2.3 開かない遮断桿,その1

 央歴1018年の9月24日。ロジャー・今泉は休日なので勤務を外れている。技量低下防止の為に雉くんがハンドルを握り,Stokerは彼と同じく八皓はじろ車庫に所属する乗務員,ピット子爵チャーリー・トリスタン・キーガンが担当する,回送1963列車。

 二人ともドクダミ庁の詰襟の制服を着て,制帽の顎紐あごひもをかけている。雉くんは左側,トリスタンは右側のポケットの中に,ドクダミ庁員であることを証明する印章,

『レール・ワイバーン』とその組み紐を入れている。


 「セレン8番,出発進行。制限25」

 双瑞語で指差確認称呼し,雉くんがデホ4013運転台の,両手ワンハンドルマスコンを自分の方に引いて,1ノッチを入れる。王都の南側にあるセレン駅8番線,(留置線)出発信号機の進行現示に従い発車する,4000系電車の0番台,Nsd13編成。

 雉くんのかたわらで,長ブリオーの袖へ乗務員室立入許可証を安全ピンで留め,その上にケープ付きの耐火フードを着たウーヅが,車内の乗務員室扉へ寄りかっていた。



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 9月とはいえ19時台,既にあたりは暗くなってきている。トンネルは煉瓦レンガ造りだが,内壁のあちこちで吹き付けコンクリートがはくしていた。

 廃止後に閉塞壁が県王城外の坑口に作られたから荒廃したのか,逆に荒廃したから廃止され坑口が塞がれたのか。どちらにしても,メンテナンスが行われていない事に

起因する不気味さへ耐えながら,王太子と公爵家の姫君と知恵の精霊は,地下道から外に出る前に,まずは頭や足に怪我をしていないか三人で確かめあった。そしてクレアは坑口内壁のスイッチを左手で押し,向かって左側の内壁に取り付けられた蛍光灯が

いっせいに消灯した。

 「目を慣らすのと,城の魔素消費をなるべく減らすのを兼ね,休憩するよ」 とささやく。


 やがて,木材でできた閉塞壁と坑口の壁との隙間をすり抜け,廃トンネルの外へ踏み出したティケの目へ最初に映ったのは,富裕な商人が多く住む地区の,公園の木々だ。

 手をとったクレアに促されるまま,歩き出した。数秒ほど遅れて― !


 (「お,追っ手が!?」),

そう気が付いたイヅーは,ティケの両腕を伸ばしクレアを引き寄せる。クレアの体があった空間を,投げ付けられてきたスピアが横切った。 

 「お?,追っ手か」

と呟き答えながら,クレアはつい先ほどと逆にティケの両肩を引き寄せる。そして走りだした。―「線路はすぐそこなのに!」と,二人へ囁く。


 ようやく,当面の目的地を知ったティケとイヅー。“線路”という単語に,イズーは何か引っかかるのを感じたが,クレアに尋ねる余裕はない。


 目の前に突然,サオが現れる。まるで行く手を阻むかのように。

 クレアは左手で片方をつかんで持ち上げ,棹の反対側にティケをいざなった。


 次の瞬間,何かへ足をとられた人は転んでしまう。クレアは踏み止まったが,すぐ後ろに徒歩の騎士が数人,迫ってきていた。薄暮はくぼで彼らの顔はよく見えないが,円錐形の鉄製ヘルメットから,悪意に満ちた眼光をクレアとティケ,イズールトへ向ける。

 顔を痛みに歪め,刃の鈍い光を認めたティケは,それだけでもう追い付かれた,せめて次の痛みが一瞬で終わるようにと,座り込んだまま目を閉じ,唇を噛みしめる。

 クレアが,イヅーもだが,うめくのが聞こえた。


 「そこの人!,ここへ!,急いで!」


 木々の間から,双瑞語の声が飛んだ。


 一般人か?,構わずに消せ,命令されているだろうと,ショイル語で言葉を交わした騎士達は散開する。先頭の騎士がクレア達の目の前に振り下ろした戦斧は,竹製の遮断桿しゃだんかんへ当たると同時に,刃どころかまで粉々に(かつ,飛散する事無く)砕け散った。


 「なっ…,結界だ!」

 「あぁ,双瑞帝国のな!」


 木々の間から,砂利を踏む足音と共に現れた青年が答えた。クレア達を追ってきた騎士とは違い,鎖帷子とギャンベゾン,ヘルメットを身につけていない服に,物は戦斧やロングソードではなく,エストックだった。整った顔がよく見える―,かぶっているのがツバのある帽子で,鼻当ては無いからだった。


 「ちっ,ドクダミ庁の哨戒しょうかいだ。全員退け!!」


 指導者らしき人物の号令と共に,騎士達は集結し去っていくのを目で追いながら,

双瑞人の青年は,クレア達へさらに近付き,右手で挙手の敬礼をした。


 「あっ…,これはこれは。クレア殿下にティケ嬢,それに精霊のイヅールトさん…,

 どうかこちらへ」


 ここで,三人と青年は,お互いに知人だったと気が付く。



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 「あいつらは,共和国騎士団の団員ですか?。しかも魔導コンパスの針は,N極が南を,首都の方向をしていましたよ,先輩」

 「しかも裏の騎士じゃなくて,表に立つほう,だったなぁ…」


 デホ4013の乗務員室にいる雉くんと,列車無線により言葉をわすトリスタン。

 デハ4073の車内,ロングシートの前の床に,ティケもクレアもへたり込んでいた。

 トリスタンは,閉塞信号機の停止現示に従って,雉くんが列車を停めた後,1963列車が既に通過した踏切から妙な気配がし始めたと感じ,デハ4073の乗務員室を出て,線路をセレン駅の方に戻ったところ,迫り来る鎖帷子の集団が少年と少女へを向けているのを見た。

 咄嗟とっさに声をかけたが,それがよく知っている顔,王太子と婚約者だった事へ驚きながらも,口調は平静を装う。


 「いったん切るぞ。クレア殿下がいる理由,聞き出しておくから」

 こう言ってトリスタンは通話を終えたので,雉くんは大文字のTと似た形をしている主幹制御器マスターコントローラーから離した左手で,通話の相手をデハ4073の乗務員室から,運輸指令所へ切り替える。指令員に対して雉くんは,

貨物線の公園通踏切で停止している時に襲撃を受け,賊を追い払った事と,それに伴う踏切内安全確認を行った1963列車のStokerが,線路と車両に問題は無いと報告した事を伝えた。

 さらに,先行する定期旅客列車の遅延が本線から貨物線に波及はきゅうしている現在,運転抑止よくしが続くはずで,運転再開を指示されるまでの間で,帝都瑞歯市のドクダミ庁参謀本部への報告を行いたいと運輸指令へ告げた上で,通話を終えた。


 すぐにウーヅへ顔を向ける。インクブルーの瞳は,フードの中で眼鏡越しに,不安げに揺れていたから,雉くんは右手の白手袋を外し,金糸の髪を撫でた。

 そうすると落ち着くから―。そのままで,参謀本部と列車無線による交信を行う。


 「回送1963列車運転士より参謀本部へ,1963列車運転士より本部へ―。」

 ショイル国の中で,何かから逃亡している人物を三名,保護したと報告する。やがて葛側じゅうがわ参謀総長が自ら,交信に出てきた。

 雉くんの報告を聞き終えると,葛側は,こう指示を出す。


 「三名を―王太子殿下も姫君も,そして智恵の精霊も,だ。そのまま1963へ収容して,セレン乗務区にお連れしてくれないか」

 「了解,到着後は総領事との面会,という形ですね」


 細部の打ち合わせも行うと,参謀総長の方から交信を切った。

 そこへ,運輸指令所から運転再開の指示が入ってくる。

 …下り回送1963列車は元々の乗務員二名,双瑞帝国の庇護下に置かれている令嬢へくわえて,トリスタンが拾ってきた,王太子と公爵家の姫君と精霊も乗せ,進行現示になった閉塞信号機に従い発車した。

 本線と貨物線の分岐…下り列車から見れば合流だが,同じ構内で双瑞帝国総領事館への引き込み線も分岐する北公園通信号場から,総領事館の敷地へと入線する。


 1963列車が停車したプラットホームは,既に帝国の総領事と,警備の騎士・兵士達が待っていた。トリスタンに促され,ずらりと並んだ鎖帷子に圧倒されながらも,ティケはクレアに左手を引かれ,総領事自らの先導で建物内へと足を踏み入れた。


 こうして,双瑞帝国の在外公館へ,県王家の王子とその婚約者がいる,という状況が

出現したのだった。

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