07.ウチ、決闘を申し込まれる

 小鳥の声が聞こえた。

 ウチは温かい布団の中で耳を塞ぐ。


 昨夜の歓迎会は生徒による催し。

 本格的な学園生活は今日から始まる。


「……嫌だ。行きたくない」


 教室へ向かう足が、体が、心が重い。


「……でも」


 母上さまが期待してくれた。

 それはウチにとって初めての経験だった。


「……応えたい!」


 ウチは覚悟を決めて身体を起こした。

 そして部屋に備え付けのシャワー室で「うぉぉぉぉ!」と叫びながら身体を清め、真新しい制服を身に付ける。


「やるぞ!」


 やる気は十分。

 ウチは部屋のドアを開けた。


「……」

「……」


 ドアを開けた先に人が居た。

 明らかに待ち伏せの構えである。


 しかも知っている人物だ。

 ウチは目を泳がせながら挨拶する。


「マタシターガ・ムッチッチ王子。本日は、お日柄も良く──」

「イーロン・バーグ!」

「ひゃい!」


 超怖い。心折れそう。

 彼の声がトラウマになってる。


 落ち着け。落ち着け。

 まだ嫌われるようなことは何もしてない。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」


 ウチは精一杯の笑顔を浮かべて言った。

 王子は爽やかな表情を見せ、返事をした。


「私は、貴様に決闘を申し込む」


 ……えっ?



 *  戦う理由  *



「無理ですぅ!」


 ウチは亜音速で逃げた。

 決闘とかありえない。マジ無理。


「おはようございますイッくん様。朝のお散歩ですか? 良いですね。お供します」


 いつの間にか聖女ノエルが並走していた。

 超怖い。気配無かった。どこから現れたの。


「太陽の下で浴びる海風、心地よいですね!」


 その言葉を聞いてウチは戦慄した。

 当然だけど亜音速ランニングは風圧がヤバい。緑の魔力を上手に扱わないと死ぬ。普通は空気抵抗を無にする。あえて海風を浴びるとか正気じゃない。


「わたくし、お伝えすることがありますの」

「……なにかな?」


 聞きたくない。

 でも聖女ノエルからは逃げられない。


「静かな場所に行きたいですわ」


 絶対に行きたくない。

 でも断ったら不機嫌になるかもしれない。


「……昨日のビーチへ行こうか」

「賛成ですわ」


 ビーチを目指した。

 はい到着。亜音速は伊達じゃない。


「……」


 聖女ノエルは海を見つめている。

 ウチは今日も腕をホールドされている。


「ここは良い場所ですね。波の音が他の全てを掻き消してくれます」


 ウチはそうは思わない。

 恐怖を叫ぶ心臓の方が遥かに騒がしい。


「単刀直入に伝えます。近々、王子がイッくん様に決闘を申し込むと思われます」


 なんで知ってるの?

 ……お前か? お前が元凶なのか?


「イッくん様!」


 聖女ノエルは急にウチの両手を握り締めた。

 それから身体を寄せ、至近距離でウチの目を見て言う。


「どうか、決闘を受けてください!」


 嫌ですぅ!


「王子を、公衆の面前で打ち負かして頂きたいのです!」


 無理ですぅ!


「イッくん様……どうか……どうか……!」


 目をうるうるさせても無理ですぅ!

 絶対に嫌だ。でも変な断り方をしたら彼女が敵になるかもしれない。


「……少し、待ってくれ」


 この国では強い者が正義。

 それは王族にも適用される。


 王族が弱ければ即下剋上。

 仮にウチが決闘を受けて勝利した場合、ウチと王子の立場が逆転する。


 すると、どうなる?

 ウチは王家に招待され、下剋上に怯え続ける日々を強制されることだろう。


 仮にウチが決闘に負けたらどうなる?

 やだ無理ダメ怖過ぎる。こんなに野蛮な国で敗北者がどうなるかなんて考えたくない!


 勝ってもダメ。負けてもダメ。

 決闘を受けた瞬間、ウチの破滅が確定する。


「……どうして」


 どうして、こんなことに。

 その強い思いが呟き声となった。


「長い話になります」


 そして、聖女ノエルは語り始めた。



 *  ノエル  *



 ノエルは親の顔を知らない。

 一番古い記憶は、崩れた建造物と、降り注ぐ灰の雨だった。


 何も分からない。

 その瞬間に至る以前の記憶が無い。


 やがて馬車が現れた。

 ノエルは、とある貴族の養子になった。


 ムッチッチ王国では強い者が正しい。

 強大な魔力を有した子供は重宝され、治安の悪い地域では日常的に誘拐が起きる。


 簡単に言えば、奴隷売買みたいなものだ。


 幼いノエルは何も知らなかった。

 ただ、自分が愛されていないことだけは理解していた。


 馬車で移動する途中。

 貴族の家で商品のように紹介される途中。


 ノエルは「愛」を目にした。

 その度に憧れの感情を募らせていた。


「いっくん、すき」

「ありがと。ウチもノエル好きだよ」


 だからそれは、ノエルの幼少期において唯一の綺麗な思い出だった。


 バーグ家を出た後、ノエルは上機嫌だった。

 しかし、その幸せは空の明かりと共に消え去った。


 彼女を乗せた馬車が襲われた。

 生き残ったのは、銀髪の少女だけだった。


 白の魔力が覚醒した。

 髪は銀に染まり、瞳は白くなった。


 ノエルは放心していた。

 

「……いっくん」


 最初に思い浮かんだのは、初めて「好き」だと言ってくれた人。ノエルは彼に会うため歩き始め、やがて空腹で力尽きた。


 次に気が付いた時、見知らぬ天井があった。

 彼女は偶然通りがかった平民に拾われ、保護されたのだ。


 白の魔力には病気や傷を治す力が有る。

 ノエルは恩を返す為に働き、人々は彼女を丁重に扱った。


 小さな村に聖女が現れた。

 その噂は徐々に広がり、少しずつ村に訪れる人の数が増えた。


 ノエルが十歳の時、王家の使者が現れた。

 彼女は馬車に乗り、村人達に惜しまれながら王都へ向かった。


「白の魔力を持つ者には、使命がある」


 ノエルに対する教育が始まった。

 王家は白の魔力に関する文献を多く持っており、彼女は加速度的に成長した。


 彼女に関わる人々は親切だった。

 だけど、何かが違う。幼き日に出会った少年と見比べた時、決して拭えない違和感がある。


 ノエルは何度も質問した。

 白の魔力を持つ者の使命とは何か。


 ノエルは答えを得られなかった。

 誰もが「その時が来たら」と口を揃えた。


 ノエルの中に芽生えた違和感は、時間と共に大きくなる一方だった。


 そして、ある日のこと。

 マタシターガ・ムッチッチ王子が神妙な面持ちで言った。


「君を襲った賊の正体が分かった」


 彼が語った犯人の名は、バーグ。

 ノエルに人生で最良の時間をくれた少年の家名だった。


(……絶対にありえない)


 どれだけ時を経ても色褪せない。

 幸せな記憶の中で彼は「信じて」と言った。


(……まさか!?)


 彼は、この事態を想定していた?

 だから「信じて」という言葉を伝えた?


(……確かめないと)


 違和感が不信感に変化する。

 ノエルは夜な夜な書庫に忍び込み、文献を漁るようになった。


 そして、この世界の真実を知った。

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