13.ウチ、希望の光を見つける

 世界には二つの大陸がある。

 ムッチッチ大陸、そしてウリナキテゴ大陸。


 後者に住まう人々は魔族と呼ばれている。

 魔族は優れた文明を築き上げた。ムッチッチ大陸と比較した時、双方の文明力には二百年以上の差があると言われている。


 もしも本気で戦争すれば、必ず魔族が勝つ。

 だが、魔族は奪われ続けている。聖女が現れる度、海を渡って現れる者達によって略奪の限りを尽くされている。


 ──俺は不思議に思っていた。

 なぜ魔族はやり返さないのだろう。


 圧倒的な力を持っているはずだ。

 それなのに、どうして奪われ続けている?


 聖女とは、そんなにも恐ろしいのか?

 恐怖とは、家族や友人を差し出す理由になるのか?


 ふざけている。

 戦うべきだ。奪われるくらいなら、奪うべきだ。


「──海を渡りなさい」


 ある日、祖父が言った。


「真実が、そこにある」


 それ以上は何も語ってくれなかった。

 だがそれは、俺が海を渡るきっかけとなった。


 準備には二年近い時を要した。

 信頼できる仲間、そして情報を集めた。


 ある日、有益な情報を手に入れた。

 目指す場所はチムチム学園。そこの大図書館に、かつて俺と志を同じくした魔族、フローパの手記が眠っている。


 俺は真実を知ると決めた。

 全ては──楽園を守るために。



 *  三年後  *


 

「……これが、真実なのか?」


 一年前、俺はチムチム学園に潜入できた。

 秘密裏に調査を続け、ついにフローパの手記を見つけた。


「……そういう、ことだったのか」


 その手記によって全てが繋がった。 

 敵は、俺が考えているよりも遥かに大きかった。


 楽園。俺の生まれ育った場所。

 ウリナキテゴ大陸において、最も平和だと言われている。その他の土地は、明日の食糧にも困るような状況だと教わった。実際、荒廃した場所をいくつも目にした。


 無論、楽園以外にも住める場所はある。

 例えば、教育に特化した場所がある。優秀な人材には招待状が届き、そこで魔族を繁栄させる為の研究をする選択肢が与えられる。これは、楽園で生きる者達にとって最も名誉な事であり、断る者など存在しない。


 ──おかしいと思わないか?


 手記に記された文字は酷く歪んでいる。

 まるでフローパの怒りが染み込んでいるかのようだった。


 ──優秀な者が消えた楽園を、誰が守る?


 結論から述べる。

 楽園の存在意義は、口減らしだ。


 俺は誤解していた。

 楽園とは、過去に一度も侵略を受けたことが無い場所だと思っていた。


 しかし真実は真逆だった。

 楽園だけが、理不尽な侵略を受け続けている。


「楽園は、種々の理由によって貧窮ひんきゅうした者を集め、侵略という形で処分するために作られた。我々は、踏み躙られる為に生まれてきたのだ」


 手記の一節を音読し、怒りで体中が震えた。

 俺は何度も呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。


「……続きを読もう」


 楽園誕生の背景には、かつて二大陸の間で交わされた密約があった。

 もちろん証拠も揃っていた。フローパは、信じられない程に優秀だった。


 しかし、そんな彼にも見つけられないモノがあった。

 それは楽園を救う唯一の手段。あらゆる理不尽に打ち勝つことができる存在。


 ──魔王を探せ。


 俺はフローパの遺志を受け継いだ。

 魔王の詳細は分からない。だが、諦めるわけにはいかない。


 必ず見つけ出す。

 そして、楽園を救ってみせる。



 *  決闘の日  *



 その日、学園がざわついた。

 どうやら王子が決闘を行うようだ。


(……見ておくか)


 いずれ戦うことになる相手の主力だ。

 この決闘から得られるであろう情報には大きな価値がある。


(……黒髪?)


 決闘の舞台に現れた者を見て、俺は首を傾げた。

 このチムチム学園には選び抜かれた者だけが集まる。黒髪は魔族の象徴。即ち捕虜の子孫だ。フローパの手記には、同胞が奴隷のように扱われていると記されていた。


「ふんっ!」


 王子が魔力を放出した。

 その瞬間、俺は死を錯覚する程の恐怖を覚えた。


(……これが、王族の力か)


 恐怖で手足の震えが止まらない。

 だが、今はそれよりも優先して考えるべきことがある。

 

 この決闘、不自然だ。

 

 なぜ黒髪の者が制服を着ている?

 なぜ王子と決闘することになった?


「あんな化け物に決闘を仕掛けたのは、どこのバカだ?」

「イーロン・バーグって聞いたぞ」


 周囲から話し声が聞こえた。

 耳を傾ける。何か有益な情報があるかもしれない。


「王子の婚約者に一目惚れしたらしいぜ」

「かかっ、そいつは傑作だ」


 瞬間、全てが繋がった。


(……婚約者は、今代の聖女だ)


 チムチム学園に現れた黒髪の男。

 そして、聖女を巡って行われる決闘。


(……まさか、彼が魔王なのか?)


 いや、結論を出すのは早計だ。

 もしも彼が魔王ならば、こんなにも目立つ形で決闘をする理由が無い。


 ──魔道具が発動した。

 そして次の瞬間、勝者と敗者が決まった。


(……何が、起きた?)


 全く見えなかった。

 あれ程の魔力を保有する王子が、何もできずに敗北した。


(……間違いない)


 それは楽園を救う唯一の手段。

 あらゆる理不尽に打ち勝つことができる存在。

 

 俺は確信した。

 彼こそが、魔王なのだ。



 *  深夜  *



 俺は彼との接触を試みた。

 だが途中でへまをして、王国の兵士と戦闘になった。


 俺は一瞬の隙をついて物陰に隠れ、緑魔法で潜伏した。

 そのまま逃げ切ることに成功したが、体は満身創痍だ。


 今日、偶然にも国王が来ていた。

 俺はうっかり護衛の兵士に発見され、危うく殺されるところだった。


「……あと、少し」


 国王に急用ができたようで、強力な護衛達は去った。

 しかし日中は常に人の目がある。だから俺は深夜まで待機した。


 既に魔力を扱う余力は無い。

 この状態で次の戦闘が発生すれば、今度こそ終わりだ。


「……最悪だ」


 見通しの悪い曲がり角。

 俺は、ガラの悪い学生達と接触してしまった。


「あっれぇ~? 黒髪じゃ~ん?」


 恐らくはドロップアウトした学生達だ。

 万全なら遅れを取ることは無い。だが、今の状態では……。


「ウィッ、ヒィ~!」


 蹴られた。

 軽い蹴りだったが、今の俺にとっては重い。


「おぃ、動くんじゃねぇぞ?」


 彼は指先に赤の魔力を込め、俺に近付けた。


「魔族は玩具。そうだろ?」


 俺は歯を食い縛る。

 次の瞬間、肌を焼かれた。


「うしっ、完成! テメェら! これが的だかんな!」


 俺は楽園を救う為に海を渡った。

 この様はなんだ。これ程の屈辱があるだろうか。王国の兵士が相手ならまだしも、ただの不良に虐げられている。


(……これが、同胞達の痛みか)


 手記で目にしたモノとは訳が違う。

 この身で味わった「それ」は憎悪を燃え上がらせた。

 その熱は、実際に焼かれた肌よりも遥かに強烈だった。


(……耐えろ)


 きっと殺されることはない。

 こんな者達に、人を殺める覚悟などあるわけがない。


「きひひっ、お前なに外してんだよぉ!」

「あぁ!? あいつが避けたんだよ! テメェふざけんなよ!」


 耐えろ。耐えろ。耐えろ。

 自分に言い聞かせる。その度、惨めな気持ちになった。


(……俺は、こんなにも、弱いのか)


 王国の兵士は強かった。

 多勢に無勢。生き残ったことが奇跡だ。


 しかし、俺が真に打つ倒すべき敵は、あんなものではない。

 そんな相手に逃げることしかできなかった。あまつさえ、学園の落ちこぼれに抵抗することすらできない。


 心が折れそうになる。

 こんな弱者が、どうして故郷を救えるというのだろうか。



「──何をしている?」



 声が聞こえた。目を向ける。

 そこには、探し続けた人物の姿があった。


「なんだァ? テメェ?」

「おいおいおい、また黒髪じゃねぇか。新しい玩具ァ!」


 一人の不良が彼を攻撃した。

 そして次の瞬間、星になった。


(……投げた、のか?)


 ほんの微かに動きが見えた。

 信じられない程に強大な魔力。そして緻密な魔力制御。


 きっと誰もが理解した。

 今この場において、彼こそが絶対的な強者であり、支配者なのだと。


「──何をしている?」


 彼は再び問いかけた。

 不良達は怯えた様子で押し黙る。


 ──水の上に何かが落ちる音がした。


 俺と不良達は揃って同じ方向に目を向けた。

 そして、きっと同時に音の正体を理解した。


「夜の海は冷たい」


 息を呑む気配を感じた。

 誰も口を開くことができなかった。


「一人は、危ない」


 それは明確な脅しだった。

 最初の一人と同様に、お前達も仲良く投げてやる。彼はそう言ったのだ。


「ひっ、ひぃぃ!」


 一人が逃げた。

 他も慌てた様子で背中を追いかけた。


 そして、俺と彼だけが残った。

 彼は不良達が逃げた方向に目を向け、その姿が見えなくなった後で呟いた。


「……大丈夫かな」


 俺は呼吸を止めた。

 恐らく目撃者を消すべきか否か考えているのだ。


「……まぁ、いっか」


 彼は軽く息を吐き、俺を見た。

 体が強張る。俺は呼吸を止め、彼の言葉を待った。


「大丈夫? 立てる?」


 彼は手を差し伸べた。

 これは……まさか、俺を心配しているのか?


「酷い怪我だ。ノエル起きてるかな?」

「はい、起きてます」

「「っ!?」」


 聖女ノエル!?

 なぜ、なぜ今この場所に!?


「彼を治せば良いですか?」

「……ああ、そうしてくれ」


 ……理解できない。

 聖女が、魔族を治療するだと?


「治りました」

「すごいね」

「えっへっへ、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」


 なんだ、これは。

 聖女を手懐けているのか?


「君、立てる?」


 彼は再び俺に手を差し伸べる。

 その表情には、微かに優しい笑みが浮かんでいた。


「……魔王様」


 思わず漏れた呟き声。

 彼は何も言わず、不敵な笑みを浮かべ、フッと息を吐いた。


「……ありがとうございます」


 まずは感謝を述べた。

 それから必死に言葉を探す。


「……何なりとお申し付けください」

 

 声を出した瞬間、冷静になった。

 流石に今の発言は失敗だ。もう少し順序立てて説明する必要がある。


 だが、良いのか?

 聖女の前で、この話をしても。


「……楽園」

「「っ!?」」


 今、彼は何と言った?


「ボクは、楽園を探している」


 ……ああ、ああ、ああ。

 やはり、そうだ。間違いない。


 彼こそが楽園を救う者──魔王様なのだ。


「案内いたします」

「え、マジ? ほんと?」

「はい。この命に代えても」


 俺は、生まれた意味を理解したような気がした。

 この方を楽園に送り届ける。そして、この方が為す偉業に我が生涯を捧げるのだ。

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