地球 日本国東京~ ①

 「永森先生こちらへどうぞ」


永森が呼び出しを受けたのは、高級居酒屋の個室だった。

政治家が使うような料亭ではなく、より密談向きな暗所という雰囲気が漂う。


 相対したのはある政治家の第二秘書。

 上川という名だったはず。


 なんとなくな流れで酒やらツマミを少々注文するまでは、非常に他人行儀な日常会話が進んだ。


 永森は酒が飲めない体質なのでウーロン茶、それに好物の焼き鳥を頼んだ。


 注文の品が揃い、沈黙が席を埋めつくしそうなタイミングで秘書の上川が口を開いた。

「先生からは改めて永森先生にお礼を伝えるようにと」

「いえ、仕事として報酬を受け取っておりますので」

「見事な手腕でした」


 その言い方に永森は違和感を感じた。

 なるほど、あれのことかと予想通りの流れに冷静になるよう意識を張る。


「実は妙な噂が偶然先生の耳に入りまして、そのことについて真偽を確認したいとのことなのです」


「妙な噂とはいったいどのような?」


 大好物のモモを頬張りつつ、秘書の目を一瞥するとその目には明らかな警戒心が滲んでいる。

 「永森先生には心当たりはない、ということでよろしいのでしょうか?」


 きたなと思った。

 こういう言い方をしてくるときには、かなり具体的な指示が上から出ているケースが多い。


 上川のようなおとなしめなタイプがそのような言動をするのは、与党幹事長という虎の威があるからだろう。


 「妙な噂の心当たりということでしょうか? 自分は妙とも思っていないのですがね」

 「正直に話してくれないと、苦しい立場になると思います」

 

 「恐らくですが、私が最近養子縁組した真由のことなのでしょうか」

「先生はその件について、非常に疑念を抱いておられます。どう説明されるおつもりでしょう?」


 「疑念とおっしゃいますか。先生は、兄と妹に関する処理は私に一任するとおっしゃったはず。出来るだけ目立たず可能な限り合法的にと」


 「それが養子という選択だったのですか?」

「え? まずかったですか?」


 ある種の開き直りというのは、論戦に慣れていない相手には非常に効果的である。


 「ま、まずいといいますか、ちょっと非常識といいますか」


「私たち夫婦は、不妊治療を諦めたばかりだったところに身寄りのないあんなかわいい子供ですよ? そりゃあ養子に迎えたくもなりますって。しかも妻との相性がすごくよかったので、もう自然とそうなりましたよ」


 「ですが、先生としては」

「いやあ、見てくださいこれ」


 こうなったらバカ親ぶりを見せつけてやる。愛情いっぱい注いで幸せそうな真由ちゃんの様子をこれでもかと! 

 スマホにたっぷりとある家族写真や笑顔の真由の姿をたくさん、これでもかとバカ親モードで見せまくる。

 最初は演技のつもりだったが、つい真由のこんなかわいい姿を見て欲しい、うちの娘は世界一かわいいのではないかと思い始めている自分に永森は悪い気はしなかった。


 「はぁ……な、仲が良いのですね」

 「娘を持つことに憧れていましたので、なんとういか目にいれても痛くないって本当なんですね。あの子のためなら死んだって構わないって思いますよ」


 ここで秘書が呆れながらも、まあいっかという妥協に至った表情に緩んだのをしっかり確認する。


 「分かりました。最後の確認なのですが、娘さんはお兄さんのことを詮索したりはしていませんか?」


 「最初のうちは聞いていましたが、今では学校の友達のことや今度家族で遊びに行くUFJについての話ばかりです。子供ですからね、健やかに育ってくれていますよ」


 これだけは嘘であった。真由は兄のことを忘れず、神社やお寺で兄のことをいつも願っているような健気な娘だ。


 「そう、でしたか。まあこういう流れが、その子にとっても幸せなのかもしれませんね。私も娘が二人いますので、気持ちは——わかります」


 その後は打ち解けた上川と会話が弾んだ。

 政治家の秘書は気疲れして死にそうだとか、官僚の腹黒さにはたまに冷や汗が出るとか、次の選挙に向けて忙しくなりそうなど。


 そして川上はふと、神妙な表情で意を決したように話し出した。


 「永森先生、あえて質問しないでください。私の助言をそのまま受け止めて帰ってください。

 体が腐る病が全世界で確認されています。

 未確認の奇病です。さらには、奇妙な現象が、やれ魔物だのUMAだのって情報がこれでもかって入ってきています。


 どうか本当に言葉通りの意味で、人間以外の脅威が迫っているかもしれません、どうか気を付けてください」


 「……ありがとうございます。他言はいたしません」

 

 川上の目が、家族を心配する父親の目であったことが永森にとっての救いであった。


◇ 














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る