第19話 スリーピングフレンド

 幹子さん、おじさん二人と別れて、私達は駅に向かった。


「花音ちゃん、さっき、叩いちゃってごめん。ここ、痛かったんじゃない。大丈夫?」


 駿介が自分の肩を指さして心配そうに言う。私は肩を回してみせた。


「もう痛くないよ」


「草野さんは頑丈だから」


「森、そういう言い方はよくない。だからお前は誤解されるんだ」


 駿介にたしなめられ、雪間くんは無言でそっぽを向く。

 私は駿介をちらりと見上げる。ずっと気になっていたことがあった。


「駿介、ごめん。さっき軽々しく、悩みを相談しろとか言って。私、何も分かってなかった。霊の声が聞こえるなんて、人に言いづらいよね」


「え? じゃあ、俺の話を一晩中寄り添って聞いてくれるっていうのは嘘だったの?」


「いつ誰がそんなこと言った?」 


「そういう話じゃなかったっけ」


「どう話をまとめたらそうなるんだ。あんたは下手な要約AIか」


「駿介」


 雪間くんが冷ややかに名前を呼ぶ。目を輝かせて私をおちょくっていた駿介が、急に背筋を正した。


「森、怒ってる? ごめん。どうしても花音ちゃんと話したかったんだよ。もう勝手にスマホ使ったりしないから」


「当たり前だ。またやったら、お前が発作を起こしても金輪際助けない。いつかみたいに、ヤクザに絡んでいっても放っておく。一度、痛い目にあえばいい」


「ごめんってば」


 この二人の関係はどうなっているのだろう。駿介が雪間くんの面倒を見ているのだと思っていたが、そんなに一方的なものでもなさそうだ。


「草野さんの話にもちゃんと答えろよ」


「分かった」


 敬礼のポーズをした駿介は、しばらく宙を見つめてから口を開いた。


「真面目な話、花音ちゃんが話を聞くって言ってくれて、嬉しかったよ。親族以外に相談できる話だなんて思ってなかった。誰にも話せないから、下手に深入りせずに安全な場所に距離を取っていたところはあったと思う」


「スケコマシみたいな言動もキャラってこと?」


「それは駿介の素です」


 横で雪間くんがぼそっと言う。


「小さい時はもっとあの発作が頻繁だったわけ。そのたびに褒められ励まされた結果、過剰な自信がついちゃった。元々、人に好かれる魅力も溢れていたしねえ。幼稚園の年長の時は、俺を取り合って四人の女子が修羅場になり、さくら組の向井理と呼ばれた」 


「誰から」


「先生と保護者」


「自分で言うと清々しいね」


「でも俺だって、苦労してるんだよ。さすがに職場でキレちゃってああなると終わりだから、やばそうな場所に行ったら理由つけて離れるようにしている。普段から飲みすぎないようにしたり。この前は、先輩が勝手に頼んだ酒が相性悪くて失敗したけど」


 言っていることは大変なのだが、からからと笑っており悲愴感がない。根が明るいのか、そう振る舞っているのかは分からない。


「もし失敗しちゃっても、それで終わりじゃないよ。そんな駿介を、逆に面白いと思ってもらえるような場所だってあるんじゃない」


「例えば?」


「バーの店員とか。幹子さんのところに雇ってもらえばいいじゃない」


「そんなの、考えたことなかった」


「バレーボールのコーチとかもいいんじゃない。反抗する学生の気持ちが分かるかも」


「コーチが一緒に反抗しちゃだめでしょう。それに俺ができるのはハンドボールなんだけど」


「そっか。駿介見ていると、どうしても春高バレーを思い出しちゃって。ハンドボールってあれだよね、ボール持って三歩歩いちゃいけないやつ」


「それポートボールでしょ。小学校でやる」


「そうなの? ゴールは、台の上に立った子がボールをキャッチする……」


「だからそれポートボールだってば」


「え?」


「森が笑っている」


 横を見ると雪間くんは肩を震わせ、手で口を覆って顔を背けていた。


「すみません」


と小さい声で呟く。


「めずらしい。森のツボに入った」


「こういう他愛ない話を誰かとして、ちょっと楽になったらいいね」


 駿介は、まじまじと私を見る。にっと笑った顔は魅力的で、これまで多くの女性の心を掴んだに違いないものだった。私の肩に手を置く。


「な、何?」


「別に。花音ちゃんは、俺がおかしくなっても逃げないでいてくれるんだね。森も見た?」


「遠目で。人垣ができていたので動画の撮影か何かかと思ったら、聞き覚えのある声が響いていて、血の気が引きました」


「照れるなあ。私、声の大きさには定評あるから」


「そこで照れるのが花音ちゃんのいいところだと思うよ」


 どういうことだ。



 駅に着いたが、駿介は近くにある知り合いの店に顔を出していくという。


「またね」


 明るく手を振って去って行く。駿介の後ろ姿は、人波の中でも頭一つ大きくて目立っていた。暮れはじめた空の下、明るい緑のシャツは遠ざかるほど眩しくて、LED信号の色に似ていた。


 雪間くんと私は、何となく駅の前で立ち止まる恰好となった。


「もう帰る?」


「そうですね」


 そう言いながら雪間くんは立ったまま動かない。何なんだ。

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