第3話  別人

 合流した綾菜ちゃんに、食事しながら占いの結果を話すと、大笑いしていた。


「そんなこと言われたんですか? ひどい。すみません、私の時はもっと親身な感じだったんですけど」


「何で私にだけ。不公平じゃない。同じお金払っているのに」


 だんだんと腹が立ってきた。赤いストライプのテーブルクロスに、握りこぶしをたたきつける。テーブルが揺れて、綾菜ちゃんが水の入ったグラスを押さえた。


「決めた。私、婚活する」


「え? 何で?」


「だって、このまま眠れなかったら、あの占い師の言うことが本当なのかもしれないって、どっかで思うじゃない。嫌だ。だったらあいつの言う通り、婚活して恋人作ってやる。それでも眠れなかったら、あの占い師、全然、当たってなかったって言えるじゃない」


「そこまでしなくても。腹が立つなら、比較サイトに低評価の口コミをつけるとかしたらどうですか。態度、星マイナス5みたいな」


「それは卑怯だから嫌だ。向こうは占いで勝負しているんだから、私も正々堂々、その内容で勝負しなくちゃ勝ったとは言えない」


 綾菜ちゃんは吹き出した。謎の笑みを含んだ目でこちらを見ている。


「一方的な戦いだなあ。でも、花音さん。もし彼氏ができて、本当に眠れるようになったらどうするんですか?」


「結果、眠れるようになったなら、それはそれでオッケーよ!」


 宣言する私に、綾菜ちゃんが拍手した。



 綾菜ちゃんの協力の元、身元確認が比較的しっかりとしているというマッチングサイトに登録して、私は婚活を開始した。

 半ば意地でやっている自覚はあり、出費は抑えたかったのだが、何となく綺麗な靴はあった方がいいかもと思って、華奢な可愛いパンプスを買った。


 地下通路の先に待ち合わせのカフェが見えてきた。

 今日会う相手は、大手の会社でエンジニアをしているという雪間ゆきまさんという人だった。二歳下の二十七歳。登録写真は横顔で、色白で細身だということくらいしか分からない。居住地域が近く、向こうから熱心に誘いが来た。


 文章は軽かったが、趣味の欄に、少女漫画が好きだとあったのに興味が惹かれて会うことにした。私は、少女漫画が好きなのだ。


 指定されたカフェが、絵本の主人公として有名な兎のコラボカフェという、婚活らしくない場所だったことも、面白いと思った。シンプルな線とはっきりした色合いの絵本は、子どもの時に好きだった。


 店の前には長身の男性が立っていた。


 一瞬、バレーボール選手かと思った。背が高く、肩はがっしりとして胸板が厚い。灰色のスーツが窮屈そうだ。私を見ると、朗らかに笑って頭を下げた。


草野くさのさん、ですよね? こんにちは。今日はよろしくお願いします」


 写真の印象とかなり違う。横顔ではなく、正面から撮影した写真をアプリにのせれば、ハートマークが殺到しそうな見た目だ。


 というか、これは別人ではないだろうか。


 私は身構えた。真昼に、回転灯だけ光らせて無音で走るパトカーを見た時のような、うっすらとした警戒心が浮かんだ。いつでも逃げられるように若干腰を引いて近づいた。


「雪間さんですか?」


「いえ、雪間はもう中にいます。案内します。どうぞ、こちらです」


 バレーボール選手はカフェを手で示すと、中に入っていく。混乱したまま、その大きな後ろ姿を追いかけた。

 端の席に、居心地悪そうに背中を丸くし、両手を膝の上に乗せて、うつむいている男性がいた。


しん、草野さん、来たぞ」


 バレーボール選手が彼に声をかけると、おびえた様子で体をこわばらせた。おずおずとこちらを向いた顔は前髪が長く、目にかかっている。私が目指そうとした姿に近かった。


「今日はちゃんと頑張れよ。じゃあ、僕はここで失礼します。森をよろしくお願いします」


 選手は雪間さんにガッツポーズをした後、私に爽やかに笑いかけると、次の試合に向かうかのように颯爽とカフェを去って行った。


 ぽかんと立ち尽くしているのも間抜けなので、雪間さんの正面、壁ぞいのソファに腰掛ける。

 雪間さんは、目をそらしてうつむいたままで、何も喋らない。

 気まずい沈黙に、私は耐えられなくなった。


「あの人は、誰ですか?」 


「……僕の従兄弟です」


 雪間さんの声は小さく、とても聞き取りづらかった。


「従兄弟が、なぜ」


「僕が心配だから手伝っている、と本人は言っています。面白がっているだけのような気もしないでもないですが、僕はこうした活動が不得手なのは事実なので」


「もしかして、メッセージの内容を考えていたのはあの人ですか?」


 雪間さんは初めて顔を上げた。


「すごい。よく分かりましたね」


「何となく、そんな感じがしました」


「どうしても上手い文章が書けなくて困っていたら、彼が代わりにやり取りをしてくれました。会うにまで至ったのは、あなたが始めてです」


「私はまんまと騙されたというわけですか」


 腕組みして雪間さんを睨んだ。


「会ってもらえたら、本当のことを話す気ではありました」


「だから、あの人も来てたんですか?」


「いえ、僕はやっぱり今日、怖くなって。会うのをやめようとしたら彼が怒って、ここまで引きずられてきました」


「何でそんなんで、マッチングアプリやろうと思ったんですか」


 肩の力が抜けて、ため息が出た。ともあれこの人は、正直ではあるようだ。

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