こ）達（たち）が集（あつ）まっている。

「太（たい）耀（よう）君（くん）、休（やす）み時（じ）間（かん）は迷（めい）惑（わく）かけてごめんなさい」

「「ごめんなさい」」

　女（おんな）の子（こ）達（たち）が謝（あやま）ると、太（たい）耀（よう）は言（い）う。

「仲（なか）直（なお）りは出（で）来（き）た？」

　あの後（あと）、刻（とき）代（よ）は鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）に付（つ）き添（そ）われ、三（さん）時（じ）間（かん）目（め）と四（よ）時（じ）間（かん）目（め）五（ご）分（ふん）休（やす）みに、一（いち）組（くみ）、二（に）組（くみ）共（とも）に謝（あやま）って回（まわ）っていた。

「分（わ）かんないけど、太（たい）耀（よう）君（くん）にだけは皆（みんな）で謝（あやま）ろうって」

　謝（あやま）りに来（き）た女（おんな）の子（こ）の一（ひと）人（り）がそう言（い）うと、その様（よう）子（す）を見（み）ていた葵（あおい）が言（い）う。

「確（たし）かに顔（かお）が良（い）いは余（よ）計（けい）よね」

「葵（あおい）さんも、一（ひと）事（こと）余（よ）計（けい）ですけどね」

　葵（あおい）にそう返（かえ）す薫（かおる）に、葵（あおい）は少（すこ）し怒（おこ）った口調（くちょう）で言（い）い返（かえ）す。

「何（なに）よ！」

　薫（かおる）は少（すこ）しビク付（つ）いた後（あと）、視（し）線（せん）を刻（とき）代（よ）に代（か）えて言（い）う。

「まぁ髪（かみ）の事（こと）もありますし、転（てん）校（こう）して来（き）た見（み）としては気（き）持（も）ちは分（わ）かりますが」

「それにしても凄（すご）かったわね、刻（とき）代（よ）ちゃんの口（くち）ゲンカ」

　学（がく）年（ねん）の中（なか）で二（に）番（ばん）目（め）に小（ちい）さい女（おんな）の子（こ）、美（み）玖（く）里（り） 結（ゆ）花（か）がそう言（い）うと、刻（とき）代（よ）は恥（は）ずかしそうにした。

「それじゃ私（わたし）は行（い）くわ。髪（かみ）の事（こと）は私（わたし）が悪（わる）かったけど。私（わたし）はアンタみたいな子（こ）は嫌（きら）い」

　謝（あやま）りに来（き）た、一（いち）組（くみ）の女（おんな）の子（こ）の一（ひと）人（り）がそう言（い）って一（いち）組（くみ）に戻（もど）って行（い）くと、他（ほか）の一（いち）組（くみ）の女（おんな）の子（こ）は刻（とき）代（よ）に、各（おの）々（おの）ゴメンのポーズを取（と）って二（に）組（くみ）を出（で）て行（い）く。

「君（きみ）達（たち）は？」

　太（たい）耀（よう）にそう聞（き）かれ、二（に）組（くみ）の女（おんな）の子（こ）達（たち）は少（すこ）し考（かんが）える。

「仲（なか）良（よ）くはなれないと思（おも）う、嫌（きら）いじゃないけど」

　二（に）組（くみ）の女（おんな）の子（こ）の一（ひと）人（り）がそう言（い）うと、他（た）の女（おんな）の子（こ）達（たち）も頷（うなず）く。

　その時（とき）……

「あっ、居（い）た居（い）た。刻（とき）代（よ）姉（ねえ）ちゃん」

　教（きょう）室（しつ）の外（そと）から少（しょう）年（ねん）の声（こえ）がしたので、刻（とき）代（よ）は声（こえ）の方（ほう）を向（む）くと嘉（か）助（すけ）に気（き）付（づ）き、近（ちか）寄（よ）る。

（この子（こ）の方（ほう）から来（き）てくれたのは良（い）いが、風（かぜ）の坊（ぼう）やの姿（すがた）は無（な）いか……）

　そう思（おも）いながら、刻（とき）代（よ）は嘉（か）助（すけ）の名（な）札（ふだ）を確（かく）認（にん）しながら言（い）う。

「どうしたの…… 嘉（か）助（すけ）君（くん）？」

「オレ、休（やす）み時（じ）間（かん）の事（こと）謝（あやま）ろうと思（おも）って。……ゴメン」

　そう言（い）って頭（あたま）を下（さ）げた嘉（か）助（すけ）に、刻（とき）代（よ）は聞（き）く。

「だからあの時（とき）、教（きょう）室（しつ）の近（ちか）くに居（い）たんだ。小（こ）太（た）郎（ろう）君（くん）は？」

「校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）に用（よう）事（じ）が有（あ）るって言（い）ってたけど」

　嘉（か）助（すけ）がそう言（い）うと刻（とき）代（よ）は考（かんが）える。

（と、言（い）う事（こと）は何（なに）か起（お）こす気（き）か？）

「そう言（い）えば休（やす）み時（じ）間（かん）に、小（こ）太（た）郎（ろう）君（くん）を隠（かく）れて見（み）てたのは何（なん）で？」

　刻（とき）代（よ）にそう聞（き）かれ、嘉（か）助（すけ）は恥（は）ずかしそうに言（い）う。

「オレ、小（こ）太（た）郎（ろう）が日（にち）曜（よう）日（び）に現（あらわ）れた、風（かぜ）丸（まる）って奴（やつ）じゃないかと思（おも）ってたんだ。腕（うで）が白（しろ）いし」

　嘉（か）助（すけ）の話（はな）しを聞（き）いて、太（たい）耀（よう）は嘉（か）助（すけ）に向（む）けて答（こた）える。

「それは無（な）い。僕（ぼく）も昨日（きのう）小（こ）太（た）郎（ろう）の家（いえ）で会（あ）ってそう考（かんが）えたけど、身（み）元（もと）を証（しょう）明（めい）する知（し）り合（あ）いがいる」

「オレも校（こう）長（ちょう）先（せん）生（せい）の親（しん）戚（せき）だって聞（き）いて、休（やす）み時（じ）間（かん）に謝（あやま）った」

　太（たい）耀（よう）と嘉（か）助（すけ）の会（かい）話（わ）を聞（き）き、刻（とき）代（よ）は何故（なぜ）小（こ）太（た）郎（ろう）がこの場（ば）に居（い）無（な）いか理（り）解（かい）する。

（成（な）る程（ほど）、そう言（い）う事（こと）か。確（たし）かにあの腕（うで）は目（め）立（だ）つ。　……だとしたら事（こと）は学（がっ）校（こう）が終（お）わった後（あと）か。少（すこ）し利（り）用（よう）させて貰（もら）うぞ）

　★★★★

「なぁ恵（え）理（り）花（か）、コレ別（べつ）の方（ほう）法（ほう）考（かんが）えた方（ほう）が良（い）いんじゃねぇか？」

「確（たし）かに敵（てき）がいつ来（く）るか分（わ）かんないからって、毎（まい）日（にち）やってたらその内（うち）誰（だれ）かにバレるわよね。……でも家（いえ）から持（も）って来（き）ても、何（なに）かの拍（ひょう）子（し）にバレそうで怖（こわ）いし、大（だい）体（たい）持（も）って来（く）る入（い）れ物（もの）が無（な）いし」

　そんな会（かい）話（わ）をしている、葉（よう）司（じ）と恵（え）理（り）花（か）が居（い）るのは家（か）庭（てい）科（か）室（しつ）。

　正（せい）確（かく）には家（か）庭（てい）科（か）準（じゅん）備（び）室（しつ）。

　葉（よう）司（じ）と恵（え）理（り）花（か）の近（ちか）くで、小（こ）型（がた）の龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）はご飯（はん）を食（た）べている。

　メニューは、水（みず）で軽（かる）く解（ほぐ）したソフト麺（めん）春（はる）雨（さめ）サラダ和（あ）え。

　そして水（みず）。

「かと言（い）ってコイツだけこの姿（すがた）にしてないと、もし室（しつ）内（ない）に居（い）た時（とき）大（たい）変（へん）そうなんだよなぁ。いつも二（に）、三（さん）人（にん）で居（い）る訳（わけ）じゃねぇし」

　葉（よう）司（じ）がそう言（い）うと、スセリが葉（よう）司（じ）の前（まえ）に現（あら）われて申（もう）し訳（わけ）なさそうに言（い）う。

「ごめんなさい、私（わたし）が物（もの）に触（ふ）れられれば良（い）いんだけど」

「別（べつ）に今（いま）の所（ところ）は嫌（いや）な訳（わけ）じゃねぇから、謝（あやま）る必（ひつ）要（よう）はねぇよ。自（じ）分（ぶん）がアニメやマンガみたいな事（こと）をやる事（こと）になるとは思（おも）わなかったけど」

　スセリにそうフォローを入（い）れる葉（よう）司（じ）に、恵（え）理（り）花（か）が聞（き）く。

「取（と）り合（あ）えず何（なに）か代（だい）案（あん）考（かんが）えた方（ほう）が良（い）いわよね。……それより葉（よう）司（じ）、伏（ふし）見（み）さんの事（こと）どう思（おも）う？」

「どうしたんだよ行（い）き成（な）り？」

　葉（よう）司（じ）は言（こと）葉（ば）の意（い）味（み）を理（り）解（かい）出（で）来（き）ずそう言（い）い返（かえ）し、恵（え）理（り）花（か）は少（すこ）し恥（は）ずかしそうに更（さら）に言（い）う。

「えっと……あの子（こ）綺（き）麗（れい）だし、女（おんな）も子（こ）として男（おとこ）の子（こ）はどう思（おも）ってるのかなって？」

「分（わ）っかんねぇ。可（か）愛（わい）いのは確（たし）かだけど、太（たい）耀（よう）でアレだぜ。俺（おれ）達（たち）じゃ手（て）に負（お）えねぇのは確（たし）かだな」

　呆（あき）れた様（よう）子（す）でそう言（い）う葉（よう）司（じ）に、恵（え）理（り）花（か）はクスクス笑（わら）ってから言（こと）葉（ば）を返（かえ）す。

「確（たし）かに凄（すご）かったわね。でも転（てん）校（こう）前（まえ）に色（いろ）々（いろ）あったみたいだし、私（わたし）は気（き）持（も）ち分（わ）かる気（き）がする」

「そんなもんか？」

　葉（よう）司（じ）と恵（え）理（り）花（か）の会（かい）話（わ）を聞（き）きながら、スセリは思（おも）う。

（あの刻（とき）代（よ）と言（い）う女（おんな）の子（こ）、何（なに）がしたかったのかしら?　太（たい）耀（よう）と仲（なか）良（よ）く成（な）りたかった様（よう）にも見（み）えなくは無（な）かったけど、髪（かみ）の毛（け）を馬（ば）鹿（か）にされた時（とき）以（い）外（がい）、行（こう）動（どう）全（すべ）てに心（こころ）を感（かん）じ無（な）い気（き）がする……）

　スセリは恵（え）理（り）花（か）に尋（たず）ねる。

「恵（え）理（り）花（か）、あの刻（とき）代（よ）って子（こ）をどう思（おも）う？」

「どうしたのスセリ？」

「少（すこ）し引（ひ）っ掛（か）かる事（こと）が有（あ）ってね……」

　スセリの言（こと）葉（ば）に、葉（よう）司（じ）が反（はん）応（のう）して聞（き）き返（かえ）す。

「もしかして敵（てき）か？」

　しかしスセリは首（くび）を横（よこ）に振（ふ）り、葉（よう）司（じ）に言（い）う。

「それは無（な）いと思（おも）うわ。……ただの女（おんな）の勘（かん）よ」

（そう、本（ほん）来（らい）この出（で）来（き）事（ごと）に敵（てき）はいない。西（せい）洋（よう）の神（かみ）々（がみ）や大（たい）陸（りく）の神（しん）仙（せん）には話（はな）しは通（とお）してあるし、まして天（てん）津（つ）神（しん）を封（ふう）印（いん）している今（いま）、私（わたし）達（たち）に敵（てき）対（たい）する様（よう）な神（かみ）が居（い）る筈（はず）は……）

　そう考（かんが）えているスセリを他（よ）所（そ）に、葉（よう）司（じ）達（たち）の会（かい）話（わ）を壁（かべ）の向（む）こうで聞（き）いているモノが居（い）た。

（流石（さすが）にやり過（す）ぎたか……　でも私（わたし）の正（しょう）体（たい）には気（き）付（づ）いてない様（よう）だな。早（はや）めに神籬（ひもろぎ）を決（き）めないと駄（だ）目（め）か）

　その正（しょう）体（たい）は伏（ふし）見（み） 刻（とき）代（よ）。

　刻（とき）代（よ）はそう思（おも）いながら、その場（ば）から姿（すがた）を消（け）した。

　★★★★

【午（ご）後（ご）１時（じ）20分（ぷん）頃（ごろ）　茨（いばら）木（き）理（り）髪（はつ）店（てん） 茶（ちゃ）の間（ま）】

「それじゃあ、今（こん）回（かい）の作（さく）戦（せん）はこんなもんか?」

　小（こ）太（た）郎（ろう）がそう言（い）うと嗣（つぐ）次（じ）が頷（うなず）き、芸（げい）能（のう）人（じん）に居（い）そうな面（おも）持（も）ちの茨（いばら）木（き） 清（きよ）重（しげ）も納（なっ）得（とく）する。

「それより小（こ）太（た）郎（ろう）、その子（こ）以（い）外（がい）に友（とも）達（だち）は出（で）来（き）たか？」

　清（きよ）重（しげ）が小（こ）太（た）郎（ろう）にそう聞（き）くと、小（こ）太（た）郎（ろう）はクスクス笑（わら）い言（い）う。

「思（おも）った以（い）上（じょう）に、今（いま）の子（こ）供（ども）の世（せ）界（かい）は大（たい）変（へん）らしい。アイツ等（ら）の組（クラス）で面（おも）白（しろ）い騒（さわ）ぎが有（あ）ったぞ」

「それなら俺（おれ）もそっちにすれば良（よ）かった。紫（し）織（おり）婆（ばあ）さんに貰（もら）ったFRIDAYや週（しゅう）間（かん）文（ぶん）春（しゅん）で、情（じょう）報（ほう）収（しゅう）集（しゅう）するのも飽（あ）きて来（き）たんでな」

　飽（あ）き飽（あ）きした顔（かお）をする清重（きよしげ）に、嗣（つぐ）次（じ）は続（つづ）ける。

「そんな減（へ）らず口（くち）が叩（たた）けるのなら、この店（みせ）が開（かい）店（てん）した時（とき）の客（きゃく）の対（たい）応（おう）、問（もん）題（だい）ないのだろうな」

「当（あ）たり前（まえ）だ。誰（だれ）に向（む）かって言（い）っている」

　自（じ）信（しん）満（まん）々（まん）に清（きよ）重（しげ）がそう答（こた）えると、小（こ）太（た）郎（ろう）が嗣（つぐ）次（じ）に言（い）う。

「さて、そろそろ掃（そう）除（じ）の時（じ）間（かん）だ。嗣（つぐ）次（じ）、先（さき）に学（がっ）校（こう）に戻（もど）ってくれ」

　そう言（い）われ、嗣（つぐ）次（じ）は頷（うなず）くと返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「では……」

　そして嗣（つぐ）次（じ）が部（へ）屋（や）から姿（すがた）を消（け）すと、小（こ）太（た）郎（ろう）は半（はん）透（とう）明（めい）の緑（みどり）色（いろ）の比（ひ）礼（れ）を何所（どこ）からか出（しゅつ）現（げん）させ、掴（つか）むと清（きよ）重（しげ）に言（い）う。

「清（きよ）重（しげ）、小（こ）槌（づち）で家（か）具（ぐ）と茶（ちゃ）菓（が）子（し）を個（こ）定（てい）しておけ」

　小（こ）太（た）郎（ろう）にそう言（い）われた清（きよ）重（しげ）の左（ひだり）手（て）には、知（し）らぬ間（あいだ）に小槌（こづち）が握（にぎ）られていた。

　　カコン

　清（きよ）重（しげ）が部（へ）屋（や）を小（こ）槌（づち）で軽（かる）く叩（たた）くと、部（へ）屋（や）全（ぜん）体（たい）が少（すこ）し光（ひか）る。

「碧（みどり）子（し）蛇（じゃ）よ、風（かぜ）を巻（ま）き起（お）こせ！」

　更（さら）に、ちゃぶ台（だい）の上（うえ）に乗（の）った小（こ）太（た）郎（ろう）が、そう言（い）って比（ひ）礼（れ）を振（ふ）ると室（しつ）内（ない）で風（かぜ）が吹（ふ）き荒（すさ）んだ。

「一（ひ）二（ふ）三（み）語（かた）れば風（かぜ）よ吹（ふ）け。四（よ）を四（よ）として心（こころ）現（あらわ）れよ。五（いつ）六（む）七（なな）、汝（なんじ）人（ひと）の子（こ）に在（あ）らず。事（こと）の八（は）をもって九（ここ）に現（あらわ）れ十（たり）。 振（ふ）る部（べ）、魂（たま）揺（ゆら）らに振（ふ）る部（べ）」

　そう言（い）いながら小（こ）太（た）郎（ろう）は体（からだ）を動（うご）かす。

　まるで龍（りゅう）や蛇（へび）が舞（ま）っているかの様（よう）に。

　すると風（かぜ）が集（あつ）まって行（い）き、30センチ程（ほど）の牡（お）鹿（じか）の様（よう）な角（つの）の生（は）えた、緑（みどり）色（いろ）と桜（さくら）色（いろ）の斑（まだら）柄（がら）の蛇（へび）に変（か）わる。

　小（こ）太（た）郎（ろう）は宙（ちゅう）に浮（う）くと、緑（みどり）色（いろ）と桜（さくら）色（いろ）の斑（まだら）柄（がら）の蛇（へび）に命（めい）令（れい）をする。

「妖（よう）怪（かい）風（かざ）蛇（へび）よ、俺（おれ）が命（めい）令（れい）するまで待（たい）機（き）していろ。良（い）いな」

「ダァ」

　風（かざ）蛇（へび）がそう返（へん）事（じ）をすると、小（こ）太（た）郎（ろう）は清（きよ）重（しげ）に言（い）う。

「此奴（こいつ）を使（つか）う。合（あい）図（ず）したら巨（きょ）大（だい）化（か）してくれ」

「分（わ）かった」

　清（きよ）重（しげ）がそう返（へん）事（じ）を返（かえ）すと、小（こ）太（た）郎（ろう）は考（かんが）える。

（後（あと）は俺（おれ）の偽（にせ）者（もの）か……）

「水（みず）の鏡（かがみ）、黒（こく）水（すい）鏡（きょう）。風（かぜ）産（う）みの剣（つるぎ）、草（くさ）薙（なぎ）の木（もく）剣（けん）よ」

　小（こ）太（た）郎（ろう）がそう言（い）うと、黒（こく）曜（よう）石（せき）の様（よう）に輝（かがや）く鏡（かがみ）と、龍（りゅう）蛇（じゃ）を模（も）した様（よう）な木（もく）剣（けん）が目（め）の前（まえ）に現（あらわ）れた。

「鏡（かがみ）よ。我（わ）が偽（いつわ）りの敵（てき）としての姿（すがた）、剣（つるぎ）に写（うつ）せ」

　更（さら）に小（こ）太（た）郎（ろう）がそう言（い）うと、草（くさ）薙（なぎ）の木（もく）剣（けん）が風（かぜ）丸（まる）の姿（すがた）に変（か）わって行（い）く。

（！）

　それを見（み）て清（きよ）重（しげ）は驚（おどろ）き、小（こ）太（た）郎（ろう）に尋（たず）ねる。

「貴（き）様（さま）は何（なに）をしている？」

「鬼（おに）の貴（き）様（さま）でも驚（おどろ）くなら、見（み）せた甲斐（かい）があったか」

　そう言（い）い終（お）わった小（こ）太（た）郎（ろう）は右（みぎ）手（て）を水（すい）平（へい）に上（あ）げ、その掌（てのひら）からビー玉（だま）大（だい）の光（こう）体（たい）が出（しゅつ）現（げん）し、偽（いつわ）りの風（かぜ）丸（まる）に宿（やど）った。

「起（お）きろミシャグジ」

　すると虚（うつ）ろな瞳（ひとみ）だった、偽（いつわ）りの風（かぜ）丸（まる）の瞳（ひとみ）に光（ひか）りが宿（やど）り、小（こ）太（た）郎（ろう）に跪（ひざまず）く。

「話（はな）しは聞（き）いていたな」

　小（こ）太（た）郎（ろう）の言（こと）葉（ば）に、ミシャグジは続（つづ）ける。

「承（しょう）知（ち）しています。ですが良（い）いのですか、魂（わたし）が抜（ぬ）けたら腕（からだ）の制（せい）御（ぎょ）が……」

「気（き）にするな、それに付（つ）いては別（べつ）の制（せい）御（ぎょ）方（ほう）法（ほう）を取（と）っている。ほら……」

　白（しろ）い腕（うで）を動（うご）かして見（み）せた小（こ）太（た）郎（ろう）は、ミシャグジに続（つづ）けて言（い）う。

「お前（まえ）も偶（たま）には人（ひと）前（まえ）で暴（あば）れたら如何（どう）だ、加（か）減（げん）はしてもらわないと困（こま）るが」

「では私（わたし）に、その風（かざ）蛇（へび）を頂（いただ）けませんか？」

　ミシャグジの言（こと）葉（ば）に、小（こ）太（た）郎（ろう）は少（すこ）し考（かんが）えてから返（へん）事（じ）をする。

「……良（い）いだろう。ただし本（ほん）来（らい）の目（もく）的（てき）は忘（わす）れるな」

「有（あ）り難（がと）う御（ご）座（ざ）います」

　そう言（い）ったミシャグジを少（すこ）しの間（あいだ）、小（こ）太（た）郎（ろう）は無（む）言（ごん）で暫（しばら）く見（み）詰（つ）め、清（きよ）重（しげ）に向（む）かって残（ざん）念（ねん）そうに言（い）う。

「だっそうだ。清（きよ）重（しげ）、悪（わる）いがお前（まえ）の出（で）番（ばん）は無（な）い」

「なら俺（おれ）は、人（ひと）として見（けん）学（がく）するとしよう」

　残（ざん）念（ねん）そうな清（きよ）重（しげ）を他所（よそ）に、小（こ）太（た）郎（ろう）は呟（つぶや）く。

「さて、そろそろ戻（もど）らないと本（ほん）当（とう）に不味（まず）いな。じゃあ放（ほう）課（か）後（ご）に」

　そう言（い）って小（こ）太（た）郎（ろう）は姿（すがた）を消（け）し、学（がっ）校（こう）に戻（もど）って行（い）った。