第6話 道だと思っていたら他人の庭先だった...って事ありませんか? 2

 唐突なノックを受けて誰何の声をかける。この時間には司令室への定期報告は無いはずだが...何か不測の事態だろうか?


「第三分隊のフリッツです。砦哨戒任務中に問題が発生いたしました。分隊長のワグナーより至急報告に上がるよう命令されております」


 ...何故本人が来ないのか?多少訝しいと感じながらも訪問者も知らない人間ではないので入室を許可する。


「許可する。入れ」


「失礼致します」


 入室したフリッツは、一年前にこのグルム砦に配属されたばかりの若者だ。今は顔色を真っ青にしてどう見ても普通の様子ではない。嫌な予感がする...


「報告を聞こう」


「はっ、10分程前、分隊長ワグナー以下3名にて定期哨戒任務を遂行中、本部駐屯所より西側70m付近の物資搬入路にて不審な男を発見致しました」


 その様な場所に不審人物が入り込むとは...国境警備の中核である場所柄この砦は城壁が高めに造営されている。また有事の際には国軍が最大5000人規模で駐屯可能である。見つかった場所はかなり本部駐屯所に近い為、途中には三カ所の兵員詰所があったはずだ。侵入者は一体何者だろうか?


「分かった。それで侵入者は何処に捕縛している?本部地下牢か?尋問室か?」


「いえ...侵入者は現在この執務室の扉の前でワグナー隊長とアルビーン兵長と共に入室許可を待っております」


 ...は?


有り得ない報告に耳を疑う...が、フリッツの表情からすれば嘘とも思えない。


「我々は散開して侵入者を半包囲し、誰何の声をあげました。その瞬間、侵入者は呪文の詠唱どころか魔力発動の痕跡すらなく瞬時に全高5m級のサラマンダーを召喚しました。しかも紫炎を纏う恐らく上位種か希少種をです!!!」


 有り得ない!そんなものが一匹でも入り込めば...討伐までに、この砦の兵士300のうち半数以上が死亡してもおかしくない。


「我々は時間稼ぎをしながら一人を報告に走らせようとしましたが...侵入者はそれを許さず、自分を砦の司令官に会わせろと要求しました。要求が通らない場合は、同種のサラマンダーを群れ単位で召喚し砦を殲滅すると...」


 !!!!??何だと??!!!!


 そんな馬鹿げた力を持つ魔法使いなど各国に極少数いるかいないかだ。それらの超越した魔法使い達にしても、このような脈絡のない行動をする理由がない。


「件のサラマンダーは現在、侵入者を発見した場所で大人しく待機しているようですが、要求以外の行動をした瞬間、暴れ出す様に命令されている様です。また侵入者は司令官に会えれば被害は出さないと申しております」


 私に会ってなにを要求すると言うのだ。一砦の司令官に過ぎない私には大した権限などないのだが...


「とにかく会わなければこの砦が危ない。入室するように伝えてくれ」


「はっ、了解致しました」


 フリッツが入室を促す為に扉を開けるのを見ながら...ふと昨晩の食事を思い出し、“最期の晩餐”にしては侘しい内容だったな...と、益体もない事を考えてしまった。


――――――――――


 此方から入室を求める前に扉は開いた。面倒な手続きを省けるならありがたい。


 促されて入室すると...そこには二十代前半位の女性が、執務机の向こうから此方を凝視していた。


 美しい暗褐色の髪をセミロングにして、意志の強そうな目をしている。目鼻立ちは非情に整っており誰が見ても“美人”と評するだろう。だが...おそらくこの人物の美しさは、造形に現れない活力こそが源だろう...そんな風に思わせる視線だった。


「このグルム砦の司令官を務めるヒルデガルド・フォン・ビットナーだ。状況の報告は受けている。招かれざる客ではあるがそうも言ってはおれんようだ。要求を聞こう」


「無理をお聞き下さりありがとうございます。僕はカナタ・コウサカと申します。早速お話を進めたい所ですが...無理を通して下さった事に感謝して召喚したサラマンダーは帰還させましょう」


{ミネルヴァ、サラマンダーをこの部屋の窓の外まで飛ばして消す事は出来るかい?}


{可能です。実行しますか?}


{頼むよ}


 僕の提案を聞いて司令官の女性が何かを言おうと口を開いた瞬間、窓の外いっぱいに紫炎を纏って羽ばたくサラマンダーが現れ、暫くその場で羽ばたくと、その姿を虚空に溶かすように消していった。


「いかん!アルビーン!砦内の他の兵士たちが目撃して大騒ぎになってはいかん。とりあえず中央詰め所にいって宥めてこい!事情は後で皆に伝えるから、ここの事は何も話すなよ!」


「了解です!」


 先程の年配の兵士が指示すると、アルビーンと呼ばれた兵士が足早に退室していく。

 

 司令官は報告にあったサラマンダーが消えてゆくのを見てゆっくりとこちらに振り返り...

  

「気遣いには感謝するが、その場で消してくれれば良かったのに...」


「それでは報告した兵士たちの証言に証拠がないでしょう? 彼等には無理をお願いしましたから後程問題にならない様にね...こちらとしてもそれは本意ではないので...」


「そういった気遣いが出来るのに...何故この砦に強引に侵入したのだ?あまつさえ私に面会を強要するなど...」


「それについては謝罪しましょう。そもそもこの砦に侵入してしまったのも事故なのです」


「「 なんだと! 」」


 年配兵士と司令官から驚愕の声が漏れる。


 ここから先はこの世界で生きる為のカバーストーリーを話すと決めている。


「お騒がせして申し訳ないのですが僕の本業は魔法の研究をする“魔導師”です。この砦に図らずも侵入してしまったのは研究中の“長距離転移魔法”の実験中の事故なのです」


 かなり強引なカバーストーリーだが異次元から偶然渡って来たと言うよりも、まだましだろう。


「転移魔法には大きな魔力が必要で僕が集積していた魔力はほとんど消失し、元の場所に転移し直す事もできませんでした」


「しかし先ほどのサラマンダーは?」


「僕が研究中の転移魔法に必要な魔力は...サラマンダーの召喚などとはケタが違います」


 ここで少しハッタリもかましておく。僕の話を聞いた二人は更に顔を青ざめさせる。


「以上が事の顛末です。責任者に話を聞いて頂く為に強引な手段を取った事は謝罪します。しかし僕も軍施設に不法侵入の罪で捕まる訳にはいかなかった」


「ハァーーーーッ」


 司令官が長いため息をついた後、


「事の顛末は理解しました。事故とはいえ各種の法に照らし合わせると確実に捕縛対象になるのですが...あなたを捕縛する事がまず不可能そうですね」


 ハッタリが効いているようだ。ミネルヴァに感謝しないとな。


「しかし貴方ほどの実力を持つ魔導師が噂にも登っていない所をみると...相当な遠方から“転移”されて来られたのでしょうな。我々からしてみれば“転移”の概念自体がおとぎ話の中にしか出てこない物ですから...」


 年配兵士が話していると、突然ノックが響く。


「緊急自体です! 入室許可を!!」


 先程のサラマンダー騒ぎが押さえ切れなかったのだろうか? 


「許す。入れ」


「御報告申し上げます。つい先程、王都の国軍総司令部より魔法通信機に入電。今朝突然グローブリーズ帝国より宣戦布告がありました!帝国軍は巧妙に部隊を偽装し国境線にせまりながら集合しつつ進軍しているとの事です!」


「「  なんだと!!!  」」


 全くどうして凶事は連ねてやってくるのか。その凶事の片棒を担いでいる事を盛大に棚に上げて心の中でぼやいてみた。

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