18.青の魔族

 まさかスカーレットちゃんが本気で戦ってたなんて思わなかった。だから彼女の話を聞いてる途中、自己嫌悪が止まらなかった。ウチは、最低だ。


 ──詫びる必要が、どこにある?


 ああ、またこれだ。

 ちょっと前から同じ夢を見るようになった。


 ──弱い者が悪いのだ。


 すごーく悪い顔をした人。

 ウチは彼のことをよく知っている。


 ──奪わなければ奪われる。だから、お前も奪え。


 彼はイーロン・バーグ。

 夢に現れて、「悪いことしようぜ」と唆してくる。


「うるさい」


 ウチは彼の顔面を殴った。

 理由は謎だけど、これをやると目が覚める。


「……ほら、朝だ」


 ウチは無駄に豪華なベッドで身体を起こす。

 それからぼんやり窓の外に目を向けて、大きく伸びをした。


 入国審査は続いている。

 今日は、青の魔族と話をする。


「……気を付けないと」


 ウチは結構強いみたいだ。

 でも、この力は誰かを悲しませる為に得たわけじゃない。

 

 次はどんな入国審査なのだろう。

 分からない。ただ、前回の失敗は繰り返さない。


 ウチは誓った。

 これからは、仮に相手が弱くても全力で挑むことにしよう。



 *  *  *



 青の魔族が管理する楽園。

 そこは、赤と同じく魔力伝導体で作った壁に囲まれている。


 北と南に門がある。

 アクアは北の門の上に手作りの玉座を置き、偉そうな姿勢で座っていた。


「ふふっ、来たわね」


 天才的な青魔法によって強化された視力が、数キロ先に現れた人物の姿を捉えた。彼女はゆっくりと立ち上がり、正面を向いたまま、背後の部下に問いかける。


「コメット、祝勝会の準備は?」

「整っております。最高級の料理が、アクア様の勝利に花を添えることでしょう」

「よしっ! 後は、このアクア様が完全勝利するだけね!」


 コメットと呼ばれた女性は、拍手をした。

 その音を聞き、アクアは満足そうな笑みを浮かべる。


 ──彼女には膨大な青の魔力がある。

 しかも天才的なセンスを持ち合わせており、二年前、八歳という若さで青の魔族の代表に選ばれた程である。


 例えばそれは、肉体改造。

 彼女は青魔法を駆使して理想のプロポーションを保っている。実年齢は十歳だが、外見は大人の女性そのもの。風に舞う水色の髪を見れば誰もが目を奪われ、キラキラ輝く宝石のような翠色すいしょくの瞳に見つめられれば、誰もが心を奪われる。


 それだけではない。


 彼女は、どんなに食べても太らない。

 青魔法によって細胞レベルで肉体を制御できるからだ。


 まだ終わらない。


 彼女は決して老いることがない。

 あらゆる傷や病を瞬時に治療できるのだ。


 永遠に続く理想のプロポーション。

 そしてそれは、どれだけ雑な食生活をしても、決して崩れない。


 彼女は全女性の憧れとなった。

 しかも、その叡智を仲間に分け与えることを惜しまない。


 これが青の魔族の代表、アクア。

 彼女は仲間達から神の如く崇拝されている。


「ふふんっ!」


 その艶やかな唇から自信が溢れ出る。

 彼女は「敵」を見据え、高らかに宣言した。


「さあ! どこからでもかかって来なさい!」

 


 *  *  *



「よく来たわね!」


 この私、アクア様による挨拶。

 もしも相手が青の魔族ならば泣いて喜ぶところだけど……ふん、無知な男ね。あの女、スカーレットは何も説明しなかったのかしら?


 まあ、いいでしょう。許します。

 どうせ直ぐアクア様を崇拝することになるのだから。


(……刮目せよ! できるものなら!)


 私は体感時間を極限まで圧縮した。

 今の私は音すらも追い越すことができる。

 その気になれば、降り注ぐ雨粒を全て避けることも可能だ。


(……彼の背後に移動して、首筋をツンツンしてやりましょう)


 いきなり攻撃することはない。

 まずは挨拶代わりに力の差を分からせてやるのだ。


(…………)


 おかしいわね。

 こいつ、普通に目で追ってない?


(……いやいや、そんなわけ)


 ここはアクア様だけが辿り着ける世界。

 あのスカーレットだって、この動きには反応できなかった。


(……握手よ。応じてみなさい。できるものならねぇ!)


 あっ、はい、よろしくお願いします。

 大きくて硬い手ですね。割と鍛えてる感じですか?


(……いやいや、いやいやいやいや)


 待って。待って。おかしい。おかしいでしょう!?

 ここはアクア様だけの世界! 音も追い付けない至高の領域なのよ!?


(……アクア様を怒らせたこと、後悔しなさい!)


 必殺! 目潰し!

 

(……止められちゃった)


 ど、どうしましょう。

 これ、こ、ころ、殺されるかも。


「……お待ちしておりましたぁ」


 私は体感時間を元に戻し、彼を歓迎する。


「えへ、えへへ。食事の用意ができておりますぅ」

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