第4話 顛末

「……この旅館を守る為には仕方なかったんです」


 栗藤りっとうまいは泣きながら動機を話し始める。


「シェフの伊東いとうは完璧主義故に、採算がとれない高級食材を贅沢に使った料理を作っていたのです。伊東の料理は瞬く間に評判になりましたが、客数が増えるにつれ、皮肉にも経営は以前より苦しくなりました。ですがここで朝食のビュッフェをやめては、これまでに築いてきたお客様との信頼関係を壊すことになってしまう。体重計の細工はそんな私の苦肉の策だったのです」


 私はチラリと姉、レイコの顔を見る。


「ミツキさん、ご苦労様でした」

 姉は満足そうに頷いた。


 どうやら私の推理はようだ。私はホッと溜息を吐く。


「おい、ちょっと待て!!」

 そう声を荒げたのは眼鏡をかけた40代くらいの神経質そうな刑事だ。


「わざわざ警察まで呼んで、何なんだよこの茶番は?」


「あら、刑事さんはミツキさんの推理がお気に召しませんでした?」


「体重計がどうとか、ビュッフェがどうとか、警察には何も関係がないじゃねーか!!」


「……それは残念。是非とも刑事さんたちのお耳に入れておきたい情報だったのですが」


「ふん、お嬢様の探偵ごっこにこれ以上付き合えるか!!」

 刑事たちは肩を怒らせてその場を後にした。


     ♢ ♢ ♢


 ――それから二日後、兼六園けんろくえんの池の中から全身の血液を抜き取られた女の遺体が発見された。

 遺体の身元は駿河するが喜久子きくこ、43歳。喜久子は旅行で金沢に滞在しており、宝船ほうせんにチェックインした後に行方不明になっていた。


「犯人は大女将の栗藤美幸みゆきね」

 姉は家でテレビを観ながら訳知り顔でそう言った。


「お姉様、なぜそんなことがおわかりになるのですか?」


「ミツキさんったら、この殺された駿河喜久子って客、旅館の中で何度かすれ違ってたことに気づいていないの?」


「…………」


 そう言われたら確かに見たような覚えはある。

 だがそのことと、大女将が殺人犯であることに何か関係があるのだろうか?


「よろしくて。駿河喜久子は宝船にチェックインした後に姿を消しているの。防犯カメラにも映らず、まるで煙のようにね。ここからわかるのは、殺害現場は深夜から早朝にかけての女湯だということ。大浴場なら監視カメラに映る心配はありませんし、死体の血は全身抜き取られていたと言いますから、その作業もきっとやり易かったことでしょう。丑三つ時に女将が設備点検に来ることを当然大女将の美幸は知っていたでしょうから、犯行があったのは多分その後だったんじゃないか、くらいまでは予想できますけど」


「…………」


 私はあの温泉で殺人が起きた場面を想像して絶句する。

 もし姉の言っていることが本当だとするなら、私が欲張ってもう少しだけ長湯をしていれば、事件を未然に防ぐことができたかもしれない。


「ミツキさん、そんなに自分を責めないで。確かに事件を防ぐことはできなかったけど、ミツキさんのお陰で被害者の仇は討てたんですから」


「……それはどういう意味ですか?」


「犯人が女湯から防犯カメラを避けて外に死体を運び出すには、スタッフの通用口を通って、荷物などの搬入に使っているエレベーターを使う必要があるのです。ただこのエレベーター、あくまで荷物を運ぶ為のものなので、重量制限は60キロと設定されていました」


「……えーっと、もしかして死体の血が抜かれてたのって」


「そう、死体の重さを減らす為です。女湯で喜久子を殺害した犯人は焦った筈です。脱衣所にある体重計で死体の重さを調べると、60キロを超えていたんですから。そこで犯人は死体から血を抜くことで、搬入用のエレベーターを使えるようにした。でも、実際にそんなことをする必要があったかどうかは少々疑問が残ります」


 ――そうか。

 女湯に設置されていた体重計は、あのとき狂っていたのだ。女将であるまいが2キロ分重くなるよう細工をしていたから。


「ここからは仮定の話になりますが、もし兼六園の池から引き揚げられた喜久子の死体が58キロより軽かった場合、犯人は体重計の細工を知らなかった人物になります。まず、搬入用エレベーターを使う為の鍵を持っているのは大女将、支配人、女将の三人だけ。女将は自分で体重計を弄ったのですから2キロ重く表示されることを知らない筈がありません。支配人の涼佑りょうすけは男性ですから、そもそも女湯に喜久子を呼び出すことが不可能です。最後に残った大女将の美幸が犯人であることが消去法によって明らかになる」


「…………」


 姉はこのことを見越してわざわざ警察の前で私に推理を喋らせたのだ。

 最初からこの『絵』が見えていて。


 姉には実は千里眼のような特別な能力があって、全ての事件の真相を予め知ってる。百合園ゆりぞのグループを世界有数の巨大財閥にまで成長させたのも、全ては姉のこの能力のお陰だ。


 そんな姉にも、一つだけどうにもできないことがある。

 それは殺人事件の犯人を論理的、客観的に説明することだ。


 そして、その計算式を見つけ出すのが私の仕事だった。


「……ま、全て私の妄想なんですけどもね、オホホホホ」


 神の如き能力を持つ私の姉は、そう言って今日も優雅に笑うのだ。


【了】

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さすらい姉妹探偵~旅情編~ 暗闇坂九死郎 @kurayamizaka

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