file1 螺鈿箱に隠された真実 3話


「はい、北堂や。え……? 風間勝彦の自宅で死体!?」

 急に鳴りだした携帯電話は、どうやら西刑事からのものだった。

 少し離れたところにいる中戸にも、内容まではわからないにしても興奮した西の声が北堂の携帯電話から漏れ聞こえてくる。

「わかった。すぐに向かうわ……あ、カイリはまだ眠っててな……」

 きっとカイリも連れて来いと西刑事の向こうにいる南条刑事が言っているのではないかと、中戸はそっとカーテンの向こう側を覗いた。


 天涯付きのベッドがあるその空間は、白いファブリックで統一された、さしずめ王子様の寝室だった。派手なガウンが無造作に布団の上にかけてある以外は、布団も枕もシーツも真っ白。その白いお城の中で眠る、王子様……東伯カイリ。


「……まつ毛長い……」

 春の日の日中は柔らかな日差しが差し込むため、アイマスクをして寝るそうだが、いつも取れてしまうんだとか。この日も、取れてしまったアイマスクはベッドの下に落ちている。

 中戸はそれを拾い上げ、北堂の電話が終わるのを待っていた。

 電話が終われば――彼を起こさなければいけない、そう感じていたからだ。


「……おう、わかった。じゃ、パトが来たら乗ってくわ」

 電話を切ったのか、北堂が中戸の側までやってくる。

「カイリさん、起こしますか?」

「いや、ギリギリまで寝かせとこ……ビルの下までパトカーが来るから、俺が背負うわ」

 北堂が慣れた様子で、カイリをベッドの縁に座らせ、靴下を履かす。

「悪い、そこのガウンでええからカイリの肩にかけてくれへんか?」

「わかりました」

 中戸はカイリの手をガウンの袖に通して着せた。

「ほな、ここの鍵かけて……降りてきてな」

「はい、すぐおります」

 よいしょっという掛け声とともに、北堂がカイリをおんぶするとそのまま外へと出かけていく。ふと耳を澄ますとパトカーのサイレンが遠くに聞こえた。


**************************************


 風間勝彦の自宅がある千里中央へと新御堂筋を北上するパトカー。

 千里中央と言えば、大阪の北部にあるベッドタウンだ。

 豊中市と吹田市を跨ぐ起伏の激しい土地柄でもあるが、なかなかの高級住宅地でもある。


「カイリさん、起きるでしょうか?」

 助手席に座る中戸が振り向き、後部座席の北堂に話しかけると彼が口を開いた。

「心配いらへん。現場に着いたら起こしても問題ないと思う」

「それって……?」

「ああ、ある程度まとまって寝てたら大丈夫みたいやで」

「そうなんですか。よかった」

 何かと慌ただしくて、中戸はカイリの伯父の東伯先生に連絡できずにいる。

 連絡して、カイリの病状についても聞いておきたいとは思っているのだけれど、なかなか時間が取れないでいた。

 そうこうしている間に、カーナビの音声が目的地を告げる。


『目的地周辺です。この先注意して走行してください。音声案内を終了します』


 現場である風間勝彦氏の邸宅は、大きな白い門が印象的な洋館だった。

 先に到着した覆面パトカーが二台と鑑識のバンが停まっている。


「カイリ、カイリ? 起きてくれ」

「う……ん。いつき、もうそんな時間なんか? あんまり寝た気がせぇへんのやけど……」

「いや。そうやない。二人目の仏さんが出た」

「っ!? ……二人目の仏さん!?」

 カイリの目が見開いた。

 そこへ後部座席の窓をコンコンとノックする西刑事と目が合う。

 中戸はすぐに助手席から降りて、後部座席のドアを開けるとカイリの革靴を置く。

「園子さん、ありがとう」

 カイリはそう言うと、ガウンをなびかせて北堂と一緒に西刑事の案内で、屋敷の中へと入っていった。

 中戸もその後を追うようについて行く。



 屋敷へと入ると捜査関係者が意外にも多くて驚く。

 そりゃそうだ。死体が出たのだから。

 広い玄関の右側、観音扉が開かれた向こうにはリビングがあった。

 そこから南条が出てくる。

「来たか。……なんだ、その派手なガウンは!? 初めて見た……」

「伯父さんの見立てなんだ。いいでしょ?」

 呆れた顔の南条は、目を細めて怪訝そうな顔をしている。

 その顔だけでも窺い知れる心のうち。

「……該者は、昨日ビルから落ちた風間勝彦の妻、日奈子六十歳。死亡推定時刻は今朝の明け方から、通いの家政婦が発見するまでの九時までの間だ。死因は後頭部の殴打だと思われる。尚、凶器は見つかっていない」

 淡々と述べられる詳細を聞きながら、カイリたちはリビングへと入る。

「園子さんは、外にいた方がいい。後で写真で見た方がマシだから」

「はい」

 配慮とも取れるカイリの言葉に、中戸は張り詰めた緊張が解け小さく返事をした。

「あ、あと……これ。今からたくさん人が来るからカメラ回しておいてもらえますか」

「わかりました」

 カイリの口調が標準語に変り、ガウンの大きなポケットから手渡された小さなビデオカメラ。中戸はそのカメラの電源を入れた。



 リビングでは――

 まもなく正午という柔らかな日差しが掃き出し窓から入り、落ち着いたグリーンのカーテンが揺れている。警察関係者が集まる近くにある家具は、大きなL字型のソファーとガラスのローテーブル、該者はその窓と家具の間にうつぶせに倒れていた。


 すると、外から男が一人声を荒げながら入ってくる。

「母さん!!!! 母さんッ!!」

「待って。失礼ですがあなたは?」

「俺はここの家の長男だよ!」

 西刑事の制止する腕をも払いのけて、その男はリビングへ。

「母さん……一体、誰がこんなひどいことを……!」


「……あれ? あの人、俳優の風間優ですよね?」

 中戸が彼をビデオカメラに収めると、西刑事が口を開いた。

「そうっす。本名が風間常彦、仏さんの一人息子っすね」

 昨日亡くなった勝彦と今朝亡くなった日奈子の息子である彼は、両親を立て続けに失い、その整った顔立ちは悲しみに歪んではいたが……感情に任せて出ているであろう言葉には、あまり感情がのっていない気さえした。


 次に屋敷へと入ってきたのは、風間勝彦の弟の弥彦・五十五歳とその妻の美代子・五十歳だった。

「あら、いややわ。何を撮ってるんよ。あなた、警察の方?」

 気難しそうな、見た目も派手な中年の女性・美代子が中戸に迫る。

「いえ、あの……」

 美代子のなかなかの迫力に、中戸は後ずさりしはじめると、その間にさっと北堂が入った。

「この子は、捜査協力者や。一応、カメラ回さしてもらってますので、ご協力を」

 女性はフンと鼻を鳴らして、リビングへと向かう。

「北堂さん、ありがとうございます」

「ああいう時は、中戸さんも捜査協力者でいいんやで。東伯探偵事務所の人やねんから」

「はい。そういいます」


 それから、次々と事件の関係者かもしれない人々が集まってくる。

 全ての人が集まる前に、被害者のご遺体はシートがかけられて司法解剖へと回された。

 

 集った顔ぶれの前に立つ、南条れみ。

「これから一人一人、話を聞かせてもらう。西刑事!」

「はいっ! それでは呼ばれた方から奥にある応接室に移動するっす」

 そこへ、先ほど泣きわめいていた俳優の風間常彦が急に立ち上がった。

「話なんてしなくても、叔父さんか叔母さんが犯人だろ!」

「なんてことを言うんだ? なんの証拠があってそんなことを……」

 常彦がたてついたのが、父親の弟の弥彦。

 ドラマなどでもよく見られるシーン展開に、カイリは目を細めていた。

 その様子も中戸はカメラに収めている。

「園子さん、そのままこのリビングの様子を撮っておいてください」

「わかりました」

 中戸はリビングにいる容疑者のみなさんがカメラに収まる場所へと移動した。


「では、始めましょう」

 カイリの一声で南条はうなずく。そして南条が常彦を見た。

「先に風間常彦さんからどうぞ」

「はぁ? 何で俺からなんだよ! 怪しい奴はこいつらだって言ってるだろ!」

「そのあなたのお話が聞きたいのです。よろしいですか?」

「あ、ああ……わかったよ。あんた、見る目在りそうだし……」

 さすがは南条れみ。丁寧な言葉ではあるものの、圧がすごい。その圧に負けた男・常彦を応接室へと誘導する。

 応接室のドアがバタンと閉まる音が聞こえると、リビングに残された容疑者たちが、ひそひそと話を始めた。


「どうしてこんなことに……」

 最初にしくしくと泣き始めたのは、風間明彦の長女の琴子だった。

「琴子さん、こんな時に泣くやなんて、いい年して恥ずかしい」

「おまえ、そういう言い方をするな。琴子も兄さんが亡くなったし動揺もするだろ?」

 弥彦が二人の間に座っているので、仕方なく妹・琴子をなだめ始めるとその夫に食って掛かる妻・美代子。

「動揺? 相続分が増えて喜んでいるのとちゃうの?」

「美代子さん、あんまりやないの!」

 女同士の争いは、だんだんとエスカレートしていく。


 そこへ、家政婦の木田初美と、運転手の山田次郎が入ってくる。

「あの……弁護士さんがお見えですが」

 と家政婦の木田は風間家の一同に話しかけた。

「弁護士? ああ、御父様の遺産についてやね。お通しして」

「おい、美代子。お前が呼んだのか?」と弥彦。

「いやね。そんなわけないじゃない。琴子さんが呼んだん?」

「私じゃないわ」

「じゃあ、一体、誰が――」

 

 リビングがシーンと静まり返ったところへ、中戸の見覚えのある女性が入ってきた。

「……あ。山口さん……!」

 とカメラを回している中戸が声を出す。

 そこに居たのは、昨日、東伯探偵事務所へ依頼をしにきた浜山あいりの代理人兼弁護士の山口聡子だったからだ。

 彼女は深々とお辞儀をすると

「弁護士の山口聡子と申します。今日、風間家の皆様がお集まりだと聞いて……この度はご愁傷様です」とあいさつをした。


「父の弁護士の方じゃないわ。どうして、勝手に通したのよ……」

 琴子が家政婦を睨むと、家政婦はすぐさま頭を下げる。

「も、申し訳ございません!」

 家政婦が山口に帰ってくれるよう頼むも、山口は堂々としたものだった。

 中戸はふと昨日聞いていたことを思い出す……

 確か、山口は浜山あいりと風間明彦の間の親子関係はまだ明らかにされていないと言っていたのに、どうして今日はここへ現れたのだろうかと。

 もしかして、親子関係を証明できるものが何か見つかったのか?


 すると、山口は臆することなく風間弥彦とその妻の美奈子、そして琴子の前に座った。

「ちょ、ちょっと! 何を勝手に座っているんよ! ここは関係者以外は立ち入り禁止とちゃうの!?」

 美代子がせわしなくまくし立てると山口は笑顔で伝える。

「私は、風間明彦氏の娘の代理人でここに来ております」と。


「父の娘は私だけよ? その私に代理人なんていない……どういうこと?」

 琴子が身を乗り出して、山口に問うと山口は一枚の写真をスッと差し出した。


 その写真には、亡くなった風間明彦氏とその傍によりそう浜山くるみとその娘の幼い頃のあいり、三人が写っている。

「お父様と写っている女……どこかで見たことがあるわ……どこで見たんやろ……」

「この女!! 本家の前の家政婦じゃないか!!」

 弥彦がそう叫ぶ。

「え? じゃあ、お父様は家政婦と?」

「そんなことはありえん!」

「そ、そうよ! 父に限ってそんな……!」


「じいさんもやるねぇ」

「常彦! おまえ、もう終わったのか?」

 先に事情聴取を終えた風間常彦が、リビングの入り口で腕を組んで立っていた。

 その後から、北堂が弥彦を呼びにやってくる。

「あれ? あんた……」

「僕が呼んだんだよ。山口さん、お忙しいところすみません」

 北堂の後ろからパジャマ姿に派手なガウンを着たカイリが現れると、山口は立ち上がって頭を下げた。

「いえいえ。でも、どうして私も呼ばれたのかしら?」

「念のためです。山口さん。あなたは、昨日亡くなった勝彦氏とはお知り合いだったようですから」

 山口はにっこりと笑ってカイリを見た。

「さすがですね。パジャマ探偵さんの事件のお見立てはまた改めてうかがいます。そうね、私も知っていることは話すわ」

 にこやかな二人だけど、周りの風間家のみなさんが引くほど、よくわからない空気が漂っている。

 カメラにはこの状況はどのように映っているのだろうと、中戸は思っていた。

 というか、カイリは『パジャマ探偵』って呼ばれてるんだと中戸は初めて知る。

 

 静かになったリビングでは、このあと誰かが大きな声を出すことはもうなかった。




 事件についてまとめると……


 数カ月前 風間明彦氏 老衰のため死亡 風間ホールディングスの株主 会長

 昨日   風間勝彦氏 ビルから落ちて死亡 明彦氏の長男

 今朝   風間日奈子さん 自宅で何者かによって殴打され死亡 勝彦氏の妻


 その事件の容疑者は以下の通りだ。


 風間常彦 三十歳 職業俳優 亡くなった勝彦氏と日奈子さんの長男

 風間弥彦 五十五歳 風間ホールディングス本社 部長 明彦氏の次男

 風間美代子 五十歳 専業主婦 弥彦の妻

 風間琴子  四十七歳 風間ホールディングス子会社 アパレル事業代表 未婚


 山口聡子 弁護士 明彦氏の娘だと思われる浜山あいりの代理人


 木田初美 五十歳 家政婦 

 山田次郎 六十一歳 運転手


 事情聴取は外が暗くなるまで執り行われた。



「カイリさーん、事情聴取おわりましたよ」

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 



 

 


 

 

 




 

 


 




 


 


 


 


 

 




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