第3話 二日酔いの特効薬

「今日も地球は曇ってますね」


「今日も空は青いね三國さん」


「田辺さんには青く見える空が、私には曇って見えます。人生って不思議なものですね……」



哀愁漂う雰囲気で煙草に火をつける三國さんは顔を斜め45度に傾け、これが最後になるかもしれない一本の煙草を味わうぐらいの雰囲気を醸し出す。



「なんかあったの?」



早く訳を聞いて来いという視線がビンビンにこちらに飛んでくるので問いかけることにした。



「聞いてくださいー」



その一言でスイッチが切れたのか、哀愁を決め込んでいた三國さんは一転して地面に崩れ落ちそうな程に肩を下ろして訳を話し出した。



「昨日、職場の飲み会だったんです」



ほう。



……。


……?


以上?



「え、なんとか言って下さいよ?」


「いや、話が続くのかと」


「ほんの少しの材料でありとあらゆる事象の解へとつなげるで有名な田辺さんがあの発言で理解できなかったんですか?」


「俺はどこかの名探偵なの?」


「ガン見すればワイシャツの奥の下着まで見通せるって豪語してたじゃないですか」


「超能力者のほうでしたか……って、そんなことは言ってないから」


「うはうはですなー」



そんな超能力はこちらから全力で頼み込んで欲しいものだ。



「まあ、いわゆる二日酔いってわけです」


「あーそうなのね」


「すさまじく軽いリアクションですけど、二日酔いがどれだけきついかわかってますか??」


「まあ経験はあるからわかるけど。午後には楽になってるよ」


「今。今すぐに楽になりたいんですよ」


「自業自得です」



大人なんだから自己管理はしっかりしなさい。



……大人だから二日酔いになるんだけどね。



「こないだ煙草とコーヒーの話をしたじゃないですか」


「しましたね」


「二日酔いには何なんでしょう」


「二日酔いのときに嗜むもの?」


「そんなわけないじゃないですか。二日酔い時間を楽しむとはドMの田辺さんぐらいですよ」


「おい」




「二日酔いを改善する食べ物とか飲み物の話ですよー」



知ってた。


つい、ふざけてみたくなる、そんなお年頃なのだ。



「しじみ汁とかよく言うよね」


「あーよく聞きますね。でもあんなちっちゃい貝にこの難病をよくするくらいの絶大な効果ほんとにあるんですかね?」



「オルニチンという成分がしじみには含まれていてな」



今日は俺が賢い感。



「それが肝機能を向上させる効果があるんだよ。アルコールを分解するときにできる毒素をこれが分解してくれる。だからアルコールの分解+それによって発生する毒素を解決するという意外と理にかなった対処だったりするのよ」



「へえーなんか田辺さんがかっこよく見えてきました」



スマホをちらちら見ながら話してるのは二日酔いの三國さんにはばれていなかったらしい。



「じゃあこれから毎朝私にしじみ汁を作ってください」


「……どれからツッコめばいいの?」



プロポーズらしき発言なのか、普通は男性がプロポーズのときに言う昭和ながらの台詞だろうと言うべきなのか、毎日二日酔いになるつもりなのかよとか。


ツッコミ箇所が多くて脳の中に毒素が溜まった気がする。



「突っ込むって……それはまだ早いですって」



勝手に照れないで欲しい。



「子供は何人欲しいですか?」


「一人でいいかな」



「ツッコミ足りなくないですか?」



ほんとに何を言ってるの。



「しじみ汁が有効なのはとりあえずわかりました。でも今手元にその特効薬がありません。そこで、今あるもので特効薬になり得そうなものがあるので試してみませんか?」



なぜ疑問系なんだろうか。



「特効薬は田辺さんです」


「え、なんで俺なの?」



「さっきのかっこいい田辺さんを見てひらめいたんですけど、女の子がぐっとくるようなあまーい台詞をかっこいい田辺さんがかわいい私の耳元で囁いたらたぶん一気に回復すると思うんですよ」


「あ、ごめんもう一本吸い終わるからそんな時間ないわ」



「いやまだ残ってます。いつもより残ってます」



ばれた。



「台詞はどうしますかねー……『どこにキスして欲しい?』なんてのはどうでしょう??」



なにやら一人で盛り上がっている様子の三國さん。




「さっ、どうぞ!!」



左耳をこちらに向けて待機中の三國さん。


どうやら俺が三國さんご所望の台詞を囁くのを待っているらしい。


いや、絶対言わないよ?



ちょうど先ほどまで吸いかけだった煙草の火が手元のフィルターぎりぎりまで伸びていた。


一服は終わり。



目を瞑って今か今かと待ち望む三國さんにばれないように吸殻を灰皿に入れた。




「言うかよ、ばーか」



耳元でそう囁いてから喫煙所を後にした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

喫煙所の女の子と仲良くなった。 @iruma-lk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ