第一章15 兄妹愛


 濡かるんだ地面。固い地面とは違い、雨で泥の成分が強く、顕著に働いている地面模様は、足を前に出すだけでも一苦労とし、進行を遅らせる。


 ただ足を前に出すだけの動作。ただ歩くだけの行為ですら、平常時と比べて体力の低下に繋がり、自然と呼吸は乱れて肩で呼吸を繰り返し、現在の荒い呼吸へとも至る。


 取り巻く環境が有事を引き起こし、続いて肉体の麻痺を呼び起こす。足取りは重くなり、視界もぼやける。疲労感とも眠気ともとれる不可思議な感慨に陥りながらも、シェーレとレルは両足を前に、交互に足並みをそろえて進んでいく。


 ――それぞれの肩。シェーレは左肩に、レルは右肩に、ラルズという負傷者を背負いながら。


 取り残すことを選択せず、シェーレとレルの二人は、兄であるラルズを放っておくことは絶対にしない。初めは見捨てて欲しいと懇願していたラルズも、今では口を閉じ、黙って二人の行く末に身を任せている。


 ラルズには既に手足の感覚は無い。左目はずっと光を失い、力なくぶらさがっているような状態。傍から見れば、遺体を運んでいるように見えるだろう。


 負傷した戦士を、家族の元へと運んでいる途中のような、思い出を繋げるための、生きた証を確かな形として残す、大きな誇りを抱いた死者への手向け。


「――兄さん、大丈夫ですか?」


「兄貴。声、聞こえてる?」


「・・・・うん、生きてるよ」


 再び出発を開始して、三十分近くは経過しただろうか。時折、定期的にシェーレとレルは、こんな風に声をかけてラルズの安否を確認し続けていた。


 大丈夫――というのは即ち、生きているかどうか。存命か、死亡か。それほど、ラルズの肉体の中にある魂は、今も摩耗しきって消滅しそうになっている。


 ・・いつまで、この会話は続いていくのか、続いてくれるのか。それは個人の意思や想いどうこうの話ではない。干渉不可能な、命の神の戯れ。


 生存確認と銘打って繰り返される、妹から兄に向けての命の呼びかけ。この会話が繰り返されること自体が、そのままラルズの存命具合を表してくれている。しかし、


 命の鳴動は、今に事切れてしまう瀬戸際。兄と妹の会話ですら、今にも途切れてしまうかもしれない。


 ――そして、声が途切れてしまえば、それがその時だ。


 会話を引き延ばして時間を稼いだり、注意を逸らしたりするような類とは違う。賢い大人たちが行うような、会話術や話術とは違って、時間的猶予は勿論のこと、生命活動の延長など不可能だ。


 そんな中でも、会話を続けていないと不安に襲われる。途切れてしまえば、その瞬間に零れ落ちてしまう。落ち着かなくて、声にすることで、会話に繋げることで、そのときが訪れるのを回避するように、目を背け続ける。


「兄貴、聞こえる?」


「兄さん。声、届いてますか?」


「・・うん、大丈夫……」


 子供の我が儘……かもしれない。


 それでも、燃料には足り得るかもしれない。シェーレとレルにとっては、足を動かす起爆剤。ラルズにとっては、生命活動の終わりを迎える寸前の、現実逃避交じりの延命措置。


 そんなか細いものに縋っても、仕方が無いと言い訳させてほしい。そうでもしないと、心が折れてしまう。


 命を捨てずに、生きようと思える強い原動力。その源が残り続ける限り、ラルズたちはまだ――、


「――あ……」


 不意の吐息。俯いて覇気を失いつつある様子のラルズは、支えてくれていたシェーレの声に意識を奪われた。


 能動的な吐息とは別の、受動的な吐息。雨音に揉み消されそうなぐらい小さい代物。力なき弱い呼吸を真似るように、レルもシェーレの後に続いて吐息を漏らした。


 二人の吐息の意味を確認しようと、ラルズは俯き気味の顔を持ち上げ、世界を目視できる右目だけで正面を見る。


「・・崖、だね……」


 小さな息の正体。口にした通り、切り立った崖がラルズたちの目の前に。近場まで足を運ばずとも、道が続いていないことと、かなりの高さであることは明白。端的に言い表せば、行き止まりだ。


「道、間違えちゃったみたいだね……」


 川辺を超え、魔獣たちに警戒しながら、ラルズたちは森の出口を目指して進んでいた。川から大分流されたとはいえ、依然森の中であるために、魔獣の脅威は蔓延りつつある現状。何一つとして、油断はできなかった。


 大きな道に出たところ、記憶が道を示してくれると考えていたラルズたちであったが、そこに僅かな誤算が生じた。体力の疲弊と悪天候による景色の変動。これらが悪い要因として働いていた。


「ごめん、兄貴。あたしたち、道を――」


「嘆いても仕方ないよ。違う道に出たことに関しては、切り替えよう」


 慣れ親しんだ森という名の庭。その庭においても、ふとした注意の散漫具合で記憶に行き違いが生じても可笑しくはない。森という自然環境下であるゆえ、迷うのは自然の付き物であり、必然ともいえる。そこに年月という経験値が存在していても、必ずしも迷わないという保証はないぐらいに、森という場所は人を惑わせる。


 現に、ラルズたち目の前には崖が待ち構えており、それは道の選択を間違えてしまったという事実に他ならない。


「・・どこで間違えたかはわからないけど、そこまで大きく道は外れていないと思う。今から引き返して、別の道を進もう」


「はい」


「わかった!」


 崖の深さはかなりなものだ。落ちれば一たまりも無く、命の心配など逆の意味で必要ないだろう。


 登山やロッククライムに覚えがある者ならば、上手く岩肌に身体を預け、巧みに手と足を操れば降りられない訳でもないと思う。が、雨で滑りやすくなっているのに加え、道具も無しに下るのはリスクが高すぎる。


 無論、ラルズたちは肉体を鍛えてなければ体力もない。六・七歳の子供の身で、鍛錬も行わず事前準備も無い。ましてや、補助具も無しに崖下りなど無謀以外の何物でもない。


 滑落すればそこでお終いで、完全な行き止まり。それが目の前にある崖が意味するところ。


「戻りましょう。あともう少しのはずですし、それまで頑張って――」


 道を引き返そうと、シェーレは上体を引き上げて支えを構え直す仕草を行う。その途中で――、


「・・・・ぁ」


 その吐息は、先の崖を目にしたときの吐息とは、まるで別の吐息。息から感じられる感情の類には、明確な意志が孕まれている。・・絶望という感情が、確かに。


「・・う、そ……」


 嘆き、悲観、各々が抱く情緒の波。ラルズ、シェーレ、レルの三人、どれにも共通して言えるのは、目の前の景色を、信じられないこと。否、信じたくないという感情が一番に表れているということだけ。


 ・・時間が――運命が、来てしまった。


 命に告げられた、宣告の刻。時間の到来は、ラルズの肉体的事情を指すものではなく、もっと明確な、終わりを意味する時間の到来。つまりそれは、


「――ッ……」


 地をかけて獲物を付け狙う、四足歩行の捕食者集団。ラルズたちが通って来た道の後ろから、ゾロゾロと馳せ参じてきた、見覚えのある紫黒色の魔獣たち。


 黄色い双眸が夜の時間帯でも有利に働き、相手に捕食者としての威厳を眼で訴える。獲物を狩る狩人ならぬ、狩獣としての存在主張。隠れるには些か瞳の色が邪魔をするその眼光。が、相手に存在を認知させてしまう黄色い眼も、獲物を簡単に屠れる力量差の間では、無縁の輝きであろう。


「そん、な……」


 ラルズたちを追いかけていた、純獣姿の狼魔獣たち。変わらない獰猛さが姿かたちから伝わり、その数は正しく大群。川まで迫ってきていた数に比べ、更に群れを形成。二十近くの数からなる、小規模の軍隊として現れた。


 仲間……なのだろうか。森に生息する仲間たちに、連絡でも回して捜索範囲を広げていたのか。種ごとに育まれてきた、知識や知恵があるということの恐ろしさ。それを、ラルズたちは身を持って味わっている最中だ。


「・・たかだか、小さな子供三人だけなのに……」


 憎み言を呟きたくなるのもそうだろう。こっちは小さな子供三人だけ。そんな子供たちを、魔獣たち総出で追いかけてくるなど、大人気ないならぬ、魔獣気ない。しかし、


「獲物としての価値は、一律なのかな……」


 こと大人も子供も、魔獣にとってはさしたる有無はないのかもしれない。生きた人間、新鮮な肉。獲物としての価値に関して言えば、等しく価値は高まっており、均一な代物なのかもしれない。


 ・・そんな考えも、今更必要ない……か。


 ――正面には、魔獣。背後は、崖。・・もう、これは……


 誰が見ても、顛末が窺える。秒読み必至の、命の行く末。それは、この瞬間に確定してしまったのだ。


 恐れていた、最悪の事態。それが、目の前に広がっていた。そして――、


「――ッ!」


 ――命を両断する、死神のお出まし。


 見た目は先んじて姿を見せた魔獣たちと酷似しているが、一際異彩を放つ大型の魔獣。四足歩行型の子分とは違い、人間のように二足歩行の体躯をして軍団を使役する、魔獣たちの頭目。


 二メートル近くは確実にあり、且つ筋肉質の巨躯。力強さに長けた四肢の躍動ぶりと、手には対峙した獲物を仕留めるための、鉄製の斧。振り回せば、巨躯から迸る膂力と斧の切れ味が重なり、巨木すらも一刀両断してしまいかねない破壊者。


 ラルズたちが初めて目にした、魔獣という生命。その存在と、再び運命は巡り合わせた。


 ――命に別れを告げる、時間が近付く……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ・・終わった。


 完全に包囲されたラルズたち。正面、来た道からは大量の魔獣。背後には降りることのできない、崖。・・完全に、詰みの場面と化している。


「――ッ」


 黄色い眼光を更に細め、威圧感を強めて獲物を雁字搦めにする。あれこれと逃げ道を模索したが、もうこれ以上逃げ場は無いのだと、本能に告げるようにして、魔獣たちはラルズたちの方へ、じりじりと歩み寄ってきた。


「はぁ、はぁ……っ」


 距離感の保持。魔獣が近付くのに比例して、ラルズたちも後ろへと下がっていく。前を進む魔獣たちのテリトリーが徐々に広がっていき、反対にラルズたちのテリトリーは徐々に狭まっていく。


「兄、さん……」


「兄貴……」


「・・・・・・」


 ――もう、どうすることもできない。


 完全に袋のネズミ。追い込まれ、解決策など何も浮かばない。この後の光景など、容易に想像がついてしまう。


 魔獣に捕まり、牙と爪で肉を抉られ、先んじてその被害に遭っていた、ラッセルと同じような目に遭うことなど、想像に難くない。


 無残な肉の成れの果て。人としての原型など失われ、形を失う最中に、肉体から魂は消失して、還らぬ人と成り果てる未来。


「・・シェーレ、レル……」


 ――二人だけでも、ここから助けてあげたい。想像できる残酷な結末から、シェーレとレルだけでも、救い出してあげたい。なのに、


「ごめ、んね……っ」


「兄さん……」「兄貴……」


「ごめん……っ。ごめん、ねぇ……っ。結局、俺は何も――っ」


 何が兄さんだ。何が兄貴だ。何が……兄だ。


「何も、何も助けてあげられない……っ。自分一人ならまだしも、あまつさえ、シェーレとレルの二人まで、こんなっ!」


 自分で自分が嫌いになる。嫌悪し、鏡があればその鏡面を自分に見立ててぶん殴りたくなってしまう。


「何も救えなかった……っ。何も、助けてあげられなかった……っ!」


 シェーレとレルが産まれた日。誓った。誓ったはずなのだ。


 俺が二人をと――。


 両親を失ったあの日。誓った。誓い直したはずなのだ。


 俺が二人をと――。


 二つの誓いを、ラルズは何も果たせなかった。誓いに対する不祥事が、ラルズの目の前に広がっている、確かな答えだ。


「シェーレの兄さんなのに……レルの兄貴なのに、二人の【兄】は……何も護れないっ!!」


 兄さんとは、何だ? 兄貴とは、何だ? 兄って……何なんだ?


 誓いも、約束も、何一つとして護れない。逆に、何をお前は護ったんだよっ。


「シェーレ、レル……っ。本当に、ごめんっ――っ……!」


 謝って済む問題じゃない。兄とは至極命題、命を賭して、迫る脅威から妹を護る存在であると、兄妹になった時点で刻み込まれている。


 それがお兄ちゃんとしての――ラルズという人間証明なのだ。


 その証明も、ラルズには叶えられない。


 一生恨まれても仕方がない。一生憎まれても仕方がない。望まれれば、一生ラルズは苦しむ覚悟がある。それくらいでしか、ラルズはシェーレとレルに捧げられない。


 二人の命を護り抜けず冒涜した、命に対しての鎮魂。それすらも――、


「俺がもっと強かったら……。俺がもっと賢かったら……。俺がもっと――兄だったら……っ」


 こんな目に遭わせずに済んだ。ラッセルからの脅威も、魔獣の毒牙も、全部跳ね除けてあげられたのに、ラルズは無力でちっぽけで、大事なもの一つすらも護れない。


「・・こんな兄で、本当に――」


「兄さん」「兄貴」


 懺悔を繰り返すラルズ。その耳元で、ひどく甘い呼び声が鼓膜を叩いた。


「シェーレ……? レル……?」


 顔を見れば、二人とも怯えや恐怖といった感情が見当たらない。どころか、こんな情けなさ全開のラルズに対して、恨みや憎しみといった黒い感情が、欠片も。


 責められるべき存在なのだ。何一つとして成し遂げず、誓いも遵守することもできない、愚か者。愚者と銘打たれるに足る、矮小な命。それが……ラルズという名を模した、不出来な魂の有り体だ。


「座りましょう、兄さん」


「ほら兄貴、座って座って」


「――え?」


 後ろに下がり、もう崖まで数歩の距離。これ以上後ろには下がれず、文字通り絶体絶命。そんな中で、シェーレとレルはゆっくりと、まるで憩いの場にくつろぐようにして、その場に座り始めた。


 諦めの境地、それは紛れもない事実だ。足を止め、抵抗する気概も見せないラルズたちを、魔獣たちも瞳から読み取ったのか、取り囲んだ包囲網の内で、子分の魔獣たちは頭目に首を動かして指示を仰いでいるような仕草を取る。


「・・死ぬ前に、兄さんと最期に話したいんです」


「伝えたいこと、沢山あるけど……全部言える時間は無いからね。伝えたいことだけ、最期に伝えるよ」


 最期。言葉通り、最期の時間だ。


 表情から何を伝えようとしているのかラルズには判断しかねる。判断できない理由の一番は、ラルズに差し向けている笑顔。その笑顔の理由が、ラルズにはわからなかった。


「兄さんったら、笑顔がそんなに不思議ですか?」


「兄貴のことだから、あたしたちが怒ったり、恨み言を沢山言われる……なんて考えてるでしょ」


「え、だって――」


 その思考に帰結するのが、最も自然なのだ。最期まで護ると誓ったラルズが、この様なのだ。シェーレとレルの命を繋げられない愚か者を叱りつける権利は、二人は当然有している。


 心の内を言い当てられたが、ラルズの心に迷いは生じないし、その通りだと肯定する。そうしようとして口を開いた矢先――、


「――んっ」


 シェーレとレルの人差し指。二つの指が、ラルズの口元に伸ばされて言葉を阻害する。


 右の瞳を見開いて驚いているラルズに対し、首を左右に振るシェーレとレル。


「その言葉の先は、私たちの言葉を聞いた後で口にして下さい」


「何、を……?」


 時間は間もなくだ。魔獣たちは作戦会議――もとい、どのようにして獲物を分配するか、どういった形で命を奪うのか相談しているのだろうか。


 獲物を目の前に蚊帳の外。はたまた愉悦の時を獲物に有しているのか、ラルズたちの会話に魔物たちは参入してこない。それでも、時間が残されていないことは事実。


「私たちが言いたいことは、そう多くありません。ですけど、ちゃんと聞いて下さい」


「うんうん。大事なことなんだからねっ」


 「いいっ?」と、念押すように、シェーレとレルがラルズに忠告する。時間も残されていない中で、二人が互いの顔を見合わせ、微笑を交らせる。視線が絡み合い、互いが口にする内容を理解しているのか、揃って今度はラルズへと顔を向ける。


 たった一つだけ。二人の口にする内容を、ラルズはまるで予想が付かない。感情が読めない中で、ラルズに伝える一声の答えは同時に紡がれた。


「私――」「あたし――」


 一呼吸挟み、そして紡がれるのは――、


「兄さんの妹でよかったですっ」「あたし、兄貴の妹でよかった!」


「・・・・・・」


 ――時間が、止まる。


 ラルズの中の時間が、世界が停止した。そして、


「生まれ変わっても、私は兄さんの妹がいいです」


「生まれ変わっても、あたしは兄貴の妹がいい」


「・・・・・・」


 紡がれ続ける。想いの内を――既に聞き及んだと思っていた、妹から兄への想い。


「兄さんの全てを、愛しています。愛し続けています。これまでも、これからの果ても――」


「兄貴の全部、愛してる。ずーっとずーっと! これまでも、これから先もずっと――」


「・・・・・・」


 視界が、ぼやける。シェーレとレルの輪郭が、正しく認識できない。


「未来永劫、永久に想い続けています」


「何年経っても、兄貴への愛は薄れない」


「・・・・・・」


 言葉が、熱によって流される。流動し、溢れて、決壊する。


 先程まで口にしようとしていた内容が、全てどこかへ飛んでいった。消えて、無くなって、代わりにラルズの喉を満たすのは、今し方唱えてくれた「愛情」に応える、「愛情」そのもの。


 愛には愛で答える。愛には愛で応える。


 ――それが、愛の摂理。


「・・俺も……俺、も……っ!」


 全部、流された。後悔も、懺悔も、全て。二人の想いに浄化されて、残るのは同じ感情のみ。浄化されず、内に残り続ける、絶対の普遍。即ち――、


「シェーレとレルの、【兄】でよかった! 産まれ変わっても、シェーレのお兄さんが、レルの兄貴がいいっ! シェーレの全部を、レルの全部を、一生愛し続けるっ! 何年時が経っても、どれだけ年月が過ぎても、ずっと――ずっと……っ!!」


「――はいっ!」


「――うんっ!」


 口にすべき内容が、愛へと代わる。


 三者に交わされる、愛情の構文。


 兄妹で紡がれ、育まれ、魂に刻まれた、愛情の賛歌。


 愛することは真実。愛されることも真実。愛して、愛される。


 ・・それが、ラルズとシェーレ、レルの三人の間に生まれた、愛の輪。


 輪が解かれない限り、いつまでも続いていく。解かれたとて、愛情は一生朽ち果てることは無い。そして――、


「――ッ!!」


 ――。


 ラルズたちの愛が紡がれ終わると同時に、魔獣たちの方も会談が完了する。


 斧を携えた大型の魔獣。頭目が、集団の後ろから重い足音を鳴り響かせ、座って終わりを待つラルズたちの前へ躍り出る。


「――ッ……!」


 斧を振り上げる処刑執行人。振り下ろされれば、命は無残にも終わる。だが、


「シェーレ、レル」


「はい」


「うん」


 なけなしの力。死にゆく最後の馬鹿力。失われたはずの力の残滓。最期の力の使い所は――、


「大好き」


「私もです」


「あたしも」


 愛する二人を抱き寄せたラルズ。身体は雨で冷え切っても、温もりは確かに今、最期の瞬間まで、ラルズの腕の中に存在する。


 死を覚悟した三人の姿。命の鳴動の最期の刻――


「――ッ!!」


 獣の咆哮と共に、見上げていた斧がこちらへと一直線に振り下ろされた。


 ・・瞑目し、両腕に抱きかかえる熱の感覚。その感覚を最期まで覚えながら、


 ラルズの意識は、一生戻らない暗黒の淵へ――消えていった。










 


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