第十五話『チルドでお届け予定です』

 冒険者ギルドのお姉さん、スイさんのお陰で、路銀入手の可能性は出てきた。

 私は急いでギィくんとカサギさんの所へ戻って、状況を説明する。


 私達の悪名はとりあえず指名手配として冒険者ギルドには登録されていない事。

 私が何故か『ツボツボ』という偽名で上手い事身分を隠して冒険者ギルドに登録出来た事。

「クク、ツボツボって……」

 ギィくんはそれを聞いて大笑いしていたが、最後の一つを聞いた途端、ピタと言葉が止まった。

「火吹きオオトカゲの掃討が、今回のお仕事だそうです」

 その言葉にギィくんは大きく、カサギさんは小さく溜息を吐いた。

「主、こういう所がこういう事を招くのですぞ。話ならいくらでも出来たでしょうに」

「し、仕方ねぇだろうよ」

 この流れは、そうだ。間違いないやつだと思って、少しげんなりした。

「ギィくんって、爬虫類が苦……」

「苦手じゃねえよ、ぶっ飛ばしたらぁ! 行くぞ!」

 カサギさんがこちらに目配せしてきたあたり、強がりなのだろう。

 苦手な物はいくらでもある、私だって……あまり思いつかない。

 大体の気色が悪い物は錬金の材料になっていたりするので、虫も平気だし、爬虫類なども平気だ、強いて言えば行為としての殺生は好まないくらいだろうか。だからこそ今から行う殺生は相手が魔物だとしてもそこまで気乗りはしなかった。

「でも、放ってはおけないしね」

「カネ! カネ!」

「ケミィは現実家だねぇ……怖い物とかあるのかなぁ」

 地図を手にしながら、ズンズンと先に進むギィくんに無理に歩幅を合わせていると、カサギさんが申し訳無さそうにこちらに話しかけてくる。

「すみませんトリス嬢。主なりの、矜持なのですよ」

「あはは、カサギさんも野暮ですってば、分かってますよ。苦手なものなんていくらでもある、でもそれに無理して向かってくのがかっこいいんじゃないですか」

「確かに、主は良い伴侶を得ました……」

 まるで老人か、家族かのように言うカサギさんに、私は思わず照れる。伴侶という言葉が尚更その照れを加速させる。

「ん、んんん! それで、ギィくんは爬虫類が苦手、私は……殺生があまり好きじゃない。ツボちゃんは分からないにして、カサギさんって苦手な物あるんですか?」

「火ですね、だからこそ今回の依頼。実は相性最悪なんです」


――とんだ貧乏くじを引いてきている!

 最初は凄く上手くいっていると思っていたのに、そういえばカサギさんが鳥だという事を失念していた。ギィくんの魔法で吹き飛ばせるとばかり考えていたけれど、それもどうなるのか危うい。

 次に戦力的に頼れるのはカサギさんだけれど、確かにその綺麗な羽根に火が着く所なんて見たくない。

「うあぁ……やっちゃった感じですか?」

「いえ、火吹きオオトカゲは群れてやっと中等級とされる魔物ですので、戦力としては申し分無いはずです。トリス嬢でも余程の軍勢相手で無いならば容易に倒せる相手でしょう」

 だけれど、群生地と言っていた。それに倒せば倒す程とも言っていたのだ。

「でも、多いって……」

「そこは、主の判断次第ですな……」

 木々をかき分け歩いていると、向こう側に沼と、小さく動く物体達が見えてきた。

「うわぁ……」

 量が多いのが遠目でも分かる上に、もう既にだいぶ暑い。

「ギィくん! どうする?」

「上から全部重力魔法で圧をかける。火なんて吹かせねえ、全力で〆る」

「でも、尻尾持ってきたら報酬弾んでくれるって……」

 そこで、ギィくんは立ち止まり、少し考える。

「あの量の息の根を止めた上で、尻尾を一本ずつ切っていく、なぁ……」

 悩んでいる。流石に量が多すぎる、息の根を止めたとしても私一人で斬っていくのはかなりの手間だろう。

「……分かった。面倒だが雨を降らすぞ。カサギ、飛んで全体に水を行き渡せろ。トリスは迎撃準備、身を守ってろ。お前の役目はその後だからな」

「ん、見てるからね、ギィくん」

「あぁ……見てろ、よ!」

 沼が一望出来る丘の上に立つ彼の周りに、青色の魔法陣が展開される。

「見上げる青は滴り、覆い隠す白を奪う。降り注ぐは空の慟哭、地を溢れんばかりの涙を降らせ!」

 彼の詠唱が、静かに響く。丘の上から空を見上げると、そこには大きな水の球体があった。だけれど、沼よりかは少し小さい。

「落ちろ! レインズ・ショー!」

 地面に落下し始めた大きな水球を、カサギさんがその羽根の風圧で円盤状に広げていく。

「よし、第一段階!」

 大雨が沼へと降り注ぎ、蒸気が立ち上る。

 察しのいい個体はおそらくもう既に私達の存在に感づいたのだろう。こちらに向かってくるのが見えた。

 ギィくんの頬から、汗がたらりと落ちるのが見えた。

 その汗を追うようにして、彼はその手を地面につける。

「尻尾を貰うんだもんな」

「……うん!」

 さっきよりも白が混じった、それでも青系統の魔法陣が地面につけた手から大きく広がっていく。さっきの魔法を使った時の魔法陣よりも、1,5倍程大きい。

「涙を拭うこの手は冷たく、根源すらも断絶する。滴る涙、添えるは冷気。共に動けぬ刻を待て」

 バチ、バチ、バキリ、と彼の手の先に霜が溢れる。そうして次の瞬間、沼全体の、床を冷気が駆け巡った。

「連携魔法、アイス・トリック。少なくとも大体の奴の動きは封じた。溶かされる前に尻尾だけ頂いていくぞ。その後、全部凍らせる」

「分かった! 急ご!」

 私達は走って半身が凍っている火吹きオオトカゲの群れへと突っ込んで、ひたすら尻尾を落としていく。時折口を開けて火を吹く個体は、ケミィが監視しながら受け止めてくれていた。

「やるね!」

「ヌルイゼ!」

 カサギさんもその羽撃で器用に尻尾を切り落とし、ギィくんも嫌そうな顔をしながらも短刀で力強く尻尾を切り落としていた。

「おら! 畜生! ああもう!」という声が少々情けなかったけれど、頑張っているなぁと思いながら私は剣でサクサクと尻尾を処理していく。

 合計百体はいただろうか、これは流石に群生と呼ばれてもいいだろう。

「大体処理したよ!」

「こっちもだ! 丘の上に戻るぞ! 動ける個体も出てきてる!」

 確かに百体は骨が折れる、元々この沼が熱を持っていたのもあってか、想像以上に拘束時間が短かったのだろう。丘まで戻るにももう既に動けている個体が見える。ギィくんは私よりもずっと後ろにいる。丘に戻るかギィくんの道を切り開くべきか迷っていると、焦ったようにギィくんは空へと避難していたカサギさんに叫ぶ。

「カサギ! トリスを丘まで運べ!」

 その声にカサギさんは反応し、一目散に私の事を羽根で包んで、跳躍した。

 飛ばずとも、そのくらいの事はやってのけるあたり、やはりカサギさんは有能だ。おそらくは爪で掴めば私の服が傷つく事を配慮するくらいの余裕があるのだろう。


 丘に行くまでに私を見ていたオオトカゲは、ノロノロと、それでも確実にギィくんの方へとにじり寄っていた。

 彼は目を瞑って、真っ青な魔法陣を展開しながら何かを呟いているのが見える。

「かっこつけたがりは、変わりませんね」

「実際に、かっこいいですよ。っていうかケミィは?!」

 何故かケミィが一緒にいない。あの子も空を飛べるはずだから脱出は容易なはずだけれど、あの子は何故かギィくんの側にいた。

 そうして、ギィくんに近づいてきていたオオトカゲの炎を受け止めている。

「あの子もかっこいいね」

「主に似る物です、トリス嬢だって、同じ事をしようとしたでしょう」

 言われてみればそうだ。ギィくんの呼びかけが早かっただけ、私は丘に戻るべきかギィくんに加勢するべきか迷っていた。だけれど、どちらが正解だったかは分からない。それを決めたのはギィくんだったから。だけれどケミィが、私の代わりにちゃんと正解を選んだくれたようだ。

「ったばれ! 凍れッッ!!」

 その怒号と共に、ギィくんが一瞬視界から消える。それと同時に白い冷気の霧が沼全体を包んだ。

 その霧が晴れた時には、もう既に沼は氷漬けの雪景色のようになってきた。

「カサギー! 尻尾取って帰んぞ! トリスも手伝えー!」

 安全だと判断したのか、ギィくんは私を近くに呼び寄せる。

「ケミィはトカゲ共の本体を叩き割ってくれ、粉々になるはず。尻尾はそのまま氷漬けで周りを切り取れ、こっからは時間勝負だ。ダルいぞ」

「尻尾まで凍らせる必要は無かったんじゃ……」

 私が恐る恐るそういうと、ギィくんは勝ち誇ったように笑う。

「新鮮な方がいいだろうよ!」

 それもその通り。

 結局私達は、火吹きオオトカゲを倒すより時間をかけて尻尾を採集し、ケミィの中に詰め込んでいった。合計104体。そのうちに氷は溶け、強い冷気によって固まって、砕かれたオオトカゲ達はもう悪さをすることは無いだろう。沼はオオトカゲ味のスープになる。飲みたいとは思わないけれど。

「かっこよかったですね」

「そりゃあこれだけ倒しゃ格付けが出来る。それに伊達に大魔法使うわっっと……」

 カサギさんがそこらへんにいた小さな普通のトカゲさんをギィくんに投げる。

「おや、本当に克服成されるとは……これもなんとやらの力ですか……」

「アイダゼ……」

 私はケミィを軽く殴り、ギィくんは急に渡されて驚いて声を出しただけで、グローブの上を這うトカゲを、そっと地面へと戻してあげていた。

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