烈風

 俺とカインはなぜ城壁の上へと呼び出されていた。


 「来たかレイジ殿! 見るがいい!」


 西の空にそれはあった。

 蒼穹の如く澄み切った青空に浮かぶ、黒い異物のような染みが無数に。


 「飛行タイプの魔物の群れであろう。物見の報告では、レッサーデーモンやブラッドホーク、ハーピー、インプ、ヒポグリフ、ポイズンバッドなどで構成されているようだ」


 「空からの攻撃、この城塞都市にとって最大の弱点ですね」


「ほう、それを見抜くとは中々の慧眼ではないか。してレイジ殿ならどうする?」

「え? 俺ですか? 非戦闘民は頑丈な建物、地下、それと初心者用ダンジョンの地下一階なども避難所としてはありかもしれません」


「そうか! ダンジョンはいわば異空間、初心者用なら子供でも倒せる魔物しかおらんから、健康な者たちならありだな!」


 カインはせっせとメモをとり、居合わせた騎士たちもなるほどと頷いていた。


 「迎撃は魔法と弓、遠距離攻撃に長けた人たちを守る護衛役、あとは重要な通り、広い空間には網を張っておけば奴等の飛行範囲を制限できるかもしれないってすいません、素人がべらべらと」


 「いや、レイジ殿の提案、全て理にかなっている。

 すぐに実行にうつせ!」


「「「了解!」」


 騎士団長のバウアーさん、あれで意外に頭が柔らかい。

 誰の発言であろうと、有益なものをすぐに実行できるその行動力と判断力は尊敬に値する。



 俺は最前線たる西側の城壁の上で考え込んでいた。

 

 水天神の力を借りるか、摩利支天の技は近接戦闘に特化しているため対空では使えない。


 現時点で俺が持っている遠距離攻撃手段は、水天神の水流破と発勁だ。

 

 これで可能な限り迎撃をしよう。


 魔法使いたちも配置についていたので、邪妖種でもいなければ戦線は維持されるのではないか。


 魔物の群れが後数分で襲来というときにそれは起こった。


 「邪妖種だああああああ! 死骸蝶、死骸蝶がいるぞおおおおお!」


 恐らく皆に注意してくれ、そう警告するつもりだったのだろう。

 だが、多くの冒険者たちがこの一言で我先にと撤退を始めてしまった。


 踏みとどまる者もいたが、半数以上は邪妖種の恐怖に耐えきれず逃げ出してしまっている。

 

 これまでの第3波を凌ぎ切った猛者たちでさえ、邪妖種の恐怖に抗うのは困難だということなのか。


「れ、レイジさん! どうしましょう! 死骸蝶は鱗粉で周囲に瘴気毒をまき散らす邪妖種ですよ! 最も多くの犠牲を生んでいる邪妖種って言われてるくらいなんです」


 カイン解説ありがとう。きっと確認することで、冷静に考えようと自分を律しているのだろう。

 死骸蝶。

 遠目に見えたこいつの姿を見て、心底おぞましさというものには限界がないことを思い知らされた。


 羽ばたく蝶の羽に相当する部分は、人の骨が外枠になっており羽には人の顔の皮膚が張り付けられている。


 胴体部は生の臓物が寄せ集まり、頭部には皮膚を剥がれた人間の頭部が断末魔の悲鳴を発しながら飛行しているのだ。


 グロテスクなホラーゲームでも、もうちょっと洗練されてるものだと悪態をつきたくもなる。


 さらにこの死骸蝶が黒い鱗粉をまき散らし、これが瘴気を凝縮した粉のようなもの。


 冒険者たちが逃げ出す気持ちも、痛いほど分かる。


 しかしなんなんだこれは。


 ここまで人間を憎み、害する意図は何なんだ?


 改めてこの邪妖種という存在に対しての怒りが沸き起こる。


 と、同時に文殊法眼がこのままの速度で奴等が到達すれば、どのような被害になるかを想起させてくれた。


 このままでは全滅もありうる。

 魔物の群れは文殊法眼の力を借りた目測で、およそ1万匹ほど。


 空を埋めつくさんばかりに近づいてくる群れに、人々の目には恐怖と諦めの色が滲み始めている。


 やるしかない。


 気力が続く限り、死骸蝶の数を減らす。


 勝つためには、生き残るためにはこれしかない。

 

 気を練り上げ、発勁を撃つ準備を始めていたときだった。


 【 …… 】


 これは、聞こえる。


 カインが動きの止まった俺を心配し声をかけてくれているが、それが遠く響く。


 【 …… えよ 】


 体を突風が吹きつけたかのような爽快な風に包まれた。


 そのような気がする。


 【 となえよ …… 】


 集中しないといけない。


 遠くから 力を貸してくれる仏神がいる。


 その声を、気を集中させる。

 

 左手の脈動が精神をトランス状態へと導く。


 ナウマク


 サンマンダ


 ボダナン


 ……


 動きの止まった俺をカインが守って戦ってくれている。


 レッサーデーモン相手にカインは善戦していたが、右からハーピーの集団が近づき、左からはブラッドホークの大群。


 俺はただ傍観者のようにそれを認識しながら、精神を集中させていく。


 「マルチショット フレイムシュート!」


 複数の火の魔法矢が俺を襲おうとしていたハーピーの群れへ見事に着弾し、しかも周囲で密集していた群れを巻き込み爆発していく。


 奇怪な悲鳴をあげて落下していくハーピーの群れ。

 それとほぼ同時に、ブラッドホークの大群、4,50羽が急行直下で俺をめがけて襲い掛かってきたのを文殊法眼が教えてくれた。


 「ディフュージョンスペル! ライトエクスプロージョン!」


 無数の光の光弾が散弾となってブラッドホークの群れを蹂躙する。


 フィオとシルメリア、それにセラが俺の援護についてくれた。


 だから大丈夫だ。


 【 となえよ ナウマクサンマンダ ボダナン …… ソワカ 】


 左手が力を貸してくれている。


 今までにないほど、迸るほどの気力が漲っていた。


 みんなを守る。ダンセンさん、ギルドのみんな、知り合った宿屋の人々、避難所でよくしてくれた人々、気の良い騎士団のみんな。


 そして、フィオ、シルメリア、セラ!


 「ナウマク サンマンダ ボダナン バヤベイ ソワカ!」


 俺の周囲に猛烈な風の塊が生れた。


 ちょうど空には飛行魔物たちの本体と、その中核たる死骸蝶の大群が俺たちへ襲い掛かるところだった。


 「風天神! 烈風竜巻!」


 風をつかさどる仏神、風天神の力が解放された。


 人々を守りたいという俺の思いに力を貸してくれた、慈悲深い神。


 感謝の念を込めて、俺は風の力を行使した。


 あの風の塊が暴発するかのように上昇気流を生み出し、周囲にいた魔物、死骸蝶を巻き込んで猛烈な竜巻へと変化していく。


 さらにその竜巻の内部では、真空の刃が飛び交う風の猛攻が続いている。


 風天神の力により、死骸蝶の瘴気鱗粉は瞬く間に浄化され、その身体も聖なる風によって崩壊し砂となっていく。


 皆の歓声とどよめきが広がる中、翼を真空刃で切り裂かれた魔物たちが次々と落下してくるので、冒険者たちはそのとどめに忙しくなっていく。


 「風の力をここまで操るなんて、これは宮が黙っていないかもしれません……」


 シルメリアが何か言ったように聞こえたが、俺はさすがに気力を振り絞ったために片膝をついてしまう。


 カインが支えてくれたが、セラが感激し、フィオもすごいとはしゃいでいる。


 俺は心地よい気だるさと照れを隠しながら、改めて風天神に感謝の念を送った。

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地球を救え! 俺と阿修羅と異世界転移 鈴片ひかり @mifuyuid

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