第十四話『大丈夫よ、私はツボツボ』

冒険者ギルドと言っても、沢山の人がいる。勿論職業によって姿は違うし、装備だって各々の好みがある。物珍しさは確かにあったけれど、それ以上に物珍しさという点では、私が一番勝ってしまっているみたいだった。

「そりゃ……分かってたけどね……」

「メダツゼ」

 冒険者ギルド兼酒場なのだろうか。格式張った場所というよりかは、フランクで随分と広く、明るい空間だった。どちらかというと灰色の硬い壁で囲われた無骨なイメージだったのだけれど随分と裏切られた。

お酒を飲むスペースと、おそらく仕事を受注する場所はハッキリと分かれていて、私は仕事の受付カウンターのお姉さんの前でなるべく温和な雰囲気で仕事を斡旋して欲しい事を頼んだ。

 お姉さんは珍しい白髪の先に薄い緑のグラデーションが混じった綺麗な髪をポニーテールにしていて、私よりも幾らか年上の明るそうな人だった。年上のお姉さんには少しだけ抵抗がある。『元職場』のちょっとしたトラウマというやつだ。

「えっと……お嬢さんさんの職業はー……っと」

「錬金術剣士……? ですかね? 田舎から出てきたもので、そういうのがあるのかは分からないんですけど……」

 私は隣でフワフワ浮いていて、さっきから受付のお姉さんにチラチラ見られているケミィことツボちゃんから鞘に入った剣を取り出した。

「あ、あぁー……! でも、んんん。これは魔法剣士の分類でいいのかな……職業としては、いいのか……いいのか? でも一応戦える武装はあるし、魔法生物もいるし、いっか!」

 お姉さんはなんとも難しい顔でブツブツ呟いた後、なんとでもなれの顔でこちらを見た。

 話している感じ、嫌悪感が無くてまずはホッとする。こういうタイプの人はあまり周りにはいなかったからこそ、そのなんとなれの顔というか、あっけらかんとした笑顔が私のような女性から見ても可愛らしいなぁと思う、年上だろうに。

 

 さてはこの冒険者ギルド兼酒場の看板娘さんなのだろうなぁなんて思っていたら、ちょっと真面目な雰囲気で説明を始めてくれた。

「とりあえず冒険者ギルド公認で、何処でもお仕事出来ますよーっていう、衣服につける為の印章を作る手続きからですねー、要は書類作成からなんだけれどもー……」

「なるほど……えぇっと……それって公式な書類になります? わ、わたし住所不定で通り名で活動しているんですけど……」

 これはあらかじめギィくんに言われていた事だった。ご丁寧にトリスなんて書いちゃえばすぐに足が付いて逃げるどころの騒ぎでは無い。話も拗れてしまう仕方がない、しかも隣でフワフワと浮くツボなんて同伴だと尚更怪しい。

 私達が脱出したあの忌まわしき病院から逃げてから数日、時折ギィくんの魔法で姿隠しを使いつつ、どうしても外に出なきゃいけない時はローブを身に纏い、深くフードをかぶっていた。

 ケミィ――あの時の私のツボが使い魔として浮かんでいるのはあの状況下で知っている人はいないはずなので、とりあえずそのままにしている。情報としても私よりもギィくんにフォーカスがあてられていて、私は単なる魔法医としか紹介されていないようだった。流石にこんな素っ頓狂な状態になっているとは思わないだろう。

 それに、此処が酒場を兼ねているというのもラッキーだった。私がヘマをしなければ情報の通りは早いはず、なるべくこの街で路銀は稼いでおきたい。

「と、通り名ですか……」

 だけれども、私の風貌も相まって、お姉さんが困惑しているのが伝わる。


――そりゃ怪しいよねぇ……。

 浮いてるツボから剣を取り出す冒険者。そんなの訳の分からない構図、私だって多分同じ立場なら驚く。 


「えと! これは、れ、歴代の技法で……事情が……ありまして……」

 意味の分からなさを塗り重ねていくのと嘘を吐く罪悪感でだんだんと小さくなってしまう声は私の耳からも遠くなっていく気がした。私自身、なんと苦しい言い訳だと思いながらも、この恥ずかしさがどうやら上手く懇願のように聞こえたのだろう。

「あぁ……大変ですね……ご修行の旅、みたいな感じですか?」

「えぇ……まぁそんなところです……。路銀も自分でという事になりまして……」

 お姉さんから見れば、私はまだひよっこくらいの歳だろう。と言ってもいっても五歳くらいしか離れていないだろうけれど、それでもこの時期の五歳は結構な差が生まれると自覚していた。元職場でも、なんと無しにでも。

 だけれどお姉さんは、そんなひよっこの私に向けて微笑んで「よーし、じゃあ頑張れ!」と言って書類を私に渡さず、その場で書き始めてくれた。

「私頑張ってる子好きなんだ! しかもこんな荒くれ馬鹿達のとこに一人……? でくる胆力が気に入った!」

 笑顔は素敵だけれど、思った以上にホットなハートの持ち主だったようで、なんだかわからないうちに私は彼女の心に火をつけてしまったようだ。訳わからなさが混戦しているから、お互いにテンションがおかしくなっているのかもしれない。

「よっし! じゃあ、職分は剣士って書いちゃおう! 生活状況は旅、と。それでえっと? ……通り名は?」

 そう言われて、私は少し身体を硬くする。


――考えてなかった!!

 嘘は吐き慣れていないとこうなるから良くない。


「あーっと、えーっと、通り名はですね……」

 お姉さんがニコニコしながらこちらを見ている、少し頷いてすらいる。

 これはきっと『分かる分かる、こういうのってちょっと照れちゃうよね』の微笑みだ、正直ちょっとその笑顔が恥ずかしく辛い。私は思わずその微笑みから目を逸らして、ツボちゃんの名前こと『ケミィ』にちなんだ言葉を呟いた。

「アル……アルで登録お願いします」

「……イケテルゼ!」

 そのタイミングでどうしてケミィは話し始めちゃうのだろうか。

 そんな事を思いながらお姉さんを見ると、目を丸くしてケミィを見ていた。

「……んん?! 喋るの?!」

「はいぃ……喋るんです」

「ヨロシクナ!」

 お姉さんはそれを聞いてひとしきり笑ってから、私とケミィを交互に見て、頷いた。

「君ら面白! じゃあ名前はまとめてツボツボちゃんね」

「えぇ……?」

「だって通り名って、嘘でしょ?」

 一瞬お姉さんの目がキラりと光る。ドキリとしたが、否定も肯定もせず、何とも言えない空気が一瞬漂った。ただのフランクな人かと思えば、流石冒険者ギルドの受付、人を見る目が凄い。

「ん、まぁいーの! こんなとこにローブ引っ掛けてツボ浮かして来る子なんて『私に触れないで! 詮索されたくない!』って言ってるようなもんだよ! でもそれでも来た勇気に免じてお姉さんは便宜をはかってあげよう、その代わり頑張ってね! 死ぬなよ冒険者!」


 そんなこんなで、冒険者ギルドは私こと『ツボツボ』は、ギルド所属の魔法剣士となった。ギルドに登録した私は、ギルド認定証を貰い、なくさないでくださいねと言われて、コハクの中にしまい込んだ。

 若干訝しげな目で見られたが、「これが一番失くさないので……」と言うと不思議そうな顔で納得していた。衣服につける用の登録証はローブにしっかりと固定させて置いたので、これで一目でギルド関係者だという事は分かるようになった。要は認定証はこういったものが紛失した時の為の物のようだ。

「じゃあ次は……とりあえずお二人……? に何が出来るかって話だねー。基本的な薬草採集から、猫探しうやら、魔物討伐やら、色々ありますけれど、だいたいは皆さん危険のないものから……」

「魔物討伐で……なるべく路銀を稼げるくらいの物があれば……」

 これもギィくんに頼まれた事だ。でも実際草むしりをしている暇も無いし、大きなモンスターをギィくんにふっとばしてもらうのが一番良い。

 最初は心配そうな目で見ていたお姉さんではあったけれど、私の声のトーンの沈み方を真剣さと勘違いしてくれたようで、というか随分と私に都合よく解釈してくれるタイプの人のようで、納得してモンスターリストを出して貰った。


 ズラーっと並ぶモンスターのリスト、素材取りから、ダンジョン内部の危険生物まで沢山並んでいるようだけれど、実際何が何やら分からない。

「ええっと、魔法がよく通って、目立ちすぎないけれどそこそこお金になるヤツって……」

「注文多いねツボツボちゃん!」

 さっき私が勇気を振り絞った名前のくだりは何だったんだろうというくらいラフに、お姉さんは勢いで登録した私の名前を言って吹き出す。


「ごめんね、思わず笑っちゃった。だってツボまで喋るんだもん。お姉さんこのお仕事まぁまぁ長いけどこんなお客さん始めてだよー。じゃ、改めてご贔屓にね、ツボツボちゃん!」

「えぇあぁぁ……はい、どうぞよろしくです。えっと……」

「スイ! 私はスイおねーさんだよ。ほんとーは異国の字が一文字であてられてるんだけれど、皆はスイって呼んでるよ、ツボツボちゃん!」

 距離の詰め方が結構激しい。スイお姉さんは朗らかに笑ってから、カウンターのモンスター関連の資料に指をトンと置いた。綺麗な指をしている、綺麗に手入れされているピカピカの爪が少し羨ましかった。

「よく魔法が通るって言ってもツボツボちゃん剣士だよね? この付近の沼で火吹きオオトカゲが群生しちゃって、沼ぁ煮立っちゃって困ってるんだけど、そういうのが丁度いいかな? 倒した後に尻尾を切り落としてくれたら、どういう状態でも受け取るよ。ちなみに焼いてたら尚良し、そのままお客さんに出しちゃうから別料金出しちゃう!」

 果たしてそれは美味しいものなのだろうかと思いつつも、その火吹きオオトカゲとやらの群生地である沼への簡易地図を貰って「気をつけてねー」という声を後に冒険者ギルド兼酒場を後にした。


 スイお姉さんは不思議な人だった。ああいう自由な感じの人は結構憧れる。

 お仕事をしている感じも、真面目な内容は頭に入っていつつフランクで感じが良かった。

「私もあんな感じにお仕事出来ていたらなぁ……」

 とはいえ職種が違うからあんな態度だと一発で医院長室行きなのだけれど、あの人はそこらへん大丈夫なのだろうか。

「イロイロ、セチガライゼ」

「ねー」

 ケミィとなんとなしの意思疎通を取れるのが、相変わらず嬉しい。ちゃんと意味を理解してくれているのかは分からないが、応答は何となく合っている気がする。もし今まで私がツボ達に話していた事をこの子が聞いていたというならば、私の事は大体知っているという事になる。ギィくんが知っているどころの騒ぎでは無い。何年レベルの付き合いになってしまう。言わば親友というような、それはそれで少し寂しいけれど、それでも意思を持って言葉を話してくれるならそれ以上に嬉しい事は無い。

「もっと言葉うまくなってよねぇケミィー」

「ガンバルゼ……」

「まぁでも、カサギさんとは違う方向で育って欲しくはあるけどっ!」

「ドッチダゼ……」

 ちょっとだけ言葉にバリエーションが増えたケミィをポポンと叩いて私は少し笑う。

 フードはかぶったまま、少し下手くそなスキップ混じりの駆け足でギィくんとの待ち合わせ場所へと向かった。

 

 とりあえずミッションは成功だ。

 火吹きオオトカゲの群生地、生命を救う側が奪う側になるのは何とも言えない気持ちではあったけれど、人を害すならば仕方無いと割り切るくらいのことは出来ている。

 それに、人を害すという意味では現在進行中で、私達が傷こそつけていなくても人の気持ちや情報を害し続けているから、申し訳ないけれど何も言えないのが本音だったりする。

 

 ともかく、私はスイお姉さんのところに指名手配のような依頼はなさそうだったし、ギルド絡みにまでお触れが出ているわけではないことも確認しておいた。

 後はうまーく火吹きオオトカゲを焼いて切ってするだけなのだけれど、そこが少し心配だ。

 というか火を吹くのに焼かれるって、ちょっとかわいそうな気もする。でも沼を煮立たせていたら仕方も無い。


 これから始めるのは、彼との真っ当な始めての共同作業と言えば共同作業、あの脱出はなんというか。イレギュラーでしかなかった。ギィくんがオオトカゲの黒焼きを量産し続けて渡す尻尾が無くなる事だけが、少しだけ不安だった。 

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