第13話

「やはりとんだ食えない狸だったか……。」


セバスチャンから不審者の報告を受けた私は第一声に大きなため息と共にそう吐きだした。


不審者は裏社会でとても有名な巨大暗殺ギルド。


手練れだけが所属する「ファントム」という組織だった。


そしてそことつながりを持てる貴族というのは相当悪事をやらかしてきている人物だけだというのを聞いたことがある。


「……しかしある意味好都合だな。ラヴェンチェスタ伯爵にはどうやってカリア殿と縁を切ってもらうか悩んでいたが、悩むまでもなさそうだ。セバスチャン、秘密裏にラヴェンチェスタ伯爵の悪事の証拠を掴め。影は二人までは自由使って構わない。」


「かしこまりました、マイ・マスター。」


セバスチャンはそういって深々と頭を下げると書斎から出ていった。


「さて、ラヴェンチェスタ伯爵はファントムとつながりが持てるなら断頭台は確実だが、バッカス侯爵はどうするか……。」


彼は良くも悪くも男好きで女嫌い。


それに限る。


(スパイを送ってみるのも悪くないか?だが……。)


男の夜まで付き合わなければならないという条件付きだとまともな人間がスパイとして用意できる気がしない。


となれば――――――


(近く、カリア殿にバッカス侯爵のことは聞いていたと訪問してみるのもありか。)


彼の望みは金銭でも家同士のつながりでもない。


単純にカリア殿だろう。


だが、カリア殿だけに入れ込んでいるというのは決してあり得ない。


(見目や体格の良い男を見ては如何わしい視線を送るような人間だった気がするからな。ま、私は本能的に気づかれているのかそんな視線を送られたことはないが――――――まぁ、なんにせよ接触してみるか。)


私は接触を決めるとバッカス侯爵の夜会への参加の意志の手紙を書き始めた。


ただ「婚約者殿は体が弱いため公爵邸より距離のあるバッカス侯爵の邸宅での催しは欠席させることに致しました。」としっかりとカリア殿の不参加を書き記して。





「う~ん……やっぱりこの色は違うと思います。」


まじまじと服と私の顔を交互に見つめながら言葉を言い放つカリア殿。


今日は非番でカリア殿とお出かけをしているのだが、近く色々な夜会に参加することを決めた私たちはまずお互いの正装を新調しに来たわけなのだが――――――


「カ、カリア殿。もうそろそろこの辺で勘弁していただけないでしょうか?」


私は着せ替え人形のごとく何十着も着せられていた。


(普段は完全オーダーメイドでこういう店離れていなくて居心地が悪い……。)


店員たちの視線はずっとこちらへと集まっている。


早く決めてくれという圧力な気がして仕方ない。


なんて思ってるとカリア殿に手の皮膚をつねられた。


「いたたた!か、カリア殿!?」


いきなり何故つねるのかわからず驚きの声をあげるとカリア殿は頬を膨らませながらこちらを見ていた。


「口調。それにカリア殿じゃなくてリア!」


「!……す、すまない。」


頬を膨らませ、人差し指を立てながら注意してくるカリア殿改めリアど……リア。


そう、敬語をやめるなら名前も愛称にしようという事になったのだ。


まぁ、そうなれば必然とリアの私を呼ぶ名前も「公爵様」じゃなくなるわけで―――――


「次やったらリンはお仕置きね。」


リアは少しいたずらっ子っぽい笑みを浮かべてそう言い放ち、私に笑いかけた。


リン。


それは随分と昔に母に呼ばれていた愛称だった。


父は私を愛称で呼ぶことはなかったからひどく懐かしい気持ちとそれとは別の温かい気持ちで胸がいっぱいになってくる。


が――――――――


「リア、そろそろ君のドレスも選ばないか?何も衣装を新調するのは私だけではないのだから。」


可愛い顔に流されたりはしない。


私は話方と名前を注意される前の話題に話を戻す。


するとリアは少し沈んだ顔を見せた。


「……別にいい。だって既製品のドレスはどれも似合わないから……。」


ドレスなんて着たくない。


そんな意志表示なのだろうか。


なんてことを思っているとブティックのドレスたちに目が行く。


どれもこれも胸元が大きく空いたデザインのものばかりだ。


(そういえば最近令嬢たちで流行ってるタイプって胸元の露出の多いドレスだったか……。)


確かに男性であるカリア殿には胸があるはずもなく似合うように着こなすのは難しいデザインの者ばかりだ。


ブティックへ行こうと言ったら意外と喜んでいたので驚いていたけど、どうも私の衣装選びが楽しみだったようだ。


「……カリア殿、どうか私に任せていただけないだろうか。もし許していただけるのなら私があなたに似合うドレスを必ず用意してみましょう。」


私はカリア殿の手を取り跪いた状態でカリア殿に語り掛ける。


カリア殿は一瞬驚いた表情を見せるも、その後嬉しそうに笑った。


「うん、任せる。でもお仕置きはちゃんと受けてね。」


「―――――――あ。」


満面の笑みから繰り出される私のやらかしの指摘。


(は、早くなれないといけないな……。)


愛称と敬語を使わないという事を徹底しなければと再度自分に言い聞かせるのであった。

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