第5話 審問:2

 思い込みと勘違いとしか思えない事を散々述べておいて、「私は間違っているかね?」だと?いやいや、合っている事の方が少ないだろ。報告書とやらが自分の未来にどのような影響を及ぼすかは分からないが、そんな適当な感じでやられてはろくな事にならないだろう。ここはしっかりと反論するべきだとリョウは考えた。


「お言葉ですが、信書の守秘義務もありますし、毎日何千という数を扱っているので内容を見たとしても覚えきれません。敵とか居ませんし、首を刎ねられるとかはもう100年以上ないですし、配達と言う……」


 局員の実態についても熱く語ろうとするリョウを遮ってアマネウスは鼻で笑った。


「ふん、細かい事はどうでも良い。お前が今言ったのは自分に知識もスキルも何もない、という事だ」


 反論しようと喋りかけたリョウを、アマネウスは眼前に人差し指を突きつけて黙らせる。


「次にお前が言おうとしてる事を当ててやろう。自分の世界にはあんな物やこんな物、あんな事やこんな事がある、と。それらに関する知識は聞かなくて良いのか、と」


 見透かされた感じがしてリョウは一瞬たじろいだが、言われっぱなしで終わらせては会話も終了、報告書には好き勝手書かれてしまうままだ。


「そうです、自分の世界……」

 リョウは一瞬言葉に詰まる。

「自分の世界には様々な技術があります。例えば、この壁の松明。煙も出るし、点火したり、消したりするのも結構な手間ですが、我々は電気の力で明かりを灯しています。空を飛ぶ乗り物だってあるし、離れた人と瞬時に連絡をとる機械だってありますし、普段から使っている物なので絶対に有用な知識です」


 首を横に振ってため息をつくと、アマネウスは向き直って再び歩き出した。


「違う世界に何があるのかを知った所で何の役にも立たんよ。これまでに何匹のダエモンが自分たちの世界が如何に優れているのか、如何に自分が役に立つのかを力説したと思うね?答えなくて良い。何百、いや、何千だ。だが実際はどうだ?我々よりも優れた技術を持っていると言い張るだけで、いざそれらを作って見せろと、実際にやらせてみて成功した試しはない。お前は違うのか?空を飛ぶ乗り物、と言っていたが、お前にそれを作れるのか?」


 そう言われると確かに、普段から使っている物ほど実は原理を良く分かっていないなとリョウは思った。アマネウスについて行きながら考え込む。ジャンボジェットを自分で作れるかと聞かれれば無理だと答えるしかない。しかし、パラグライダーのような物ならどうだろう?骨組みと何かの布、空気を逃がさないように目の細かいやつ、ゴムに浸したやつとかがあれば、それなら作れるのではないか?ここはハッタリでも、何でも良いから「自分はできる」と答えるべきか?自分に作れそうな物を何か挙げるべきなのか?悩み始めたリョウの沈黙を答えと受け取ったのだろう、アマネウスが言葉を続ける。


「そうだろうとも。再現が出来ないのだよ。自分でも出来ないと分かっていながら、それでもしつこく挑戦をしたがる者もいる。ハッタリでも何でも良いから、とにかく己の境遇を良くして、後の事は考えない」


 突然アマネウスが立ち止まると一瞬リョウの方を見て、視線を後ろ手に縛られた腕に落とすと顔をしかめた。


「ガズンを食堂に行かせたのは失敗だったか。やれやれ」、などとブツブツ呟きながらすぐ横の扉を外側に押して開ける。ダエモンのために扉を開けている格好になっているのが気に入らないのかも知れない。あまり機嫌を損ねても仕方がないのでリョウは急いで後について行く。


 扉を抜けた先に待っていたのは円形のホール。天井が高く、上の方に設置されている数々の窓から日の光が差し込んでいて明るい。壁には何かの戦いを描いたタペストリーが大量に飾られている。タペストリーと言えば、リョウは中世ヨーロッパの物と言うイメージを持っていたので、描かれている人たちが鎧に身を包み、剣や槍などの武器を携えているのは気にならなった。リョウが気になったのは所々に描かれている、そう、化け物としか形容できない、大小様々な異形の姿。果たしてこれが危険度の高いダエモンと言う奴なのか?誰が誰と戦っているのかが非常に分かりにくい構成のタペストリーばかりであった。人間がダエモンを相手に戦っているのか、ダエモンと共に戦っているのか、バトルロワイヤルなのかはさっぱり分からなかった。


 キョロキョロしだしたリョウを尻目にアマネウスは無人のホールを横切り、ひときわ頑丈そうな一枚の扉の前に立っていた。鞄の中をまさぐると紙の束を取り出して急いで何かを探し始める。ホールには他に誰も居なかったのでリョウはもっと良く見ようとタペストリーに近づいたが、後ろからアマネウスに呼ばれて仕方なく彼の元へと急いだ。


「うむ、これだな」


 何枚かの紙を手にしたアマネウスはそう言うと扉を押して中へと入っていく。後について扉をくぐるとリョウは審問を受けたのと同じような雰囲気の小部屋に出た。質素な机に椅子、反対側の壁にまた扉。机にはやはり蝋燭と紙の束などがあり、椅子には男が一人腰かけている。服装もアマネウスの着ている緩やかな全身を覆うローブと同じで、違いは肘の所にパッチが縫い付けられていることくらい。


「374号バッチのダエモンだ。引き渡し書と簡易報告書、識別情報はこっちだ。受領書に判を押したまえ」


 そう言いながらアマネウスは手に持っていた紙を机に並べていく。椅子の男は右手の人差し指で自分の心臓の辺りに円を描くと無言で書類に目を通し始めた。何かを確認しては横に積んである巨大な本に少し書き込む。裸にひん剥かれて、年齢や氏名を聞かれただけなのにもうこんなに自分の書類があるのか。お役所な、とても慣れた香りがする風景だ。リョウは郵便課に書留を返納する時のような感覚すら覚えた。


 確認が終わったようで、椅子の男が本の陰から木彫りの角印を取り出して書類に押し始めた。紙の一枚は半分に割いてアマネウスに手渡される。ボウっとそれを眺めていたリョウはふと、これで奥から「ダエモンの数が合いません!」なんて声が聞こえたらもう、うちの郵便課まんまだと思った。本当にここが異世界なのがいまだにしっくりこない。見慣れた風景と見慣れない場所、服装。耳慣れない音なのに意味が分かる言葉に、淡々と仕事をこなす人たち。ガズンに散々殴られたところの痛みと縛られた腕、裸足から感じる床の冷たさが無ければやっぱりドッキリだと思いたくもなる。


 渡された紙を鞄にしまいながら出て行こうとしたアマネウスが扉の所で足を止めて振り返る。


「リオとやら、もう会う事は無いだろうが一つ忠告をしておく。私は報告書にこう書いた、無能だが馬鹿ではない、と。お前がこれからどうなるかは知らないが、一つ覚えておけ」


 アマネウスの人差し指がリョウの額を指す。


「お前が何かやらかすと良好な一次評価を下した私に影が落ちる。そうなった時、私は全力でお前の残りの人生が出来るだけ長く続き、出来るだけ苦痛に満たされたものとなるよう手を尽くす。それだけの暇もコネもある。野戦尋問の練習台で済むと思うな。内務省の特化研修生たちも常に練習台不足に悩ませれているのだよ」


 内務省やら野戦尋問やら、リョウには何の事だかさっぱり分からなかったが、突き刺すようなアマネウスの目には妙な迫力があった。やらかすと後悔する、それだけは分かった。


「やらかすと言うのは何も脱走を図るとか、人間を襲うとか、そんな事だけではない。出来もしない約束をして果たさないのもそうだ。私はお前の大人しさと若さに免じて馬鹿ではないと評価した。私の信頼を裏切るなよ?引き渡し後にお前の名前が私の耳に入らないように尽力せよ。以上だ」


 言いたかった事だけを言い残してアマネウスは去った。素直に答えれば食べ物をくれると言う話がどうなったのかも気になったが、腕を解いてもらえるのか、傷の手当てが出来るのかもリョウの中では重要な懸念材料であった。一度どこかに座り込んでゆっくりとここまでを整理したかったし、手洗いを求める自然の呼び声も聞こえ始めていた。先のホールにあったタペストリーのような面白そうな物が見当たらなかったので、リョウが椅子の男の方を見ると無言で見つめ返された。視線を外すと何だか負けた気分になるので、リョウもさらに見つめ返す。初恋の恋人ごっこに興じる、そんな二人の間の沈黙が重さと圧迫感を帯び始めた頃、奥から金属音を響かせながら大男が部屋に入ってきた。

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