第四章

第21話 道具は…手に馴染む物が一番だと思いませんか? 1

 気を取り直して改めて声をかける。


「はじめまして。僕はカナタ・コウサカと申します。先程も申しましたがグンドルフさんと少々ご縁がありまして...急な訪問で申し訳ありません」


「この王都で鍛冶屋を営んでいます。ガンディロスです。グンドルフ君と...彼の奥さんのフローネとは幼なじみです。もう15年は会ってませんが...フローネも元気ですか?」


「ええ、お二人とも...娘さんのフリーダさんと三人とも元気にされていますよ」


「...そうですか...それは何よりです。」


 そういっている彼女は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


(おや? もしかして余計な事を言ったかな?)


 自分が地雷を踏んだかもしれない事に焦りを覚えつつも、改めてガンディロスの容姿に目を引かれる。


 グンドルフ達と同世代ならば30代後半から40代前半の筈だが目の前のガンディロスはどう見ても20代だ。服装によっては10代でも通りそうな程若々しい。


 ミネルヴァの説明では、この世界には人に似た、所謂“亜人”と言われる種族がいくつか存在する。エルフやドワーフ、様々なタイプの獣人などで、元々〔人間〕が“精神感応エネルギー粒子”で突然変異した種族らしい。


「お話は変わりますが、エルフの方とお話をするのは初めてです。王都では“異種族”の方もチラホラお見かけしていましたが...」


「そうなんですか。まぁ私は“エルフ”ではありますが、所謂“エルフ族”の出自ではありませんのであまりそれらしくはありませんが...」


「...意味をお伺いしても?」


 彼女は少し苦笑して話し出した。


「意味深でしたね。たいした理由じゃないんですよ。私は母がエルフで父があの村の住人だった“ハーフエルフ”なんです。だからエルフ族としての文化は殆ど受け継いでいません」


「なるほど。不躾な質問でしたね。申し訳ありません」


「気にしないで下さい。それで今日はどういった御用ですか?」


 まずは今後の取引を円滑にする為に、仕事の依頼をする。突然“仕事下さい”では怪しすぎる。


「実はおりいってご相談がありまして...私の本職は魔法使いなんですが、たまに素材や薬草を採取するた為に僻地に分け入らなければなりません。事情があってそういう時に必要な装備品を丸ごと失ってしまったのです。それでガンディロスさんに装備品のうちのいくつかを作成していただきたくて参りました」


「なるほど...今の私にご用意出来るかどうか分かりませんが...具体的にはどういった物が必要ですか?」


「...そうですね。まずは刃渡りで45cmと15cm程度のナイフを一組。大きな方はナタの様に使用したり咄嗟の護身用を兼ねて少し幅広で厚めの作りで、刃先15センチ程までを両刃にした反り身の物を。15cmの方は解体や料理に使う万能タイプで、多少、耐久性重視の物。あとは1人~2人の料理が作れるフライパンや広口のカップ等を軽めの金属で、まずはその位ですね」


「そうですか...先にお話した方が良かったかもしれませんが、フライパンやカップはご用意可能です。しかしナイフは御用意するのが難しいかもしれません」


 ? 何か理由があるのだろうが、ナイフだけが作れないとは解せない。


「無理をお願いするつもりはありませんが、工房を拝見する限り刃物も取り扱っておられる様に見えます。何か事情がおありなんでしょうか?」


 彼女は少し躊躇して話し出した。


「お恥ずかしい話ですが...今、一部の金属が私の...いえ、この近辺にある零細工房では入手出来ないのです。通常の金属製品に使う鉄や軽銀(こちらでのアルミニウム)はまだ入手可能ですが刃物に使う様な精錬された鋼や様々な希少金属はほとんど手に入りません。そちらに展示してあるのはかなり前に打った物なんです」


 どうも複雑な事情があるようだ。話の続きを促す。


「この近辺は私を含めて小さな工房が集まった区画なんですが、少し前から近隣の工房に王都最大手“アレディング商会”の傘下に入らないかと打診がありました。条件は悪くなかったのですが、私を含めていくつかの工房は断りました。すると彼らは素材業者に対して圧力をかけて来たんです」


 どうもきな臭い話の様だ。その商会がなぜ鍛冶職人達を多数傘下におさめたいのかは分からないが……


「それは随分お困りのようですが...何か打開策のはあるのでしょうか?」


「今は鍛冶職人共同組合マスターズ・ギルドに訴えかけて打開策を協議していますが...表向きは鉱山での産出量低下を理由にしてこちらの言い分を取り合いません。商人共同組合トレーダーズ・ギルドも向こうの商会の影響力が強く、なかなか強硬には出られないようで...」


 一通りの事情を話してから、大きなため息を吐く。どうも八方ふさがりのようだ。


「例えば素材を持ち込めばお仕事は受けて頂けるのでしょうか?」


「それは勿論です。何か伝手がおありなんですか?」


 本当に困っているようで、こちらの話に盛大に食い付いて来た。


「多少無いこともないのですが...少し調査と準備が要りますので後日もう一度伺います。詳しいお話はその時に。それと私が今日こちらに伺った話は内密にお願いします」


 とりあえず少し調べてみよう。相手の商会にしても鍛冶職を独占してどんな利益があるのか把握しておかないと対策もままならない。


「本来ならお仕事を依頼しに来て頂いたお客様に相談する様な事ではないのですが...どんなに少なくとも構いません。もしお仕事分以外で入手できた素材があれば是非買い取らせて下さい。宜しくお願いします」


「出来るだけご期待に添える様に考えてみます。それでは失礼いたします」


 そうして僕達は店を後にしてから18番地区を離れた。


――――――――――


 帰路を歩きながらミネルヴァと話し合う。


{ミネルヴァ、アレディング商会の一連の動きをどう思う?}


{通常、商取引の基本を考えれば独占体制の構築は理に叶っていますが...零細工房の取り込みだけではどう考えても独占には至りません。何か裏の事情があるかと...}


{やっぱりそうか...伯爵との約束もあるし大袈裟には出来ないけど出来るかぎり調べてみよう}


{承知しました。商店の本店でよろしければ座標データがベースマップにございます。設定いたしますか?}


{ああ、少し離れた路地で頼む。じゃあ移動するよ。“ムーヴ”}


 まずはアレディング商会が王都に出している本部商店に顔を出すことにして移動する。幸い王都のマッピングを行った時のデータに所在情報があったのですんなり転移出来た。


「こりゃあでかいな...」


 そこには...この世界では、王城位でしか見た事のない巨大な石造建築の商店があった。

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