第40話 あなたと話したい
すぐさま電車に飛び乗り、彼のマンションを目指す。
とにかく透哉さんと話したくて、無我夢中で走った。連絡も取れない今、確実に会える場所と言えば彼のマンションしかない。
そわそわして落ち着かない様子の私を、周りの人は不思議そうに見ていた。そんな視線も気にならず、私はただ急いで目的地を目指していた。
駅から彼のマンションへ全力で走り抜け、インターホンを押したものの、相手は出ない。人の気配はないので、留守のようだった。
乱れた息を落ち着けながら、帰ってくるまで待とう、と心に決めた私は、ずるずるとその場にしゃがみこんだ。汗で洋服が張り付いている。
腕時計を見てみれば、もうかなり遅くなっており、終電も近くなっている。電車で帰ってくるなら、もうそろそろ来ると思うんだけど……まさかあの後、また森さんと?
そう想像して首を振った。信じるって決めたんだ、彼から話を聞くまでは、他の人の発言なんて気しない。
ドアに背を付け、ぼんやりと天井を見上げる。真っ暗な中、さみしく光るライトがやけに眩しく思えた。呼吸を整えながら、早く彼と話したい、と思った。
今どこにいるんだろう、何をしてるんだろう。
食事にこれなくなったのはどうして? 森さんとホテルの一室にいたのはどうして?
聞きたいことが山のようにある。
それでも、日付を越えても透哉さんは帰ってこなかった。終電の時間も過ぎ、彼が電車で帰宅しないということが確定的になった。タクシーで帰ってくるのか、それとも、どこかに泊まりだろうか。明日は仕事も休みだし……。
膝に顔をうずめて、不安な気持ちと戦う。時間が経てば経つほど、不安に押しつぶされそうだ。せめて電話出来たら、ラインが送れたら。
汗はすっかり渇いて、今度は肌寒くなってくる。昼間は暑くても、夜はまだ冷え込むことも多い。ぶるっと震えて腕をさすりながら時計を見たら、もう一時半になっていた。
はあとため息をついたとき、足音が聞こえた。ハッとして顔を上げると、サラリーマンと思しき男性が角を曲がってこちらに歩いてくるところだった。彼は私の姿を見て、分かりやすく驚き、挙動不審になっていた。
……こんな時間にマンションの一室の前で居座る女。そりゃ怖いし何事か、って思うよね。
ちらちらとこちらを見てくるサラリーマンに小さく頭を下げて立ち上がる。これ以上ここにいると、他の人の迷惑になるかもしれない。今日は一旦帰った方がいいのかも。
そう思い歩き出すと、またぶわっと涙が出てきた。会えなかった、透哉さんと。
こんな気持ちのまま夜を越すことなんてできない。どうしよう、不安で死んでしまいそう。
とぼとぼと泣きながら自分のアパートまで歩き、仕方なく部屋まで向かう。俯いたまま階段を上り廊下に足を踏み出したところで、自分の動きが止まった。
私の部屋の前に、男性が一人しゃがみこんでいたからだ。
こちらの気配に気が付いたのか、向こうが顔を上げる。その人と目が合い、私は足が震えてしまった。
「と、透哉さん……!?」
紛れもなく透哉さんだった。彼が私の部屋の前で待っている。透哉さんもほっとしたような顔になり、ゆっくり立ち上がった。私は急いで彼に歩み寄る。
「うそ、まさか、と、透哉さん!」
私の声に、彼は寂し気に微笑んだ。
「ごめん、話したくて待ってた」
「うそ、だって、私、私もずっと……!」
「え?」
「い、今まであなたの家の前で待ってて……!」
信じられない、私は彼の家で、彼は私の家で待っていたというのか。
なんというすれ違い。だから待てども待てども帰ってこなかった。とんでもなく無駄な時間を過ごしてしまった。
「え? 伊織も……?」
「さっきまで透哉さんの部屋の前で!」
「……なんだ、そうだったのか」
透哉さんははあと大きく息を吐き、どこか安心したように言った。そこではっと、真夜中に廊下で話し込むわけにもいかないと気づき、慌ててカバンから鍵を取り出し、扉を開けた。
「入ってください!」
「えっ、いいの?」
「散らかってますが……」
ついに、彼を招き入れることになってしまった。どうしよう、何も準備は出来てないので掃除も行き届いていない。でもこうするしかない。
二人で玄関に入り、扉を閉める。靴を脱ぎながら彼に言う。
「あっ、でもすみません、五分だけここで待って」
するとその途端、背中にぬくもりを感じて固まった。
背後から透哉さんに抱きしめられているのだと気づいたときには、パニックになり頭が真っ白になってしまっていた。
「……あ、の、と、さ……」
「俺を待ってたんだ。そっか、だからなかなか帰ってこなかったのか……」
すぐ間近で囁かれる声に、胸が苦しい。だめだ、私このままだったら死んじゃう。多分心臓が働きすぎて飛び出しちゃう。
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