第20話 都会に出る時は…知り合いがいれば心強いものですよね? 6

「これが伝説の転移魔法...」


 ビットナー伯爵が呆然と呟く。ヒルデガルドやシドーニエも茫然自失としていたが、徐々に状況を把握して興奮していく。


「コーサカ殿! 凄い体験でしたが...流石に王城に無断で立ち入るのは...」


「転移魔法...私の知るどんな魔法分類にも当てはまらない...こんな風に発動する魔法は見た事がありません...」

 

 充分にインパクトは伝わったようだ。


「皆さん。この演説用の高台は僕が張った結界の効果で誰も居ない様に見えています。とはいえ...いつまでもここに居る訳にもいかないでしょう。お屋敷に戻らせて頂きますので元の席へお戻り下さい」


 (本当はミネルヴァが張った結界だけど...)


 まだ全員興奮気味ではあったが、取り敢えず元の席に戻ってくれた。


「それでは戻ります...“エクスチェンジ!”」


 スキルを発動する。瞬間、先ほどまでいたビットナー伯爵邸の応接室にソファーやテーブルごと戻ってきていた。


「ふぅー。心臓に悪いですな、コーサカ殿...」


 伯爵が渋面で話し掛けて来た。少しやり過ぎだったかもしれない...だが今後の事も考えてインパクト重視の分かりやすい方法だった筈だ。


「申し訳ありません。今後は王城の城壁内には転移しないとお約束致します。それで...僕には契約を結ぶだけの価値は有りましたでしょうか?」


「そうですな。確かにあなたは稀有な能力をお持ちです。先程の様な約束事を幾つかして頂けるなら、こちらからお願いしたい仕事は山の様にあります。正直あなたが一人いるだけであらゆる事が変わるでしょうな。であればこそ制約も課さなければならんでしょうが...取り敢えず幾つかの契約遵守事項をまとめて陛下の御裁可を仰ぎます。問題なければ後日もう一度お会いして契約を交わしましょう...」


(どうやら納得してくれたようだ。後は国王の判断しだいか...)


「承知致しました。良い返事を期待しております。私は暫くは今の宿に逗留しますので連絡はそちらにお願い致します。今後とも宜しくお願い致します」


「こちらこそ宜しくお願いする」


「それでは僕はお暇致しましょう。10番地区のゲートから帰らせて頂いたほうがいいでしょうね」


「コーサカ殿には面倒な事かと思うが、そうしてくれると助かる」


「ではまた。後日お会いしましょう」


 こうして僕は伯爵邸を後にし、ゲートまでは執事長に案内して貰って宿への帰路に付いた。


 (ふぅー、取り敢えず山場を一つ超えたか。権力側にある程度のコネも出来たし...ひとまずプレゼンは成功と考えていいだろう。宿で夕食をとったら今日は早めに休むか...)


――――――――――


 一方、伯爵邸ではビットナー伯爵とヒルデガルド、シドーニエの三人がまだ話し合いを行っていた。


「しかし初めて体験しましたが...凄まじい物ですね。正直あの魔法を害意を持って使用されたら...防ぐ方法を思いつきません」


 ヒルデガルドが若干身震いしながら呟く。


「シドーニエ、魔法使いの立場で答えて欲しい。仮にコーサカ殿を“暗殺”するとしたら...成功する可能性はあるかね?」


「...正直なところ有効な手段を思いつきません。彼は私の隠蔽魔法を容易く看破しただけでなく、明らかに視界の外にいた私にさえ気付きました。さらに今日、演説場で使った“結界魔法”も私たちが使う物とは明らかに違う。恐らくは対暗殺手段の示威行動です。しかもそれらの困難を排除しても最大の難関は“転移魔法で逃げられる”という事です。それに技術的な困難だけではありません。伯爵様もお気づきでしょう。彼は、今日訪ねて来てから一度もお茶やお菓子に手をつけませんでした。見た目からは想像出来ない用心深さです」


「ふぅ、更にこちらの提案に対して過大な借りを作らず、かつ的確な修正案を即座に提示してみせる。恐らくこちらの提案もある程度予測した上で返答を用意していたのだろう。なんとも老獪な交渉手腕ではないか! あの年で....まるで“老境に差し掛かった賢者”を思わせる思慮深さだな。一体どんな経験を積んで来たのやら...」


「しかし父上、その思慮深さで彼はこちらに無理難題を押し付ける様な事はしないでしょう。誠実に付き合う限り信義を重んじる義理堅い方なのは、先の砦での一件が証明しております」


「それは分かっているが...何分、彼の御仁の行動は常識の埒外である場合が多いのでな...」


 そこでシドーニエが改めて発言する。


「伯爵様、彼への連絡役と仕事の同行者を私めにお命じ下さい。必ず彼の暴走を抑えて見せます。それに彼の魔法はこの世界の水準を遥かに超えた超技術です。そばにいればきっとその技術を学び取る事も出来る筈です!」


「ふむ、まあ落ち着きなさい。その際は必ず希望に添う様に取り計らおう。まずは陛下にご報告の上で裁可を仰がなければならん。全てはそれからだ...」


 そして、その日の深夜まで...今後の対応に苦慮する伯爵が眠れぬ夜を過ごしていた。


――――――――――


 翌朝、カナタはまた風呂に来ていた。昨日の交渉が思ったよりストレスになっていたのだろう。


「ああ! 最高だな!」


 風呂に浸かりながら呟く。


 今日はこの後、18番地区のガンディロスを訪ねる予定だ。目的は仕事を探す為。ビットナー伯爵と交渉して王国から何がしかの仕事を受注する事は決まったがそれはいつもある訳ではない。


 魔法やスキルで魔物を狩ったりして収入を得る事も可能なのだが...元々、地球では理系大学を出て生産技術の基礎研究を仕事にしていた。


 つまり“物作りをしたい欲求”がそろそろ限界だったのだ。基礎研究はそもそも現場で物作りをしている訳ではないが僕の職場は試作品も出来るだけ自分たちで作っていた。


 あえて言うなら基礎研究畑の中では武闘派という稀有な職場にいた。因みに上司の口癖は「イノベーションは脳内で起きてんじゃない! 手先で起きてるんだ!!」だった...


 不謹慎かもしれないが折角のファンタジー世界だ。コンピューターは流石に作れないし(作れても次元に対する負荷が大き過ぎるだろう)その気もないが鍛冶屋に出入りして何がしかの収入を得る位はしてみたい。


 あわよくば伝説の武器(エクス○リバーとかデュ○ンダルとかロ○の剣とか...)なんか作れたら面白そうじゃないか。


 ちなみにミネルヴァに聞いた話ではこちらの世界には地球にはないファンタジー金属があるらしい。嫌でも気合いが入るというものだ。


「さて宿に戻るか」


 黒鉄の車輪亭に戻り、朝食を食べる。今日は麦の粥と各種ピクルス、半熟玉子とコンソメスープ。

 

 特に豪華な食材でもないし変わった味付けでもないのに何故こんなに美味しいのだろう。


 王都の他の店のレベルは分からないがそうそうこのレベルはないと思う。


 しっかり堪能してから青年(まだ名前は聞いてなかった)とアルフレートさんに挨拶して外出する。


 目指すは18番地区。鍛冶屋街だ!


――――――――――


 スキルを使えばすぐだが道を覚えておきたいので徒歩で向かう。そもそも〔黒鉄の車輪亭〕は18番地区に近いから選んだのだ。


 暫く歩くと街のあちこちから鎚を振るう音や何かを削る音などが響いて来るようになる。


 適当な鍛冶屋でガンディロスの所在を聞くと、どうも鍛冶屋街でも端の方に店を構えているようだ。


 そうこうしてる内に目的地らしい店が見えて来る。お世辞にも立派だとは言い難い。


 気を取り直して声をかける。


「御免下さい」


「はーい。少々おまち下さい。只今参ります」


 奥からやって来た人物を見て驚いた。一応確認してみる。


「グンドルフさんからの紹介で参りました。ガンディロスさんで間違いありませんか?」


「ええ、私がガンディロスです。懐かしい名前ですね。彼は元気ですか?」


「...ええとってもお元気ですよ...」


 そのまま絶句してしまった。鍛冶屋のイメージで筋骨隆々で髭面の人物を想像していたからだ。


 だが目の前の人物は...どう見ても華奢なエルフの女性だったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る