その名は 鬼凛丸

 こういった流れは慣れているのか、バルノさんがお茶のセットを取り出して俺たちに振る舞ってくれた。


 「いやあダンセンの奴が妙になことをしたけど、レイジさん大丈夫だった?」

「はい、紹介してくれてありがとうございました」


 「でも良かったね、探してた剣が見つかるなんて」

「導きに感謝だな」


「ねえ、話変わるけど、今後の予定はどうするのかしら?」


 そういえばシルメリアは、強くなることを目標にしていたはず。


「実は提案があるんだけどさ、シルちゃんとレイジに」


 フィオがバッグから水晶のような塊を取り出し二人に見せる。


「へぇそれってクリスタルフラワーの結晶よね?」

「さすが知ってるわね。これね、ネグランの街で手に入れたの。むしろこれを手に入れるためにネグランに行ってたようなものよね」


 「なるほどね、マジックバッグか」

「ご名答」


 マジックバッグとは何か?


 いわゆる亜空間収納バッグということらしい。

 容量は作ってみないと分からないらしいが、出来が悪いものでも六畳一間ぐらいのスペースがあるらしく冒険者だけではなく商人たちも喉から手が出るほどに欲しいものだそうだ。


 そのため価格は安くても数千万~数億レーネはするらしく、並みの冒険者では手が出ない。


 シルメリアの目が輝きだした。

「ローデリアダンジョン、たしかファントムクロースだったかしら?」


「さすがね、そこで相談なんだけど、ここにクリスタルフラワーの結晶が3つあります。一緒にローデリアダンジョンの地下6階に行ってファントムクロースの素材集めに協力してくれるなら、この結晶あげてもいいよ」


「クリスタルフラワーは採取しても枯れてしまうのがとても早いと聞くわ。だからこそ産地で加工する必要があり、その拠点がネグラン。だから3つも持っていたのね」


「うん、マジックバッグは買うと数千万レーネもするけど、素材集めれば意外と安く作れるからさ、レイジはどう?」


「そうだな、刀の具合を確かめるには良い機会かもしれない。後は金も稼がないとと思っていた、俺はぜひ協力させてほしいな」

「私も協力するわ、というよりおいしい話、ありがとねフィオ」

「うひひ、シルちゃんに感謝されちゃった」


「私があと10年若ければ、その話に乗りたかったなぁ」


 ローデリアダンジョンとは、このフォートボレアの街中に存在するダンジョンであり、街の周辺にはこの規模の初心者向けから中級上級向けダンジョンが数か所点在ている。


 そのため冒険者向けの店や施設が多く立ち並び、街の経済を支える主幹産業の一つだ。


 ローデリアダンジョンは初級~中級向けであるが地下3階以降はかなり手応えのあるダンジョンと言われている。

 

 「ヒーラーがいないうちのパーティーは、治癒系ポーションをある程度買っておく必要があるわね。水は私が出すし、浄化魔法はフィオが使えるから」

「ダンジョンは初めてだから、色々教えてもらわないとな」


 ダンジョンの天井は相当高いらしく、大型のモンスターも出てくるから剣や槍を振り回してもまったく問題ない、とのこと。


 突如始まったダンジョン初心者講習会を2時間ほどが終わりを向かた時、あのダンセンが箱やらを抱えて戻ってきた。


 「これじゃ」


 ダンセンが箱蓋を取ると、中には見事な刀が納められている。


 拵えは黒地に小さな装飾の施された金色の留め具が、ダンセンのセンスの良さをうかがわせた。

 さらに、鍔は刀匠鍔と呼ばれる物だろうが俺には詳しく分からない。

 だが丸みがあるため引っ掛かりにくく使い易そうだ。


 柄は時代劇に出てきそうな柄糸が巻かれた糸巻ではなく、革を巻いてある革巻というものだろう。

 この革がダークレッドなため、非常に中二心をくすぐる仕上がりとなっていた。


 「抜いてみせえ」


 俺は奥の広場へ行くと、刀に一礼する。

 中学まで続けていた剣道の先生が、刀に対する扱いや礼儀作法を教えてくれたことを思い出す。

 あの頃の母との思い出がこみ上げてきそうな郷愁の念が頭をもたげてきたが、無理やり刀へ意識を戻す。


 腰ベルトに刀を差すと、俺は手に吸い付くような感触に思わず唸りそうになりながら、ゆっくり刀身を引き抜いた。


 美しい。

 あまりの美しさに息をのむ。


 フィオとシルメリアは思わず、「おおお!」と叫んでいるほど。

 バルノさんでさえ、「今まで見た中で各段に美しいなぁ」


 「身幅広く、重ね薄いという奴か。俺はそこまで詳しくないけど、これを作った人は相当な腕だったのが分かります」


 「銘は 鬼凛きりん。先祖から受け継がれしこの刀、レイジに託した」


 鬼凛 鬼凛、そうか、この刀は、鬼凛丸。そう呼ぶのがしっくりくる気がした。


 日輪の輝きを受けて輝くがさらに鬼凛丸の美しさに磨きをかけている。よく見ると、地肌にも特徴的な模様というか深見があって、見ているだけで一日過ごせそうな高揚感が沸き上がる。


 「ふん、気に入ったようだな、じゃあこれも持っていけ」


 ダンセンがよこしたのは、黒いコートのようなもの? であった。


 「わしの嫁がな、数年前病で亡くなったのだが、刀にあう着やすくて動きやすい、そして防御力に優れた防具ということでそれを用意していた。お前さん、つまり先祖から受け継がれた鬼凛を受け取りに来るレイジに会うのを楽しみにしていた、もらってやってくれ」


 形にすればチェスターコートに似ている。

 袖や首元の襟が大きく、刀の留め具と同じダークレッドの襟色が統一感を醸し出している。


 あえて言おう。めっちゃかっこいい!

 おしゃれなどに気を使う余裕のない生活であったから、憧れていたこの中二感、だが生地は柔らかいのに通気性が良く、ひどく丈夫な印象を受ける。


 「うわ! それかっこいい! レイジの男ぶりが数段あがったみたい!」

「こほん。まあ、これは中々に似合いますね。いいなぁ」


 「こんな良いものを、ありがとうございます」

「たしか、ダークグリフォンがひな鳥のときにしか取れないらしくてな、火やらなにやらを防ぐ力が秘められているのだと」


 「すごい!」

 バルノさんが、「さすがにこれは売り物として仕入れるわけにはいかんなぁ」


 俺は手持ちの金、全てを払おうとしたがダンセンさんは断った。

 「だめだ、お前に、黒髪で刀を求めに来た素養を持つレイジに渡すために、先祖が打ち上げたものだからだ」


 「では、この脇差を、すごく気になっていたんです。これを売ってください」

 そう言って俺は残りの金60万レーネを机に置いた。


 「こりゃあ売り値40万だ。ほれおつりだ」


 こういうところはダンセンさんの職人気質なのだろう。


 俺は深く一礼すると、また来ますと言って店を後にした。

 

 俺のコートが気に入ったのか、フィオとシルメリアはああいうの欲しいと、ファッション談義に花が咲いている。


 バルノさんと別れた俺たちは、さっそく明日ダンジョンへトライするためのアイテムの買い出しへと向かった。


 腰にずしっとくる大小の重みが、ひどく心地よかった。


 しかし、俺が来ることを予見し刀を用意していてくれた刀匠はいったいどういう人なのだろう?


 俺が何かを果さなければならないということなのか? 今はただ出会いに感謝するしかできない。

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