子供達と神々の神楽 ～序の章～

子供達の日常

　此（こ）処（こ）は境（きょう）群（ぐん）市（し）の北（きた）に在（あ）る小（ちい）さな山（やま）、玄（しず）見（み）山（やま）の中（ちゅう）腹（ふく）の平（へい）地（ち）に在（あ）る小（しょう）学（がっ）校（こう）、玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）。

　その小（しょう）学（がっ）校（こう）の玄（げん）関（かん）前（まえ）広（ひろ）場（ば）。

　校（こう）内（ない）に植（う）えられた桜（サクラ）の木（き）から花（はな）弁（びら）が散（ち）り、その花（はな）弁（びら）の中（なか）を友（とも）達（だち）と駆（か）け回（まわ）ったり、春（はる）休（やす）みでの出（で）来（き）事（ごと）を話（はな）し合（あ）っている子（こ）供（ども）達（たち）でざわめいている。

　少（しょう）年（ねん）――北（ほく）斗（と）は、少（すこ）し離（はな）れた目（め）の前（まえ）に在（あ）る、上（うえ）の方（ほう）に大（おお）きなアナログ時（ど）計（けい）が備（そな）え付（つ）けられた、コンクリートの大（おお）きな柱（はしら）の下（した）の方（ほう）、だいたい地（じ）面（めん）から160センチぐらいの所（ところ）に貼（は）り付（つ）けられた、二（に）年（ねん）に一（いち）度（ど）行（おこな）われる組（クラス）替（が）えのプリント表（ひょう）を眺（なが）めていた。

「やった！」

　北（ほく）斗（と）は組（クラス）替（が）えの表（ひょう）で、同（おな）じ組（クラス）に好（こう）意（い）を寄（よ）せる幼（おさな）馴（な）染（じ）みの恵（え）理（り）花（か）の名（な）前（まえ）を見（み）つけ、そう言（こと）葉（ば）を漏（も）らし心（こころ）の中（なか）で喜（よろこ）ぶ。

（恵（え）理（り）花（か）ちゃんと組（クラス）一（いっ）緒（しょ）だ！）

　その直（ちょく）後（ご）、自（じ）分（ぶん）が嬉（うれ）しさの余（あま）り言（こと）葉（ば）を漏（も）らしてしまった事（こと）に気（き）がついた北（ほく）斗（と）は、慌（あわ）てて辺（あた）りを見（み）回（まわ）すが、自（じ）分（ぶん）を見（み）ている子（こ）供（ども）がい無（な）い事（こと）を確（かく）認（にん）すると、今（こん）度（ど）は仲（なか）の良（よ）い幼（おさな）馴（な）染（じ）み二（ふた）人（り）の名（な）前（まえ）を探（さが）し始（はじ）める。

　暫（しばら）くして……

「だぁ～れだ？」

　北（ほく）斗（と）は何（なに）者（もの）かに後（うし）ろから両（りょう）手（て）で目（め）隠（かく）しをされ、左（ひだり）側（がわ）から少（しょう）女（じょ）の声（こえ）でそう呼（よ）びかけられた。

　北（ほく）斗（と）は自（じ）信（しん）満（まん）々（まん）に答（こた）える。

「太（たい）耀（よう）君（くん）だよね？」

　すると目（め）隠（かく）しは外（はず）され、それと同（どう）時（じ）に目（め）隠（かく）しをしていた子（こ）供（ども）は、北（ほく）斗（と）から一（いっ）歩（ぽ）離（はな）れ北（ほく）斗（と）に向（む）かって言（い）う。

「残（ざん）念（ねん）、ハズレだ北（ほく）斗（と）」

　その言（こと）葉（ば）を聞（き）いて北（ほく）斗（と）が振（ふ）り返（かえ）ると、そこには幼（おさな）馴（な）染（じ）みの少（しょう）年（ねん）――太（たい）耀（よう）の姿（すがた）が有（あ）った。

　納（なっ）得（とく）が行（い）かず、北（ほく）斗（と）は太（たい）耀（よう）に聞（き）く。

「何（なん）でさ!?」

　すると北（ほく）斗（と）の右（みぎ）側（がわ）から、その答（こた）えが返（かえ）って来（く）る。

「北（ほく）斗（と）君（くん）、だって『だぁ～れだ？』って言（い）ったのは私（わたし）だもん」

　その声（こえ）の主（あるじ）――恵（え）理（り）花（か）の方（ほう）を向（む）いた北（ほく）斗（と）は、笑（え）顔（がお）の恵（え）理（り）花（か）に向（む）かって納（なっ）得（とく）が行（い）かない顔（かお）で言（い）う。

「それ、ズルくない恵（え）理（り）花（か）ちゃん？」

　そんな北（ほく）斗（と）に、恵（え）理（り）花（か）は笑（え）顔（がお）のまま言（い）い返（かえ）す。

「文（もん）句（く）は私（わたし）に言（い）わないで。やろうって言（い）い出（だ）したのは太（たい）耀（よう）なんだから」

　そう言（い）われ北（ほく）斗（と）が太（たい）耀（よう）に視（し）線（せん）を戻（もど）すと、太（たい）耀（よう）が北（ほく）斗（と）に尋（たず）ねる。

「そうだ北（ほく）斗（と）、組（クラス）分（わ）けどうだった？」

「四（よ）人（にん）一（いっ）緒（しょ）だったよ」

　言（い）った北（ほく）斗（と）の顔（かお）は本（ほん）当（とう）に嬉（うれ）しそうで、その言（こと）葉（ば）を聞（き）いた恵（え）理（り）花（か）の顔（かお）も嬉（うれ）しそう。

　二（ふ）人（たり）のそんな様（よう）子（す）を見（み）て太（たい）耀（よう）が微（ほほ）笑（え）むと、それに気（き）がついた北（ほく）斗（と）が太（たい）耀（よう）に聞（き）く。

「太（たい）耀（よう）君（くん）、嬉（うれ）しそうだね」

　北（ほく）斗（と）の言（こと）葉（ば）で自（じ）分（ぶん）がどんな顔（かお）をしているのか理（り）解（かい）し、恥（は）ずかしくなった太（たい）耀（よう）は顔（かお）を赤（あか）らめ、話（わ）題（だい）を代（か）える。

「……そうだ北（ほく）斗（と）、葉（よう）司（じ）は何処（どこ）だ？」

「ボク、一（いっ）緒（しょ）に来（き）て無（な）いけど？」

　言（い）い返（かえ）した北（ほく）斗（と）の言（こと）葉（ば）に、葉（よう）司（じ）の事（こと）を聞（き）いた太（たい）耀（よう）と、二（ふた）人（り）の会（かい）話（わ）を聞（き）いていた恵（え）理（り）花（か）は、驚（おどろ）きを口（くち）にする。

「「え？」」

「え？」

　二（ふ）人（たり）の言（こと）葉（ば）に北（ほく）斗（と）は不（ふ）思（し）議（ぎ）に思（おも）い、北（ほく）斗（と）は同（おな）じ言（こと）葉（ば）を太（たい）耀（よう）に返（かえ）すと、二（ふた）人（り）の顔（かお）を確（かく）認（にん）。

　そして少（すこ）し考（かんが）えてから、二（ふた）人（り）に尋（たず）ねる。

「もしかして葉（よう）司（じ）君（くん）、家（いえ）に居（い）なかったの？」

　四（よ）人（にん）は幼（おさな）馴（な）染（じ）みで、仲（なか）が良（い）い。

　とは言（い）え生（せい）活（かつ）基（き）盤（ばん）は北（ほく）斗（と）と葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）と恵（え）理（り）花（か）で別（わ）かれており、太（たい）耀（よう）と恵（え）理（り）花（か）は葉（よう）司（じ）が北（ほく）斗（と）と一（いち）番（ばん）仲（なか）が良（い）い事（こと）は知（し）っている為（ため）、学（がっ）校（こう）に来（く）る途（と）中（ちゅう）で北（ほく）斗（と）は先（さき）に学（がっ）校（こう）へ行（い）ったと、北（ほく）斗（と）の家（いえ）で北（ほく）斗（と）の姉（あね）から聞（き）かされた事（こと）や、葉（よう）司（じ）は家（いえ）で呼（よ）んでも返（へん）事（じ）が無（な）かった事（こと）から、太（たい）耀（よう）と恵（え）理（り）花（か）は、二（ふ）人（たり）は一（いっ）緒（しょ）に学（がっ）校（こう）に言（い）ったと思（おも）っていた。

　だが、実（じっ）際（さい）は一（いっ）緒（しょ）ではなかった為（ため）、当（あ）てが外（はず）れた太（たい）耀（よう）と恵（え）理（り）花（か）は驚（おどろ）き、話（はな）しを聞（き）かされた北（ほく）斗（と）も困（こま）ってしまう。

「いや……確（たし）かめて無（な）い。呼（よ）んでも返（へん）事（じ）なかったから、僕（ぼく）等（ら）はお前（まえ）と一（いっ）緒（しょ）だと思（おも）ったんだけど」

　太（たい）耀（よう）の言（こと）葉（ば）で北（ほく）斗（と）は考（かんが）えた。

　もしかしたらと……

　葉（よう）司（じ）に申（もう）し訳（わけ）ないと思（おも）いながら、北（ほく）斗（と）は二（ふ）人（たり）に説（せつ）明（めい）を始（はじ）める。

「……もしかして葉（よう）司（じ）君（くん）、二（に）度（ど）寝（ね）してるかも？」

「はぁ？」

　そう言（こと）葉（ば）を漏（も）らす太（たい）耀（よう）に、北（ほく）斗（と）は葉（よう）司（じ）に申（もう）し訳（わけ）ないと思（おも）いながら言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「実（じつ）は葉（よう）司（じ）君（くん）、たまに寝（ね）坊（ぼう）しててボクが起（お）こしてたんだ。最（さい）近（きん）は無（な）かったんだけど……」

　その言（こと）葉（ば）を聞（き）き、間（ま）を置（お）いて太（たい）耀（よう）は言（い）う。

「そう言（い）う事（こと）か……」

　そして少（すこ）し離（はな）れた目（め）の前（まえ）に在（あ）る、コンクリートの大（おお）きな柱（はしら）の上（うえ）の方（ほう）に備（そな）え付（つ）けられてた、大（おお）きなアナログ時（ど）計（けい）に視（し）線（せん）を移（うつ）し、今（いま）の時（じ）間（かん）を確（かく）認（にん）すると、恵（え）理（り）花（か）と北（ほく）斗（と）に向（む）かって賭（か）けを持（も）ちかける。

「なぁ二（ふた）人（り）共（とも）、僕（ぼく）と賭（か）けをしないか？」

　その顔（かお）は、何（なん）だか楽（たの）しそう。

　★★★

　少（しょう）年（ねん）――五十嵐（いからし） 葉（よう）司（じ）は玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）に向かって、全（ぜん）速（そく）力（りょく）で坂（さか）道（みち）を駆（か）け登（のぼ）っている。

（もう少（すこ）し……）

　葉（よう）司（じ）は学（がっ）校（こう）が見（み）えて来（く）ると、最（さい）後（ご）の力（ちから）を振（ふ）り絞（しぼ）って走（はし）る速（そく）度（ど）を上（あ）げ、小（しょう）学（がっ）校（こう）の道（みち）向（む）かいの信（しん）号（ごう）機（き）に辿（たど）り着（つ）く。

「ぜぇ……ハァ……」

（どうにか……　間（ま）に合（あ）った……）

　信（しん）号（ごう）が赤（あか）いので、そう思（おも）いながら葉（よう）司（じ）が休（きゅう）憩（けい）していると……

「葉（よう）司（じ）君（くん）、遅（ち）刻（こく）だよ！」

　葉（よう）司（じ）を見（み）つけた北（ほく）斗（と）が、道（みち）向（む）こうの小（しょう）学（がっ）校（こう）の玄（げん）関（かん）前（まえ）広（ひろ）場（ば）から手（て）を振（ふ）りながら、葉（よう）司（じ）にそう大（おお）声（ごえ）で呼（よ）び掛（か）けた。

「恥（は）ずかしいから呼（よ）ぶんじゃねぇ！」

　大（おお）声（ごえ）でそう言（い）い返（かえ）した葉（よう）司（じ）は、信（しん）号（ごう）が青（あお）に変（か）わってから道（どう）路（ろ）を渡（わた）り、学（がっ）校（こう）に入（はい）ると、北（ほく）斗（と）達（たち）に合（ごう）流（りゅう）する。

「セーフ……」

　そう言（い）った葉（よう）司（じ）は、体（たい）操（そう）の屈（くっ）伸（しん）の様（よう）な態（たい）勢（せい）を取（と）り……

「ぜぇ……ハァ……」

　とても苦（くる）しそうに呼（こ）吸（きゅう）をしている。

「大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）、葉（よう）司（じ）？」

　恵（え）理（り）花（か）は、そんな葉（よう）司（じ）に心（しん）配（ぱい）そうに尋（たず）ねた。

「何とか……」

　葉（よう）司（じ）は顔（かお）を上（あ）げ、そう返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

　そして恵（え）理（り）花（か）、北（ほく）斗（と）、太（たい）耀（よう）に向（む）かって文（もん）句（く）を言（い）う。

「……皆（みんな）、起（お）こしてくれても良（い）いだろ」

　すると太（たい）耀（よう）が、小（こ）馬（ば）鹿（か）にした様（よう）に言（い）い返（かえ）す。

「僕（ぼく）と恵（え）理（り）花（か）は、家（いえ）の前（まえ）でお前（まえ）を呼（よ）んだぞ。それより葉（よう）司（じ）、お前（まえ）たまに寝（ね）坊（ぼう）して北（ほく）斗（と）に起（お）こして貰（もら）ってたの、僕（ぼく）達（たち）に隠（かく）してたな」

　太（たい）耀（よう）の言（こと）葉（ば）を聞（き）き、葉（よう）司（じ）は北（ほく）斗（と）を睨（にら）んで怒（おこ）る。

「おい北（ほく）斗（と）、何（なん）でバラすんだよ！」

「ゴメン。話（はな）さないと二（ふ）人（たり）が葉（よう）司（じ）君（くん）の事（こと）、心（しん）配（ぱい）しそうだったから」

　手（て）を合（あ）わせ北（ほく）斗（と）がそう謝（あやま）ると、恵（え）理（り）花（か）が言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

　少（すこ）し、怒（おこ）った口（く）調（ちょう）で。

「葉（よう）司（じ）。悪（わる）いのは北（ほく）斗（と）君（くん）じゃなくて、きちんと起（お）きれない貴方（あなた）でしょ！」

　怒（おこ）られた葉（よう）司（じ）は、恥（は）ずかしくなって言（い）い返（かえ）す。

「何（なん）だよ。お前（まえ）には関（かん）係（けい）ないだろ！」

　すると売（う）り言（こと）葉（ば）に買（か）い言（こと）葉（ば）。

　恵（え）理（り）花（か）も更（さら）に、葉（よう）司（じ）に言（い）い返（かえ）してしまう。

「何（なに）よ、だいたい五（ご）年（ねん）生（せい）にも成（な）って…………」

　そして二（ふ）人（たり）の口（くち）ゲンカが始（はじ）まった。

　そんな二（ふ）人（たり）を見（み）ながら、北（ほく）斗（と）は思（おも）う。

　少（すこ）し、羨（うらや）ましく思（おも）いながら。

（どうしよう？　口（くち）ゲンカ始（はじ）まっちゃったけど、止（と）めた方（ほう）が良（い）いかな……）

　すると、北（ほく）斗（と）に太（たい）耀（よう）がこっそり耳（みみ）打（う）ちをする。

「(北（ほく）斗（と）。混（ま）ざりたいなら好（す）きにしろ、僕（ぼく）は教（きょう）室（しつ）に行（い）くぞ)」

　言（い）い終（お）わった太（たい）耀（よう）は、二（に）階（かい）の玄（げん）関（かん）に向（む）かって階（かい）段（だん）を登（のぼ）って行（い）く。

　北（ほく）斗（と）は少（すこ）し悩（なや）んだ後（あと）、太（たい）耀（よう）を追（お）って二（に）階（かい）の玄（げん）関（かん）へと向（む）かった。

　キーン コーン

　　カーン コーン

　チャイムが鳴（な）る。

　しかし葉（よう）司（じ）や恵（え）理（り）花（か）を含（ふく）め、玄（げん）関（かん）前（まえ）広（ひろ）場（ば）に居（い）る子（こ）供（ども）達（たち）が、教（きょう）室（しつ）に向（む）かう様（よう）子（す）は無（な）い。

　わいわい

　　がやがや

　そんな時（とき）……

「君（きみ）達（たち）、教（きょう）室（しつ）に入（はい）りなさい！」

　二（に）階（かい）の玄（げん）関（かん）から一人（ひとり）の先（せん）生（せい）が降（お）りて来（き）て、子（こ）供（ども）達（たち）にそう言（い）った。

　子（こ）供（ども）達（たち）がその先（せん）生（せい）に目（め）を向（む）けると、先（せん）生（せい）は葉（よう）司（じ）と恵（え）理（り）花（か）に向（む）かって言（い）う。

「それと君（きみ）達（たち）は、もう少（すこ）し仲（なか）良（よ）くしなさい」

　すると葉（よう）司（じ）はその先（せん）生（せい）を見（み）た事（こと）が無（な）かった為（ため）、不（ふ）思（し）議（ぎ）に思（おも）って聞（き）き返（かえ）す。

「先（せん）生（せい）誰（だれ）だ。新（あたら）しい先（せん）生（せい）か？」

「あぁ悪（わる）い、自（じ）己（こ）紹（しょう）介（かい）を先（さき）にするべきだったな」

　先（せん）生（せい）はそう言（い）い返（かえ）すと、一（ひと）呼（こ）吸（きゅう）置（お）き、子（こ）供（ども）達（たち）に向（む）かって自（じ）己（こ）紹（しょう）介（かい）を始（はじ）める。

「私（わたし）は新（しん）任（にん）で五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の担（たん）任（にん）、渡（わた）辺（なべ） 頼（より）光（みつ）だ」

「それじゃぁ私（わたし）達（たち）の担（たん）任（にん）なんだ」

　恵（え）理（り）花（か）がそう聞（き）き返（かえ）し、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は恵（え）理（り）花（か）の名（な）札（ふだ）を確（かく）認（にん）した。

（黒（くろ）沢（さわ）……　この子（こ）が黒（くろ）沢（さわ）家（け）の子（こ）か、思（おも）ったより普（ふ）通（つう）の子（こ）だな。コレなら如何（どう）にか…………）

　そんな事（こと）を考（かんが）えてると、葉（よう）司（じ）が嬉（うれ）しそうに軽（かる）くガッツポーズをしたのが目（め）に入（はい）る。

　不（ふ）思（し）議（ぎ）に思（おも）った渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は、葉（よう）司（じ）に如何（どう）したのか尋（たず）ね様（よう）としたが……

（私（わたし）た（・）ち（・）……　あぁ、そう言（い）う事（こと）か）

　渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は、先（せん）輩（ぱい）の田（た）原（はら）先（せん）生（せい）から葉（よう）司（じ）達（たち）四（よ）人（にん）の関（かん）係（けい）を聞（き）いて、それを思（おも）い出（だ）し、葉（よう）司（じ）の名（な）札（ふだ）を確（かく）認（にん）して納（なっ）得（とく）。

　そして話（はな）す対（たい）像（しょう）を葉（よう）司（じ）から、この場（ば）に居（い）る子（こ）供（ども）達（たち）全（ぜん）員（いん）に変（か）え、言（い）う言（こと）葉（ば）も変（か）えてお願（ねが）いする。

「先（せん）生（せい）は先（せん）生（せい）の一（いち）年（ねん）生（せい）なんだ。先（せん）生（せい）を助（たす）けると思（おも）って、皆（みんな）教（きょう）室（しつ）に戻（もど）ってくれないか？」

　すると子（こ）供（ども）達（たち）はお互（たが）いに顔（かお）を見（み）合（あ）わせ、少（すこ）し考（かんが）えてから返（へん）事（じ）を返（かえ）す。

「「は～い！」」

　そして、子（こ）供（ども）達（たち）は各々（おのおの）教（きょう）室（しつ）に向（む）かって行（い）った。

　子（こ）供（ども）達（たち）を見（み）送（おく）りながら、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は思（おも）う。

（良（よ）かった。田（た）原（はら）先（せん）生（せい）に如何（どう）にかする様（よう）言（い）われたが、如何（どう）にか成（な）って……）

「はぁ～」

　渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は、大（おお）きく溜（た）め息（いき）を吐（つ）いた。

　その時（とき）……

「渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）。少（すこ）し宜（よろ）しいですか？」

　一（いっ）階（かい）玄（げん）関（かん）から、養（よう）護（ご）教（きょう）諭（ゆ）(保（ほ）健（けん）室（しつ）の先（せん）生（せい）)の鐘（じょう）治（じ） 玲（あきら）先（せん）生（せい）が現（あら）われ、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）にそう呼（よ）びかけた。

「何（なに）か、御（ご）用（よう）ですか？」

　鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）に気（き）がつき、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）がそう返（へん）事（じ）を返（かえ）すと、鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）は困（こま）った様（よう）子（す）でお願（ねが）いをする。

「すみません。これからパイプ椅子（いす）が来（く）るんですけど、体（たい）育（いく）館（かん）まで一（いっ）緒（しょ）に運（はこ）んで頂（いただ）けません？」

　★★★

　数（すう）分（ふん）後（ご）、　五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の教（きょう）室（しつ）。

　　キーン コーン

　　　カーン コーン

「以（い）外（がい）に早（はや）く撤（てっ）収（しゅう）して来（き）たな」

　北（ほく）斗（と）に了（りょう）承（しょう）を得（え）て北（ほく）斗（と）の机（つくえ）に座（すわ）り、椅子（いす）に座（すわ）っている北（ほく）斗（と）と話（はな）しをしていた太（たい）耀（よう）は、チャイムと共（とも）に教（きょう）室（しつ）にやって来（き）た葉（よう）司（じ）と恵（え）理（り）花（か）にそう言（い）った。

「それがさ。渡（わた）辺（なべ）って新（あたら）しい先（せん）生（せい）に、教（きょう）室（しつ）に戻（もど）れって言（い）われてよ」

　葉（よう）司（じ）は太（たい）耀（よう）にそう言（こと）葉（ば）を返（かえ）し、恵（え）理（り）花（か）は黒（こく）板（ばん）に貼（は）って有（あ）る座（ざ）席（せき）表（ひょう）に目（め）を通（とお）している。

「それより北（ほく）斗（と）、さっきは怒（おこ）って悪（わる）かった。アレはオレが悪（わる）いわ」

　北（ほく）斗（と）に向（む）かって、そう謝（あやま）った葉（よう）司（じ）を確（かく）認（にん）した恵（え）理（り）花（か）は、仲（なか）の良（い）い女（おんな）の子（こ）の元（もと）へ話（はな）しに行（い）き、葉（よう）司（じ）は黒（こく）板（ばん）に貼（は）られた座（ざ）席（せき）表（ひょう）を眺（なが）め始（はじ）めた。

「良（よ）かったな北（ほく）斗（と）」

　太（たい）耀（よう）が北（ほく）斗（と）にそう言（い）うと、北（ほく）斗（と）は嬉（うれ）しそうに「うん」と頷（うなず）いた。

　その直（ちょく）後（ご）。

　葉（よう）司（じ）が思（おも）い出（だ）した様（よう）に振（ふ）り返（かえ）えり、北（ほく）斗（と）に聞（き）く。

「そう言（い）や北（ほく）斗（と）。恵（え）理（り）花（か）から聞（き）いたけど、何（なん）でお前（まえ）一人（ひとり）で早（はや）く学（がっ）校（こう）来（き）たんだよ？」

　その質（しつ）問（もん）に北（ほく）斗（と）は悩（なや）む……

（流石（さすが）に葉（よう）司（じ）君（くん）には、恵（え）理（り）花（か）ちゃん誘（さそ）おうとしたけど、出（で）来（き）なかった何（なん）て言（い）えないし……）

　そして話（わ）題（だい）を代（か）える事（こと）にした。

「それより、葉（よう）司（じ）君（くん）は何（なん）で寝（ね）坊（ぼう）したのさ。寝（ね）坊（ぼう）なんて一（いち）年（ねん）以（い）上（じょう）して無（な）かったじゃん？」

　すると今（こん）度（ど）は葉（よう）司（じ）が困（こま）った。

（恵（え）理（り）花（か）誘（さそ）うかどうか悩（なや）んでて、中々（なかなか）眠（ねむ）れなかったなんて恥（は）ずかしくて言（い）えねえし……）

　そんな時（とき）……

　　ドタ

　　　ドタ

　　　　ドタ

　　　　　ドタ

　大（おお）きな足（あし）音（おと）と共（とも）に、眼（め）鏡（がね）を掛（か）けた少（しょう）年（ねん）――宮（みや）本（もと） 薫（かおる）が息（いき）を切（き）らせて教（きょう）室（しつ）にやって来（く）る。

（しめた！）

　葉（よう）司（じ）はそう思（おも）い、薫（かおる）に向（む）かって言（い）う。

「遅（ち）刻（こく）だぞ薫（かおる）」

「葉（よう）司（じ）君（くん）の言（い）えた義（ぎ）理（り）じゃ無（な）いけどね」

　北（ほく）斗（と）は葉（よう）司（じ）にそう言（い）うと、更（さら）に薫（かおる）に言（こと）葉（ば）を続（つづ）ける。

「にしても、薫（かおる）君（くん）が遅（ち）刻（こく）するなんて思（おも）わなかったけど？」

　すると薫（かおる）は、ズレた眼（め）鏡（がね）を直（なお）しながら北（ほく）斗（と）に答（こた）える。

「それは……、ちょっと面（おも）白（しろ）い物（もの）を見（み）つけまして。北（ほく）斗（と）君（くん）お昼（ひる）はご馳（ち）走（そう）しますので、午（ご）後（ご）から家（うち）に来（き）ませんか？」

「お昼（ひる）作（つく）る手（て）間（ま）が省（はぶ）けるからボクは良（い）いけど、何（なん）の用（よう）？」

　北（ほく）斗（と）と薫（かおる）の話（はな）しを聞（き）いて、太（たい）耀（よう）が言（い）う。

「北（ほく）斗（と）を誘（さそ）うって事（こと）は、宇（う）宙（ちゅう）人（じん）絡（がら）みか？　あんな非（ひ）科（か）学（がく）的（てき）なモノ、良（よ）く信（しん）じるな」

　すると北（ほく）斗（と）はムっとし、太（たい）耀（よう）に文（もん）句（く）を言（い）う。

「良（い）いじゃん、夢（ゆめ）もへったくれも無（な）い」

「はいはい、僕（ぼく）が悪（わる）かったよ。どうせ僕（ぼく）の夢（ゆめ）は、父（とう）さんみたいな会（かい）社（しゃ）社（しゃ）長（ちょう）だからな」

　そう言（い）い返（かえ）す太（たい）耀（よう）に、更（さら）に薫（かおる）も文（もん）句（く）を言（い）う。

「日向（ひゅうが）君（くん）。見（み）て無（な）いモノを無（な）いと決（き）め付（つ）ける方（ほう）が、よっぽど非（ひ）科（か）学（がく）的（てき）ですよ」

　太（たい）耀（よう）は、薫（かおる）がそう反（はん）論（ろん）した事（こと）に少（すこ）し驚（おどろ）いた。

　　キーン コーン

　　　カーン コーン

　　わい わい

　　　がや がや

　暫（しばら）くして廊（ろう）下（か）の方（ほう）から、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）と鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）の声（こえ）が聞（き）こえて来（く）る。

　その声（こえ）を聞（き）き、五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の子（こ）供（ども）達（たち）は静（しず）かに成（な）った……

　いや正（せい）確（かく）には、二（ふ）人（たり）の会（かい）話（わ）を聞（き）きたい女子（じょし）の一人（ひとり）が、組（クラス）全（ぜん）員（いん）を静（しず）かにさせたのだ。

　二（ふた）人（り）の姿（すがた）は、防（ぼう）火（か）扉（とびら）に隠（かく）れて五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）からは見（み）えない。

「新（しん）任（にん）で大（たい）変（へん）なのに、お仕（し）事（ごと）頼（たの）んでしまってすみません」

「いえ、鈴（すず）木（き）先（せん）生（せい）も軽（かる）くお尻（しり）打（う）っただけで良（よ）かった」

「このお礼（れい）はいつか必（かなら）ず」

「でしたら個（こ）人（じん）的（てき）に……　出（で）来（き）たら女（おんな）の子（こ）に付（つ）いて協（きょう）力（りょく）をお願（ねが）いしたいんですが」

「確（たし）かに独（どく）身（しん）の男（おとこ）の先（せん）生（せい）じゃ、色々（いろいろ）フォロー大（たい）変（へん）そうですもんね。分（わ）かりました、では私（わたし）は用（よう）事（じ）が有（あ）りますのでこれで。初（はじ）めての朝（あさ）の会（かい）、頑（がん）張（ば）ってくださいね」

「はい」

　暫（しばら）くの会（かい）話（わ）の後（あと）、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）がそう返（へん）事（じ）を返（かえ）すと、鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）は六（ろく）年（ねん）生（せい）の教（きょう）室（しつ）に向（む）かって行（い）く。

　鐘（じょう）治（じ）先（せん）生（せい）と別（わか）れた渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は、五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）に入（はい）って来（く）ると生（せい）徒（と）達（たち）に言（い）う。

「ほらお前（まえ）達（たち）、朝（あさ）の会（かい）はもう始（はじ）まってるぞ。ちゃんと席（せき）に着（つ）け」

　すると一（ひと）人（り）の女（おんな）の子（こ）が、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）に向（む）かって聞（き）く。

「先（せん）生（せい）。ランドセル入（い）れに名（な）札（ふだ）なかったんだけど、ランドセルはどうすれば良（い）い？」

　生（せい）徒（と）にそう指（し）摘（てき）され。渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は少（すこ）し考（かんが）えてから、生（せい）徒（と）達（たち）に説（せつ）明（めい）する。

「悪（わる）い、先（せん）生（せい）が貼（は）り忘（わす）れてた。皆（みんな）が入（にゅう）学（がく）式（しき）に出（で）てる間（あいだ）に貼（は）っとくから、今（いま）は机（つくえ）の上（うえ）に置（お）いておいてくれ」

　その言（こと）葉（ば）と同（どう）時（じ）に、子（こ）供（ども）達（たち）は各々（おのおの）行（こう）動（どう）を始（はじ）めた。

　生（せい）徒（と）が皆（みな）、きちんと席（せき）に着（つ）いた事（こと）を確（かく）認（にん）し、渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）は黒（こく）板（ばん）に自（じ）分（ぶん）の名（な）前（まえ）を書（か）き始（はじ）める。

「始（はじ）めまして私（わたし）は…………」

　北（ほく）斗（と）は渡（わた）辺（なべ）先（せん）生（せい）の話（はな）しを聞（き）きながら、ふと外（そと）を眺（なが）めながら思（おも）う。

（これから、また新（あたら）しい一（いち）年（ねん）が始（はじ）まる。たぶん去（きょ）年（ねん）とあんまり変（か）わらない。葉（よう）司（じ）君（くん）と、恵（え）理（り）花（か）ちゃんと、太（たい）耀（よう）君（くん）と……）