第7話 嫌な予感

「私より、岩坂先輩みたいな人の方が絶対モテますよ! せんぱーい、帰りによかったらご飯とか行きませんかあー!?」


 森さんが駆け寄ってきて、無邪気な笑顔で言ってくる。久保田さんが隣で頭を抱えているのが見えた。私はパソコンから視線を一旦離し、なんとか笑みを浮かべる。


「ごめんね、私まだ終わりそうにないから……」


「私待ってますよ! 色々お仕事について聞かせてください!」


 キラキラした目で誘ってくる。でも申し訳ないけれど、私はこの子と二人きりで食事をする余裕はない。


 学生の頃は私に睨まれた、と泣いていたこともあるのに、そんな先輩とご飯に行きたがる森さんも凄いと思った。


 困っていると、後ろから三田さんの声がした。


「岩坂! 新人の飲み会の幹事、俺たちに任せるって言われちゃったよ!」


 嘆くような三田さんの声がし、つい救いを求めるような視線で見てしまった。三田さんはきょとん、とした顔で私を見ている。彼は何も事情を知らないので、こんなことをしても無駄だというのに。


 そんな私を、じっと森さんが見ている。だがすぐに、三田さんに向かって明るい声で話しかけた。


「私たちの歓迎会ですか! えっと、三田さん……でしたよね」


 呼ばれると、三田さんは驚いたように目を丸くした。そして恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかむ。


「すごい、もう名前覚えたの? まだ初日じゃん」


「全員ではないんですが……歓迎会、楽しみです。どんなお店でやるんですか? お二人が幹事なんですねえ!」


「店は今から決めるよ。希望とかあれば聞くよ」


「嬉しいー! 私もお手伝いできることがあれば!」


 私を抜いて二人で盛り上がっている。そこに、誰かが言った。


「三田と岩坂コンビはそういうの得意だから、主役は任せておけばいいんだよ」


 みんなが和やかな顔で頷く。森さんが反応した。


「コンビ? コンビなんですか、お二人は」


 その質問に、私は反射的に答えた。なぜか、森さんには私が三田さんに恋心を抱いているということを勘づかれたくなかったのだ。


「あ、コンビって言っても、三田さんが私の指導係をしてくれたの、だから別に」


「息ぴったりで仲いいから、コンビにさせられることが多いんだよー! 仕事でもよく結果を出してるしねー」


 誰かがそう言った。決して嫌味やからかっている様子ではなく、温かな声で説明しているだけだった。それなのに、私はその発言がとても嫌に思って、そんな自分に嫌悪感を抱いた。いつも言われていることなのに、どうして森さんの前では言ってほしくないと感じるのだろう。


「へえー……コンビですかあ……仲いいんですねえ……」


 森さんが小さな声で独り言を言った。私はそれ以上何も言えず、ただ黙って俯いている。否定するのもおかしなことだし、どう答えていいか分からない。


 彼女は私に向き直り、微笑んで言う。


「そういうお話も聞いてみたいです! ご飯いきませんかー?」


 まだ誘ってくるのか。どうすればいいのか分からず言葉に迷っていると、遠くから声がした。


「ごめん、俺が今、岩坂さんに頼み事してるから。時間もかかると思う、また今度にしてくれるかな」


 柚木さんだった。声の方を見てみれば、彼は離れたデスクからこちらを見ていた。どこか冷たさを感じる視線のように思った。


 その言葉を聞いて、ようやく森さんが引き下がる。


「分かりましたあ。歓迎会とかあるみたいだし、楽しみにしてますね!」


「う、うん、気を付けて帰ってね」


 私に頭を下げると、森さんがようやく離れていったので、ほっと胸を撫でおろす。自然と雑談も終え、仕事がある人は仕事に、帰宅する人は帰宅の準備に戻っていった。


 脱力し、長い息を吐く。


 なんか、疲れた。


「岩坂、どうした?」


 三田さんが首を傾げて見てくる。はっとし、慌てて答えた。


「いえ! なんでもないです。お店探してみます」


「まあ、いつも使ってるところ適当に声かけてみればいいかな。俺、出欠の確認とるから」


「ありがとうございます」


 三田さんは話を切り上げると、私のそばから離れていった。だがそんな彼が、帰っていく森さんの後姿を見ていることに気が付いていた。


 ずきりと、胸が痛む。


 嫌な予感がする。いや、多分昔のトラウマが蘇っているだけ。少ししたら慣れるだろう。だって慣れないと仕方ない、これからずっと一緒に働くんだから。


 そう自分に言い聞かせながら、デスク上に置いてある卓上カレンダーを見た。私の誕生日である日曜日が、なんだかとても遠く感じた。


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