依頼

 ガラガラと音を立てて引き戸が開き、一人の男が入って来た。ジェイクからすればお爺さんと言っても差しさわりのない年齢の男だ。

「やあ、今日は随分とにぎやかだねぇ、こんな早い時間に」

 秋の日差しはもう随分と傾き、引き戸の向こうは暗くなっているが、世間一般の家庭が食卓を囲むにはまだ早い時間だ。

「あら、佐藤さん。いらっしゃい」

 マリーが愛想よく迎える。

「キヨ子ちゃん、いつもの」

 佐藤と呼ばれた男がそう言いながらカウンターに向かうと、カウンターの上にはアルミの蓋で封されたコップが既に置かれている。

「いつものワンカップ大関、どうぞ」

 キヨ子は無表情で言う。

「ありがとね。いただきます」

 老人はアルミの蓋を開け、チビリと酒をひと舐めする。

「やぁ、坂崎さん。久しぶりだね。どうだい、景気の方は」

 老人に話しかけられ、坂崎は「えぇ。おかげさまで何とかここで酒を飲めるくらいには」と答える。そして、「今日はそこにいる若いのをここに連れてきましてね」と、ジェイクの方に視線を送った。

「ほぉ」

 坂崎に促され、老人はジェイクをまじまじと見る。

「大きいね。そして、ハンサムだ。それに、こんな所にこんな若くてハンサムな男を坂崎さんが連れて来たってことは……」

「こんな所とは随分な言いぐさね、佐藤さん。でも、そうよ。彼はジェイク。今日からうちで働いてもらう事になったの」

 佐藤とマリーの会話の中でジェイクはペコリと頭を下げる。


「そうかい。ならば、ジェイクくんに一つ仕事を頼めるかな」

 佐藤はマリーを見つめながら言う。

「毎度どうも。で、どんな仕事でしょう?」

 マリーは貼り付けたような愛想笑いで言う。

「なに。難しい仕事ではないさ。うちで雇ってる若いのが最近顔を見せなくてな。どうやら妙な女に入れ込んでるようで。そこへ行ってその若いのの目を覚まさせてやって欲しい。それだけだ」

「若い男が女に入れ込むって、よくある事じゃん。それで、オレはそこに行って何すりゃいーんだよへぶし」

 マリーの後ろで佐藤の言った内容に思ったままの事を言ったのはジェイクだ。そこへ間髪を入れずにマリーの裏拳が入った。三度目は吹き飛ばされないようにマリーの背後で踏ん張ったジェイクだが、マリーの拳はジェイクの顔面にめり込んでいる。

「佐藤さんは金離れのいいお得意さんなの。要らない事は言わない。分かった?」

 振り返らずにマリーはそう言い、「ふぁい」とジェイクは返事をする。


「うちの若いの……。トキヒコと言うんだが、トキヒコは何と言うかその……、女性不信を持っておっての。アイツが普通の女にそこまで入れ込むとは考えられんのだ」

「佐藤さんのお仕事がお仕事ですしねー。女性不信は佐藤さんの所へ来てから芽生えたんじゃないですか?トキヒコくん」

「うちはしがない骨董屋だよ。人聞きの悪い……」

 佐藤とマリーは互いに含みのある笑みを浮かべながら話している。

「骨董屋さんと女性不信ってまるで繋がらないんだけど、どーゆー事なんですか?」

 二人の表情を眺めながら、ジェイクが尋ねた。

「佐藤さんが経営なさってるサカマキ堂に置いてある商品はどれもいわくつきでさ」

 顔を見合わせジェイクへの返答を返しあぐねていたマリーと佐藤に代わって、坂崎が答える。「サカマキ堂に置いてあるモノは、ソイツに魅入られたような女によく買われて行くんだが、なぜか、また戻ってくるんだ、サカマキ堂に。で、サカマキ堂に置いてあるモノに魅入られる女ってのはことごとくクセの強い女でな。男もそれなりに歳をとりゃあ、女のそういう暗部というかグロテスクな部分を見ても、『女のこういうところがカワイイんだよな』と一周まわって思えるんだけど、トキヒコくんはまだまだ若いからなー」と、焼酎の入ったグラスを口に運ぶ事を忘れずチビチビやりながら、坂崎はジェイクに説明した。

「坂崎さん」ジェイクは申し訳ないといった表情で言う。「聞いていても、全然ピンとこない」


「あー。説明が悪かったな。……そうだな。かいつまんで言うなら、サカマキ堂で不定期にバイトをしているトキヒコくんという若い男は、サカマキ堂のバイトを通して、クセの強い女の、精神的にグロテスクな部分をまざまざと見せつけられてるから、女性不信を抱くようになったんだろう……ってのがオレの私見さ」

 サングラスをカチューシャのように髪の上に載せて、目を閉じたまま坂崎はジェイクにそう説明した。

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Werwolf Jake ハヤシダノリカズ @norikyo

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