第33話 二人きり
「わ、私は大人しくしてますよー」
「そう? ならいいけど。俺の家はすぐ近くなんだから、伊織が呼べばすぐに行けるから。覚えておいて」
最後にくぎを刺された森さんは、小さく頷いた。そのまま私たちは部屋へと向かい中へすぐに入った。言われた通りしっかり鍵をかけ、その場で透哉さんにメッセージを送る。ちゃんと家に入りました、と……。
「お邪魔しまーす」
「あ、どうぞ」
森さんを中へ案内する。あまり広いとは言えない部屋に二人で入ると、彼女は感心したように言った。
「きれーい。さすが岩坂先輩!」
「たまたま掃除したばっかりだっただけだよ」
「いえいえ綺麗ですよお! 可愛らしいし。私なんて部屋の中ぐちゃぐちゃですよー」
「忙しいと私もひどいよー」
「あは、意外ですね! あ、洗面所借りていいですか?」
私は場所を教える。案外、森さんと普通に会話が出来ていることにほっとした。もう夜も遅いし、このまま寝るだけでいい。そうだ、来客用の布団なんてないから、私は毛布を取り出して下で寝ることにしようか。
クローゼットから毛布を取り出したりしていると、用を終えたのか森さんが帰ってくる。そして、意外そうな顔をしていった。
「なんかー。全然彼氏っぽいものないんですね? 歯ブラシとか、写真とかも飾ってないし」
ぎくっとする。
透哉さんは私の家の中にまで入ってきたことはない。だから彼のための何かがあるわけがないのだ。でも確かに、近くに住んでるカップルの家に、片方の面影がないのはやや不自然かもしれない。
でもばれるわけにもいかないので、私は平然と答える。
「あんまり物を置いていくタイプじゃないみたいで。ちゃんと持って帰ってくれるの」
「ふーん? 写真は?」
「ま、まだ現像してないし」
「見せてくださいよー! 二人の写真、みたーい!」
目を輝かせて森さんが言ってきたのでギクッとする。写真なんて一枚もないのだ、これは明らかにおかしいだろう。
「あ、ごめん、私お風呂まだでさ。入ってくるから! もう遅いし、ベッド使って寝てていいよ! おやすみ!」
話題をそらして、私は慌てて着替えを持って風呂場へ行く。森さんがどこか楽しそうに目を細めてこちらを見ていた。その視線に気づきながら、風呂場へ入る。
困った。このまま質問攻めにあったら対応できる自信がない。
出来る限りゆっくりお風呂に入って、その間に森さんが寝ててくれるのを祈るしかない。ボロが出かねない。
はあと大きなため息をつきながら、とりあえずシャワーに入ることにした。
それから一時間ほどかけ、髪なども乾かし全て終えた私は、恐る恐る部屋へと戻ってみた。部屋から賑やかな声が聞こえてくる。テレビを見ている森さんがこちらを振り返った。
「あ、テレビ見させてもらってます!」
「う、うん、全然いいよ」
しまった、まだ寝ていなかったか。お風呂に行ってる間に寝ててくれれば一番いいと思ったのだが。
森さんはテレビを消し、私に向き直る。
「先輩と一度ゆっくり話したくて、待ってたんですよー! 色々教えてください!」
にこにこ顔でそう言ってくるが、私の心の中は青ざめていた。二人きりで森さんと話す? 透哉さんとのことを根掘り葉掘り聞かれるに違いない。困った、泊まらせるということはこうなることだと、なぜ気付かなかった。
森さんは近くに置いてあるカバンを手に取り、中を漁る。そこで首を傾げた。
「あれ? スマホない……? どこいったんだろ、先輩の家に来てからは触ってないはずなんだけど……タクシーだっけ……あの、すみません、鳴らしてもらえませんか?」
一旦話題がそれたことにほっとし、私は笑顔で近くに置いておいたスマホを手にした。森さんがその光景をじっと見ている。
すぐに呼び出したら、彼女が持っているカバンの中から音が聞こえてきた。森さんは笑いながら言う。
「あれ、ちゃんとカバンにあったあ! 奥に入り込んでて気づかなかったみたいです、ごめんなさい!」
「いいよ、あるよねそういうこと」
「さーてスマホもあったしー。写真見たいなあ。先輩、恋バナしましょうよ!」
話題は途切れていなかったようで、森さんがキラキラした目で私を見てくる。その視線から逃げるように冷蔵庫へ向かい、水を取り出して彼女にも一本差し出した。
「あんまり得意じゃないの。それに、森さんは三田さんと別れたみたいだし、現在進行形で話す話題ないんじゃない」
「あれー知ってたんですかあー。振られちゃったんですよ、私。慰めてください」
悲しそうに言うが、ここ最近は森さんの方がそっけなかったと、三田さんは言っていた。
心の中でもやもやした何かが再燃する。私の好きな人をあえて横取りしてるんじゃないかという説が出てから、彼女への不信感は増すばかりだ。
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