第14話

「ふぅ……。」


ブティックを出てご機嫌なカリア殿の隣で小さく私は息を吐いた。


(こんなにも大量に服を着せられたのは初めてだ……。)


可愛くもない男物の服なんてこだわって作りはしない。


いつも採寸してもらって、オーダーメイドを頼んでいるところのデザイナーにデザインしてもらって終わり。


本当にただただ疲れた。


だけど――――――


(カリア殿、本当にうれしそうだな。)


隣でひどく嬉しそうに、そして楽しそうに笑みを浮かべるカリア殿。


そんなカリア殿の表情を見ているとなんだか自分の今の疲れなんて忘れてしまう。


(これが恋、というものなのだろうか……。)


ずっと自分には縁がないものだと解りつつも憧れていた。


普通の令嬢のように誰かを思い、思われたい。


そんなことが叶う日が来るとは思わなかった。


(おっと、カリア殿などと呼んでいてはまた怒られるな。)


何度も何度も注意を受けてもすぐにカリア殿と呼んでしまう自分の行動に少し笑みがこぼれる。


私は幼い頃からよく優秀と言われ、よく言えば手のかからない子、悪く言えば気に掛ける必要がない子だった。


そんな私は注意されることがそうはなかった。


しいて言えば父親くらいのものだろうけれどそれもかなり古い記憶。


父がもういない今となっては私に何かを言えるのはリアだけなのかもしれない。


なんてことを少しくすぐったい気持ちになりながら思っていると突然空腹を表す音がすぐ傍から聞こえてきた。


しかもその音はなんと私の隣を歩くリアの方から聞こえてきたのだった。


「……リン、今お腹なった?」


リアは驚きながら私を指差してくる。


が、残念ながら私ではない。


私が首を振るとリアは視線を自身の腹部へと落とした。


「……今、俺のお腹が鳴ったの?」


リアは目を丸くして驚いた声をあげる。


それは令嬢の格好をしているのに公爵邸でくつろいでいる際と同じ男の子の声と口調で放たれる問いかけ。


それほどまでに驚いているという事だ。


とはいえそれも無理はないだろう。


元々食が細すぎるリアは少量の食事でも問題なく日々の空腹をしのげている。


が、そんなリアのお腹が大きな音を立てて空腹を訴えてくるのだ。


まだ出会って少しの間の私ですら驚くのにここまで食が細くなるまでとなったリアにとってはいつぶりに耳にした音なのだろうか。


「……俺の……お腹が……。」


信じられない。


そう言いたげに自分の腹部を見つめながら抑えるリア。


まるで「空腹」という感覚をすでに忘れているかのように自分の腹部を見つめる。


(……もしかして、今なら―――――)


「リア、何か食べないか?空腹ならいつもとは違うものも食べれるかもしれない。それに―――――」


私はリアに声をかけた後、あたりへと視線を向けた。


ここはひどくにぎわう露店通りで、毎日様々な料理の露店が出ている。


串肉、サンドウィッチ、カットフルーツ、菓子など様々なものがある。


そう――――――


「こほん。ここは露店がいろいろあるのでリアが食べたいと思えるものを一緒に見て回りませんか?」


空腹の今なら心の底から食べたいと思えるような食べ物を見つけられるかもしれない。


そう思いながらリアを見つめるとリアは呆然と私を見つめてきた。


でも少しするとリアは満面の笑みを浮かべ私の腕に抱き着き返答をしてきた。


「うん!」


力強く嬉しそうに放たれた言葉。


その言葉を聞いて私は嬉しくなりながらリアに露店の料理がどういう料理なのかを説明しながら歩き始めた。


リアは物珍しいのか目をキラキラさせながらどの料理も見つめている。


そしてやはり男の子だなぁと思った。


「……リア、本当にそれを食べるつもりなのか?」


何でも好きなものを食べてほしい。


そうは思っていたけど主食がほぼスープで野菜もくたくたに煮込んだものばかりの料理しか普段口にしていないリアが選んだのは串肉と肉たっぷり激辛バーガーだった。


(胃に絶対よろしくないよな、この組み合わせ……。)


空腹時にただでさえ胃が驚きかねない料理たち。


それを普段からまともな食事ができないリアが食べていいものか私はひどく頭を悩ませる。


隣でまるでレディが宝石を見るように串肉とバーガーを目をキラキラさせて見つめている。


(だ、駄目だ!こんな瞳をした人間に食べるななどと私は言えない!!!)


リアを思うならどう行動すべきか。


その答えがみつからない。


だがだからと言って近くで売っている野菜ジュースなどを買って手渡してしまったらそれで満腹になるかもしれない。


せっかくなら食べることを楽しいと思ってもらい食を太くしてほしい。


「リア、すこしだけ席を外させてもらうが私を気にせず食べていてくれ。」


私がそういうとリアは串肉とバーガーを見つめながら静かに頷いた。


(食べ物にあんな目を向けてくれているだけリアに変化が表れているという事はひどく喜ばしいな。)


婚姻の相手が事情を知る私だからこそもうこれ以上成長することを恐れなくていい。


リアさえ望むならたとえリアが男らしい外見になっても構いはしない。


令嬢としてパーティーに出られなくなっても病弱という事でパーティーは欠席させればいいだけの話だ。


だからどうか、伸び伸びと育ってくれ。


そしてその為にも――――――


「胃薬を用意してくれ。でき次第私に合図を。」


私は近くに控えている影に言葉を投げかけた。


すると影のうちの一人がすぐに動いたのが確認できる。


(とりあえず食べることに嫌悪を抱かれては困るから食べたら先に胃薬を飲んでもらおうかな。)


私はそんなことを思いながらようやく串肉にかぶりついたリアを見る。


かぶりついた瞬間は少し肝を冷やしたけどすぐに笑みを浮かべるリアに安堵する。


(おいしいみたいでよかった……。)


とはいえ、噛むのはまだ少し厳しいのか徐々に表情に疲労感が見える。


(注文時に中でも柔らかい肉を選んでもらうべきだったな……。)


なんて思いながら私は苦笑いを浮かべつつリアの元へと戻るのだった。

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