そこに無ければ、無いですね

うさだるま

そこになければないですね。

 空っぽだった。何度覗いても箱の中身は見当たらなかった。昔見た時は沢山物が入ってたはずなのに。俺はこの中身が欲しくてここまできたはずなのに。

 

「すみません。店員さん。」

 

 パタパタと足音を立てて、店員がやってくる。

 細身で髭面の中年男性だ。


「はい。どうしましたか?」

「ここにあった物ってどこに行きましたか?」

「あぁ…それですか。私は触ってないので、そうですね。そこになければないとしか言えないですね」

「え?でも昔ここに確かにあったんですよ?」

「でも」店員は呆れたように言う「実際にないんですから、どうしようもありませんよ。」


 店員はそう言って踵を返して、元いた場所に戻っていく。

 俺はガッカリした。ひどく落胆した。最近、何やっても上手くいかず、元気すら湧かない日々を過ごしていたのだが、そんな時に思い出したのが幼い頃に見た、この箱だったのだ。記憶の中の箱の中身は煌めく宝石がいくつか入っていて、どれを手に取っても美しい輝きを放っていた。触れていると何処か心地よいような気持ちになれた。

 鬱屈した俺にはそれを思い出すたびに、今の俺を引っ張りあげる力があるはずだ。初心を思い出してやり直すには、再び箱の中身を取って見ることが必要なんだ。とそう思わずにはいられないのだった。

 そんな事を考えていると、カランコロンコローンとドアベルが鳴った。

 入り口を見ると10代かそこらの若い女が立っている。

 メガネをかけて、大人しめな格好に身を包んだ、所謂図書委員っぽい女だ。

 女は店に入ってくるなり、口頭一番に「アレを見せて下さい!」そう言った。


「店員さん。アレ、見せてもらえますか?」


 店員は女に気づいたようで、近づいていく。


「ああ、お待ちしておりましたよ。少々お待ち下さい。」


 そう言うと店員は再びパタパタと足音を立てて俺の前に来るのだった。


「…どうかしましたか?」

「すみませんが、他のお客様がいらっしゃったので、その箱を渡してくれませんか?」

「…はあ。分かりました。」


 こんな中身の入っていない箱に価値なんてないだろう。俺はスンナリ店員に箱を渡した。

 店員はパタパタと戻っていく。


「はい。お待たせ致しました。こちらで間違いありませんね?」


 店員はそのまま女に箱を差し出した。

 それなのに、女は喜んで跳ねている。頭がおかしい子なのだろうか?

 箱の中は見えないが、店員は何もしていないはずだ。中には何も入っていないのだ。


「そう!これです!これが見たかったんです!」


 だが、女が発した言葉に俺は目の色を変えた。

 これが見たかっただと?彼女の目には何が映っているんだ?まさか、店員が何かをやりやがったのか?こんな薄汚れたオッサンをいじめて遊ぼうなんて趣味が悪いじゃねぇか。

 俺は箱を覗くように近づいていく。

 そして、気づいた。

 箱の中に俺が見たかった宝石が輝きながら、何個も転がっていることに。

 これだ。これが見たかったんだ!


「そ、それ!俺に一つくれないか?!どうしても欲しいんだ!」


 俺は叫ぶように懇願する。

 しかし、女には届かない。


「…すみません。これは私の物なので。」

「いいじゃないか!そんなにあるんだから!なぁ?!いいだろう?なあ!」

「どんなに欲しくてもあげられません!貴方も自分の物を見れば、いいじゃないですか。」


 そう言って女は宝石の入ったままの箱を置いて、足早に店を出て行ってしまった。


「ありがとうございましたー。」


 女が店を出ていくのを見てから、店員は宝石の入った箱を持っていこうとする。

 ダメだ。それは俺のだ。

 俺は店員に掴みかかり箱を奪いとる。


「な、何をするんですか!お客様!」

「うるさい!よこせ!」


 しかし、箱の中身は空っぽだった。


「ハァ…」店員がため息をついて言う。「何度覗いたって変わりませんよ。私が何かをしているわけでもありません」

「嘘だ!」

「嘘じゃありませんよ。その証拠に、ほら。」


 店員は俺から箱を取り、中身を見せてきた。

 箱の中にはいくつかの宝石が転がっている。


「で、見てて下さいね。このまま貴方に渡しますから。ほら。」


 箱の中の宝石は俺が受け取った瞬間に塵になって、消えていってしまう。


「なんで、なんで俺だけ!」

「なんでって、そりゃないでしょう。貴方の所為なんですもの。」

「は?」俺は店員に食ってかかる。「俺のせい?どういう事だよ!」

「じゃあ、説明しましょうか。この箱の中身は、箱を持っている人の積み上げてきた事が、そのまま綺麗な宝石として、現れるという不思議な箱なんですよ。」


 店員はニヤッとして続ける。


「例えば、美しさだとか、実績だとか、誰かに賞賛された事だとか、自信なんかもいいですね。そういうものが宝石として形をなすのです。別に、積み上げてきた物でなくても、夢や希望なんかも宝石になるみたいですけどね。」

「うるさい、うるさい、うるさいうるさい!俺にだってあるはずなんだ!」

「無いなんて人、初めて見ましたよ。あなた一体今日まで、何して生きてきたんですか?」

「黙れ!あるんだ!俺だって!俺だって!!!」


 俺は箱を何度もひっくり返す。しかし、何も出てこない。


「だから言ったでしょ?お客様。そこになければないんですって。」

 

 

 

 

 

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そこに無ければ、無いですね うさだるま @usagi3hop2step1janp

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