第18話

 時任家江戸中屋敷ときとうけえどなかやしき轟音ごうおんが響き渡った。それは屋敷の者を全員起こすのに十分な音だった。

ここ中屋敷なかやしきには現在、次期当主・時任兼盛ときとうかねもりが滞在してる。

 上屋敷かみやしきには現当主・時任兼房ときとうかねふさがいる。

 兼房かねふさは今年、五十を越えていた。

乱世を生きた者としてそろそろ身体を休めたいと常日頃から思っていた。ちょうど五十の節目ということで、当主の座を嫡子ちゃくしである兼盛かねもりに譲ることにした。

 兼盛かねもりは今年二十になる。

もう一人姉がいたが十五のときに行方不明となっている。幕府には病死と届けられていたが、実際には放逐ほうちくされていた。

兼盛かねもりは身体があまり強くはなく、年に一・二度は寝込むという事を毎年繰り返していた。そのため、親である兼房かねふさ家督かとくを譲れないでいた。

 本来なら側室そくしつをとり、跡継ぎを増やすのが筋であるが、正室であるおとよ方以外娶めとるつもりはないということで、現在は兼盛かねもり一人が跡継ぎとなっていた。

その兼盛かねもりが妻を娶り、男児の子を成したことで、家督相続となった。

 今回は国主交代の挨拶のために将軍家光に謁見のため江戸に訪れていた。

江戸に着いた翌日のことだった。

 轟音で目を覚ました真之介は寝巻のまますぐに、次期当主兼盛かねもりの元へ走る。真之介しんのすけが警護を交代し、眠りについたすぐのことであった。

屋敷の中はかなり混乱していた。

外から争うような音が聞こえてくる。


(盗賊?)


 とにかく真之介しんのすけは走った。刀を打ち合う音がちらほらと聞こえてくる。声もほとんど上がっていない。

真之介しんのすけは状況を把握するのに戸惑っていた。

屋敷の奥まったところに兼盛かねもりの寝室がある。寝室の外には警護の者の姿はなく、ふすまは開け放たれていた。


(遅かったか?!)


 部屋の中を見たとき、そこには床の間を背にする兼盛かねもりと、長刀なぎなたを構えた女中二人が立っていた。

他の護衛はすべて討たれている。相対する者は確認しただけで七人。真之介しんのすけ躊躇ちゅうちょせずに部屋へ飛び込んだ。

そのまま一番近くにいるぞくを問答無用で斬り倒す。


「何奴! 時任家ときとうけの屋敷と知っての狼藉ろうぜきか!」


 威嚇いかくするように大声を張り上げる。

一瞬の出来事にぞくは動きを止めた。

 しかし、次の瞬間、ぞくは二手に分かれた。三人が真之介しんのすけの方へ向かい、残りの三人が兼盛かねもりの方へ疾る。一人の女中が前に出て、もう一人が下がる。

前の者が盾となり後ろの者が切り伏せる。訓練通りの動きだ。

 真之介しんのすけ兼盛かねもりの方を確認していると賊が間近に迫っていた。賊の数が二人に減っていた。一人は鎌を持ち、極端に姿勢を低くして走り込んでくる。もう一人は三尺程の短槍たんそうを持っている。

両方とも刃に何かが塗られていた。


(毒か!)


 真之介しんのすけは十名の護衛がほぼ全滅していることに納得がいった。即効性の毒を喰らったのだろう。

 最初の轟音で混乱させ、冷静な判断を狂わせる。ただの盗賊ではない。色々と可能性を考えていたが、とりあえず目先の二人を始末することにした。

 鎌を持った曲者が直線で間合いを詰めてくる。真之介しんのすけはすぐに真後ろへ後退した。そこには先程斬り倒した死体がある。姿勢を低くしたぞくは走り込む軌道を変えるしかなくなった。

短槍たんそうぞくは連携が乱れたため、一度立ち止まった。無造作に下段に構えた刀を天井へ向かって斬り上げる。そのまま、鎌を持った曲者を無視し短槍たんそうの曲者の方へ飛んだ。

 真之介しんのすけがいた場所に半身を切り裂かれた曲者が落ちてきた。いつの間にか天井付近まで昇り、上から仕掛けてきていた。真之介しんのすけは直感で刀を振り、片方の足から腰までを一気に切断していた。

大きな音を立てて曲者の一人が落ちる音。

 その音を聞き流し、短槍たんそうの曲者との距離を詰めた。足を狙い払ってくる短槍たんそうを飛び越え、胸に足をつけると、そのまま体重を掛けながら曲者くせものの口の中に刀を押し込んだ。刀はそのまま後頭部まで突き抜ける。短槍たんそう曲者くせものを畳に縫い付け、そのまま前に全速力で走り出した。目の前では二人の女中が三人の攻撃を旨くあしらっている。

どちらも膠着状態のようだ。

 真之介しんのすけは三人の曲者に体当たりをかまし、一人の腕をへし折った。曲者は一人が吹き飛ばされ、陣形が乱れたものの特にひるんだ様子もない。腕をへし折った曲者の刀を奪い、兼盛かねもりと女中の前に立ちはだかる。

四人と四人になった。

 凄まじい音と共に女中の一人が突然吹き飛んだ。顔半分が無くなっている。眼球が飛び出し、脳漿のうしょうをまき散らしながら畳の上に転がった。じゃらりという音が、真之介しんのすけが入ってきた方向から聞こえる。どうやら分銅ふんどう付きの鎖鎌のようだ。真之介はもう一人の女中に声を掛けた。


亜紀あき殿、若殿の側に。残りは引き受けます。

分銅ふんどうに注意を!」


 そう言うと鎖鎌くさりがま曲者くせものには見向きもせず、一歩前へ進んだ。亜紀あきと呼ばれた女中は黙って頷くと、兼盛かねもりを床の間に押しつけるように後退し、鎖鎌くさりがまの方へ身体を向けた。長刀なぎなたを正眼に構える。

攻撃には転じず、守りのみに重点を置くつもりらしい。


 真之介しんのすけは眼前の相手を観察した。吹き飛ばした者はすでに元の位置に戻っている。腕をへし折った者も特に気にした様子もなく刀を構えていた。




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