第20話

レベッセンとの対話、そして簡単な作戦を立て終えた後騎士団の執務室に戻ると

ブライアンの姿はなかった。


代わりに――――――


「仕事が早いな……あいつは……。」


執務室の机には大き目の箱が並べられていた。


その中にはバッカス侯爵の夜会に行く際に私が着る服が入っていることは知っている。


「ふぅ……あの男は私が着飾ったところで釣れないと思うんだが?」


当日、話し合いの結果私は時間稼ぎを請け負うことになった。


私を招待するという事は少なからず対話を持ちかけられるだろうというのが私とレベッセンの考えだった。


その際、その美しさを存分に見せつけろと言われ、美しさが際立つ衣装を用意したといわれたが…………


「私が女だと本能的に理解していそうなあの男が果たしてそう長く釣れるかどうか……。」


レベッセンにはできるだけ平和的に時間を稼げと言われたが、正直なところどこか静かな場所で話したいといって部屋に連れ込み、気絶させて見張っている方がいいと私は思う・


どうせバッカス侯爵は私を激昂させる材料を多数持ち合わせている。


私がうっかり気絶させてしまったとて問題はないように思うが、レベッセン曰く証拠が見つからなかったらまずいというのだ。


確かに多少面倒ではあるかもしれない。


が、誘惑なんて不慣れな事よりはよっぽど効率的に思えて、実のところあまり腑に落ちていない。


「何が腹が立つといえば変装が得意なあいつは変装して私の連れとして同行するというところだ……!いっそあいつが時間稼ぎをすればよかったものを……!」


対話における作戦で言えば間違いなくレベッセンの方が何枚も上手だ。


だが―――――――


(とはいえ、自分が動くというのは何か理由があるのだろうな。)


本来であれば私とレベッセンが逆のポジションを担当するのが自然な流れだ。


レベッセンは剣術の心得もあるが、私の方が剣術の腕は上だ。


捜索だって普段から騎士団として調査をすることもあるためヘタではない。


だがそうしない理由…………


「……嫌な予感がするのは気のせい、だと良いんだが。」


何故かひどく胸騒ぎがする。


とはいえ気にしたところでもう決まった事。


不慣れな事をするのは気が引けるがやるしかない。


と、私は重たい気持ちを引きずりながらその日の業務に臨むのだった。





「おかえりなさいませ、旦那様。」


すっかり日が落ちた頃、私はようやく屋敷に帰り着いた。


そして私の帰りを出迎え、荷物を受け取ろうとしてくれるセバスチャンに「ただいま」と話し始める。


「セバスチャン、今日のカリア殿の様子―――――――」


カリア殿の様子はどうだった。


そう聞こうとしたその時だった。


「カ、カリア様!!!それは私がっ……!!!」


「良いのいいの!少しは動かなきゃお腹もすかないんだから!」


エントランスの中央ア階段の上から賑やかな声が聞こえてくる。


するとそこには満面の笑みでジャガイモの入った籠を運んでいるカリア殿と困った様子のメアリーが現れた。


その光景を見て唖然としているとカリア……いや、リアが私に気づいた。


「あ、リン!!!」


私に気づいた瞬間、いっそう明るい笑みを浮かべてかけてくるリア。


しかし長いドレスを着た状態でジャガイモの入った籠を両腕に抱え、エントランスホールの中央階段をかけてくる。


「まっ!リア!!!手すりも持たずに階段を駆け下りたら―――――――」


危ない。


そう言おうとした瞬間だった。


まるで私が未来を察知していたかのように私が危惧していたことが現実となる。


リアは足を踏み外し、勢いよく中に投げ出された。


「リア!!!!!」


私は急ぎ駆け寄った。


そして――――――――


「ったた……あれ?でもあんまり痛く―――――――って、リン!?」


間一髪でリアを抱きとめたのだった。


「ご、ごめん!!大丈夫!?」


余りにも気が動転していてか私と二人でいるときのように飾らないリアの声色で謝罪と心配をしてくるリア。


その表情はとても見ていられないほど不安気だった。


「リア、落ち着いて。私は大丈夫ですよ。」


余りにも不安気なリアを見て私はにっこり笑みを返しながらリアの頭を撫でる。


その瞬間だった。


(…………あっ。)


私は気づいてしまった。


リア殿の表情が私が撫でた瞬間、一瞬だけだけれど異常に強張ったことに。


(…………撫でるのは駄目、か……。)


何故撫でたのか。


それを聞かれたら撫でたかったから撫でただけ。


けれどそんな私の感情でリアの表情をこわばらせてしまうとは予想していなかった。


(…………少し、距離を置いた方がよさそうだな。)


私はどうもまだリアについて理解が足りないらしい。


それとも私が無自覚なのだろうか。


彼をどうしても令嬢を扱うように扱ってしまう。


「しっかり動き、しっかり食べるのは良いことだ。だがその際、階段などには気を付けてくれ。メアリー、リアを部屋に連れて行って怪我がないか確認してやってくれ。」


「は、はい!」


階段の上から手すりを片手にメアリーが降りてくる。


そしてメアリーに連れられながらリアは俯いたまま部屋に戻っていった。


(……なんだか胸が苦しいな。)


リアと私の境遇は似ている。


互いに本来の性別で生きられない。


その苦しみや葛藤を互いに理解し合えると思っていたが……。


(やはり、”異性”なのだな……。)


境遇は同じでも根本の価値観は違うのだろう。


私は守られることが嫌いではない。


ただ、守られる場面がないだけだ。


だから守られたり、撫でられたりしたら嬉しいが……


(男心というものを勉強する必要があるな。)


ロクな先生など周りにはいなさそうだが、今度話を聞いてみるのもいいだろう。


なんて思いながら私は静かに立ち上がりセバスチャンを呼び寄せた。


「セバスチャン、しばらく書斎で寝泊まりする。簡易ベッド、そして救急箱の準備を頼む。」


「…………かしこまりました。」


セバスチャンは静かに私の言葉を聞き入れると少しは足早に救急箱のある食堂へと向かった。


そして―――――――


「まさか私が怪我をすることを予想していたとは言わないよな……レベッセン?」


私は苦笑いをしながらリアをかばった際に捻って負傷してしまった右手を見つめるのだった。

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