第46話 こんなことをする理由

「……んで……私の言う通りにしないんですか」


「だって森さんが言ってたことは全部嘘だったから。嘘を信じなかっただけ」


「…っとうしい!! 本当に鬱陶しいあんた!! 尻尾巻いて逃げればいいのに、それがお似合いなのに!!」


 突然そう叫んだので、びくっと体が反応してしまった。高まる緊張感に怖気づいてしまいそうになるも、ここで引いては何も変わらないのだと、全身に力を入れる。


 私はしっかり彼女を見て訊いた。


「私にいなくなってほしい、って言ってた。だからあんなことしたんだ?」


「当たり前でしょ! やっと追い出したと思ったのに……サークルの時みたいに、いなくなったとおもったのに!! 何涼しい顔してんの?」


「ずっと聞きたかった。どうして私はそんな嫌われてるのかなって。私なんかした? 基弘だって三田さんだって透哉さんだって、別に好きじゃないけど私に嫌がらせしたくて近づいたんでしょう」


 ついに核心に迫る。森さんがこれだけ私に執拗に嫌がらせをするほど嫌っている理由はなんなのだろう。この土日どれだけ考えても、結局分からなかったのだ。


 彼女は鼻で笑う。


「そうですよ。柚木さんはともかく、基弘だって三田さんだって全然好みじゃないですよ。私に釣り合ってない男性ばっかり。でも先輩より私の方が魅力的だって証明するには、取っちゃうのが一番だから」


「え? そ、そんなの……なんで私に張り合ってるの? 誰が見ても森さんの方が美人に決まってるじゃない」


「……そういう善人ぶるところとか、ほんっとうに鼻につく」


 森さんが苛立ちを隠すことなく、爪を噛んだ。今までずっとにこにこしている場面しか見たことがなかったので、その様子に驚きを隠せない。


 彼女は口元を卑しく歪めながら続ける。


「私は今まで、どこに行っても絶対に注目の的だったんです。顔だってスタイルだっていいし、男とどう接すればあっちが喜ぶのかもちゃんと分かってる。これまで必死に努力してこうなったんですよ。美容にだって手を抜いてない、立ち振る舞いだって全部勉強していつでも必死にやってる」


「それは、分かってたけど……」


「あのサークルに入った直後から、周りの人はやけに岩坂先輩を褒めてて、ぶっちゃけあまり面白くはなかったですね。『しっかり者で優しい』とか『真面目で仕事が出来るから、珍しく女性で部長になった』とか……自分磨きしてるようにも見えない地味な感じなのに、ああ人に媚び売って好感度上げてるんだ―って」


 ぐっと息を呑む。そんな風に思われていたんだ。


 確かに細かな部分まで磨き抜かれた森さんに比べたら、私は地味だしパッとしないだろう。でも、そんなことで?


 彼女は腕を組み、いら立ちを隠すことなく言う。


「でもまあ別にどうでもいっかって思ってたんですけど。引き立て役とかになりそうだし。でもある日、部室で男たちが数人話してるの偶然聞いちゃって」



『いやー今年入ってきた子レベル高くない?』


『森さわこ! レベチ! 可愛すぎん? スタイルもいいし明るいし文句なしじゃね。あんなの中々いないだろー』


『わかるー! 俺話すとドキドキしてるー! 一度でいいから付き合いてえー!』


『相手にされないだろー高スペックの男に持っていかれるってー』


『でもさ。あれって案外、付き合うのは最高だけど、本命にはされないタイプだったりしない?』


『ははは! それもちょっと分かるー!』


『気さくだけど結構誰にでもべたべたしてるしな。彼女だったらちょっと嫌かもだわ』


『爪とか髪とかすげー気合入ってて、金かかりそうだよなあ。なんだろ、いいお母さんにはならなそう系?』


『凄くわかるわ! そうなると、俺岩坂部長とかがいいなー。しっかりしてて誰にでも優しいし、気づかい出来るし、結婚するなら絶対あのタイプだわ』


『それ完全同意! いや、俺は付き合うのも岩坂部長の方がいいと思うわ。目立たないけど地味に可愛くない? 基弘が羨ましいとすら思ってる』


『料理できそうだし子供好きそうだし』


『一度付き合ってもらうなら森さわこだけどなあ。土下座してヤラセてもらえないかな』


『今のうちにああいうのは遊んでみたいよなあ。もう少し年取ったら、本命は部長みたいなのに落ち着くのかもなあ』









「……そんなこと?」


 つい、ポロリと本音が漏れた。いや、森さんを傷つけた言葉だったというのは理解出来る。でもそれは私が言ったことではないし、全く関係ないじゃないか。それでここまで嫌がらせをしていたというの?


 透哉さんが『伊織に嫉妬してるのかも』みたいなことを言っていたけれど、あながち的外れでもなかったということか。


 森さんはカッと目を見開いた。


「そんなこと!? 私のプライドはズタズタでしたよ! たいして可愛くもないし努力してそうでもないよくいる女相手に、そんなこと言われるなんて!」


「で、でもそれは一部の男性たちの意見であって……それに私は何も言ってないんだし」


「どうしても許せなかった。だから先輩より私の方が上だって知らしめる必要があったんです。あんな風に男たちに褒められておきながら、彼氏はあっさり私に取られて、傑作でしたよ。そのあともサークル内で凄く気まずそうな顔してて……」


 森さんは小さく笑った。その言葉を聞いて怒りがこみ上げる。


 私はとにかくサークル内で揉めたくなくて、必死に一年耐えていたのに、そんな風に思っていたなんて。

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