最近の日本人は日本語が読めないらしい

駒野沙月

 最近の日本人って、日本語読めないのかしら?


 『家庭ごみの持ち込み禁止』って書いてあるごみ箱に、平気でお弁当の殻とかペットボトルとかを捨てていくし。

 『お酒は20歳から』って書いてあるのに、「みんな飲んでるよ」とかなんとか言って、未成年にお酒を飲ませようとする大人はいるし。

 電車のドアが閉まる直前になって、大慌てで乗り込んでくる客もいる。…『駆け込み乗車はおやめください』って注意書きが、すぐ隣に貼ってあるのにね。


 もちろん、みんながみんなそうだとは言わない。私が意識していないだけで、それらをちゃんと真面目に、素直に守っている人だって沢山いるとは思う。ただ、それらを平気で無視していくような人も、この国には決して少なくない。そう思うのは、私だけかしら。

 張り紙も注意書きも、そういう人たちには「ただの記号」としてしか見えていないのかも。私たちが普段使っているのと同じ言語なのに、勿体ない。


 そんなヘイト高めな思考と共に、私はシャベルを握る手を動かしていた。"これ"は早く終わらせてしまわなければならないから。こんなこと、日を跨いでまでやっていたくはないし。

 ざくり、ざくり、と土を掘る私の頭に、手のひらに、淡いピンクの花びらはひらひらと舞い落ちてくる。そこだけ見れば綺麗だし、きっと風情ある光景なんだろうけど…正直少しうざったい。一体どこにこんなについているの、と言いたくなる量の花びらに、いつか埋もれてしまいそうだ。


 降り注ぐ花びらを振り払いつつも、私は桜の木の下に穴を掘っていく。人一人がすっぽり収まりそうなくらいまで掘り進めた頃、ふと、シャベルの先に何かがコツンと当たる感触があった。

 周りの土をどかしてみれば、そこには頭蓋骨がひとつ。これは、どう見ても人間のそれね。


 …ほら、これもそう。

 ここに来るまでに看板があったの、見てないのかしら。いつから立てられているかは知らないけど、結構古いらしい看板に書いてあったじゃないの。



『桜の木の下に死体を埋めないでください』、って。



 …もしかして、ここの管理人さんはあの文豪がお好きなのかしら。よくよく考えてみれば変な看板だけど、まあ、そんなことはどうでもいいわ。

 結局この看板も、さして意味を成していないのね。残念。


◇◇◇


 少々苦労しつつも、私はどうにか"それ"をやり終えた。ほっと息をつきながらも自分の姿を見下ろせば、服も手もすっかり泥と桜の花びらだらけ。これは、早くお風呂に入ってしまいたい。

 さあ、帰ろう。最後にもう一度だけ桜の木を見上げてから、私はその場所を後にする。もうこんな場所を訪れることもないだろうと、そう願って。


 …そういえば。


 その途中、あと数分で自宅に帰り着くという辺りで、夜道を進んでいた私はひとつ思い出したのだった。

 道理で、今日見つけたあの骨とあの光景に不思議と既視感があった訳だ。静かな夜道で、私は一人で納得していたのである。



 ─あの骨も、以前私があそこに埋めた奴だった、ということを。



 どういう訳か、今の今まですっかり忘れていた。

 またきっと、忘れちゃうんだろうけど。

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