暗殺少女と犬

桜花狐

第1話

 首が飛んだ。首が飛んだ。

 無数の死体の上には獣耳をつけた少女がたたずんでいた。

 彼女はボロボロの服にぼさぼさの頭で、表情に生気がなく死んだ目をしていた。

 手には剣と銃を持ち、死体には銃痕と剣跡が残っている。その跡から戦闘の激しさがわかるが少女には傷一つない。

「帰還する」

 少女はその場を離れた。

 あとにはけたたましく鳴るサイレンの音と静寂のみが残った。

 

 少女は所謂孤児だ。

 物心ついた時から親がおらず、孤児院で苛めを受けていた。子供たちは敏感で自分とは違う少女を異物のように感じていた。

「変な耳!」

「やーい!ぼっち!」

「人間じゃないって本当?」

「こんな耳のやつが人間なわけないだろ!」

 彼らの心無い言葉は彼女を傷つけることはなかったが、心をはぐくむこともなかった。

 彼らは頭がよく、決して大人の前では苛めない。ただ子供ながらに無邪気で、陰湿だった。

 大人が少女の為に買ったぬいぐるみ。美味しいご飯。大人たちからの愛。友達。

 そのすべてが彼らに奪われ、少女の心をはぐくむものは孤児院にはなかった。

 いじめに耐えるではない。興味がないのだ。

 いじめられているという自覚も孤立しているという自覚もなく、ただ我が薄いまま他人にも自分にも興味が持てずに過ごしてきた。

 少女は大きな屋敷へと連れられた。

 しかしそこでも心をはぐくむことはなかった。

 大事にされるわけでもなく、ただお金持ちの道楽で連れてこられただけだからだ。

 孤児院の大人たちはそれがわかっており、抵抗をしていたのだが、お金を積まれ、経営のことをつつかれ、子供たちを守るためには少女を差し出さざるおえない状況になり、泣く泣く少女を養子へと出した。

 少女の扱いは悪かった。

 朝早くに起き使用人のお仕事を任される。清掃をするもメイド長にやり直しを要求され、上手くいっても汚され掃除が終わらないなんてざらだった。

 彼女を助けようとする人はもちろんいたのだが、助けようにもメイド長の妨害が入る。

 メイド長を無視して助けようにも、彼らは職を失いたくない。

 自身の保身に走った同僚たちは誰一人少女を助けることはなかった。

 夜は主人に呼び出され見世物にされた。

 多くの人の前で、主人だけの前で彼女は見世物にもされた。

幸いにも主人に小さい子を愛でる趣味がないから手を出されることはなかったが、少女が大きくなり大人になるにつれて主人も彼女に肉欲を抱くようになった。

主人が我慢するわけもなくすぐに寝床に呼ばれたのだった。

運がいいことに少女が夜伽をすることはなかった。

呼ばれた当日、部屋に入ったときにはもう主人は死んでいたからだ。

正確には殺されていた。首が飛ぶ場面を少女は初めて見た。

一向に部屋に入ろうとしない少女に何事かと思った使用人が駆け寄ると、使用人も殺人現場を目撃することになる。

パニックになりながらも使用人が少女の手を引いて逃げようとした瞬間、少女は殺人犯にさらわれてしまった。

少女の捜索願が出されたころには、彼らはすでに町にいなかった。

そこから少女の生活は一変した。

暗殺者としての生活が始まったのだ。

寝ても覚めても人を殺す練習に励む少女。

幼い心の少女は厳しい訓練の中でも苦楽を感じることがなかった。

幸か不幸にも少女には才能があり、すぐに実践へと投入された。

少女はここでも一人だった。

一人、また一人と首をはねていく少女。

最初は同僚からも声を掛けられる少女だったが、少女の戦績が積み重なるにつれて、次第に人が離れていった。

感情のないキラーマシンとして恐れられた少女。それだけ少女は優秀に人を殺していったのだ。

人との交流が薄い少女は感情を育むことなく大人へとさらに近づいた。

3年後。少女は冷酷な暗殺者として少女は多くの人を震え上がらせた。

正体はわからない。それでも死体に共通点があり、死体の首は的確にはねられていた。

彼らは同一人物による暗殺として片づけられた。

暗殺者を追うものは沢山居たが、彼らの包囲を搔い潜り重要人物の首を斬られる。

どんなに手厚い守りがあっても少女に狙われたものは生きては帰れないと絶望し諦めきれずに足掻いた。

おびえる彼らの首を落とす。命を奪う行為は少女の心を育むことはなかった。


あくる日、少女が任務を終え帰還している時、箱が置かれていた。

何事にも興味を示さない少女が珍しく、箱に惹かれ手をかけた。

なんてことはない普通の箱だったが、箱の中には犬が入っていた。

「くぅん……」

 犬が力ない声で泣く。震えている犬に少女が手を伸ばすと犬はぬくもりを求めるかの如く差し出された手にすり寄った。

 びくっと跳ね上がる少女だが犬はそんなのお構いなしにすり寄っていく。

 あむあむと手を噛み始める犬。

 どうしたらいいかわからない少女だが、力のない甘噛みは少女の心をほぐしていくには十分だった。

「……一緒に来る?」

 返事はない。ただ少女は全てを自分にゆだねてくれている犬の温かさが嬉しかった。

 抱きかかえられた犬は抵抗することなく少女に甘える。

 少女は微笑んだ。一人だけの世界を、これからは一人と一匹で生きていく。

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暗殺少女と犬 桜花狐 @sakusiki

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