第11話 ギフト

「羅城門さーーーん」

後ろから三日月に声がかかる。

ハイヤーの窓を開けて、清美が手を振っている。

三日月は、昨日と同じく徒歩で登校していた。

旧市街地を抜け、これから学院までの坂道に差し掛かるところであった。

「おはよう、花岳寺さん」

気付いた三日月も手を振って応える。

ハイヤーが三日月の横に停まった。

「おはようございます、羅城門さん。お車、ご一緒にいかがですか? 」

「え、いいの? 」

「はいっ、先ほどマンションにお伺いしましたが、お返事がなかったので・・

でもここでお会いできて嬉しいです。さ、お乗り下さい」

「ありがとう、恩に着るわ」

三日月は運転手さんにも挨拶をして、後部座席の清美の横に乗り込んだ。

清美は、少し紅潮しモジモジしている。

「えっと・・そのご様子だと、お姉さまは帰ってこられなかったということですね」

「うん、そうなんだーー・・学院まで3kmぐらいあるからお姉ちゃんに送り迎えしてもらわないと大変なのよねぇ・・タクシーは早朝捉つかまらないしさ。まぁ・・

学院までの道のりの風景がすごく綺麗だから歩いてても楽しいんだけどね」

「あの・・もしよろしければですけど、 朝、私の家までおで頂ければハイヤーでご一緒させて頂いても構いませんよ? 」

「え・・いいの?」

「はい。お隣さんなので構いませんよ、ぜひ」

「ありがとう、感謝します! 」

三日月が清美の手を握ると、清美も笑顔を返した。

清美は顔を赤らめスマホを取り出して、言った。

「あ・・あの、それでですね、私と携帯番号を交換して頂ければ、これから便利かと存じますので・・お願いしてもよろしいでしょうか・・? 」

その言葉に、三日月は少し困った表情をした。

「あ・・ゴメンね、私ケータイとかスマホとか持ってないんだー・・あはは・・」

「え・・そうなんですか」

清美は驚いた。いまどきの女子高生なら持っていて当たり前のアイテムだ。

「あ、ほら私の指って電気出ているでしょ。スマホなんて精密機械、触っただけで壊れちゃうんだよね・・・あ、でも据え置きのPCならすごく使っているよ。ワイヤレスのマウスなら触ってもOKだし。直接キーボードに触るノートはダメだけどね」

三日月は頭を掻いて、たはは、と笑った。

「そうだったんですね。では、後で電話番号とPCのアドレス教えて下さいね。でも・・なんだかわかる気がします。羅城門さんの指の電流・・すごかったですから・・」

昨日のマッサージを思い出してか、清美はさらに顔を赤らめて下を向いてしまった。

「体の調子は、どうかしら? 」

「は・・はい、昨夜ゆうべは自分でもビックリするぐらい良く眠れて・・体がとっても軽いんですよ。羅城門さんのマッサージのおかげなんですよね、きっと」

「うんうん、よかったわ。あ、そうだ。花岳寺さんにプレゼントがあるんだけど・・

受け取っていただけると嬉しいわ」

そう言うと、三日月はカバンから贈り物用に包装された細長い小箱を取り出した。

「はい、昨夜新市街で買ってきたんだけどね」

三日月は、それを得意気に清美に手渡した。

「プレゼントだなんて・・私、誕生日以外受け取ったことありません。それも家族以外の方から・・ ここで開けてもよろしいですか? 」

「うん、ぜひぜひ! 」

「あ・・ありがとうございます! 」

清美はすごく嬉しそうな表情で、丁寧に包装を解く。

そして、ドキドキしながらゆっくりと小箱を開けた。

小箱の中から出てきた物は・・・


丸い大きな眼鏡・・だった。

それも、今清美がかけているものとほとんど同じデザインの眼鏡。

「眼鏡・・ですか」

少し戸惑い気味の清美に、三日月がニッコリと笑いかける。

「かけてみてちょうだい」

「は・・はい」

清美のような強い近眼には、厳密な度数の調整が必要なのだが、当然それはないだろう。

三日月が、清美の眼鏡の度数を知っているとも思えない。

ともあれ清美は、今かけている眼鏡を外し、プレゼントされた眼鏡をかけてみた。

視界がぼやけまくっている。

「え・・えっ? 」

清美は眼鏡を外して、確認してみた。

なんと、その眼鏡には度が入ってなかった。

いわゆるただの、伊達だて眼鏡だった。

「気に入って頂けると嬉しいわ。そうねぇ・・今日の昼食はそれをかけてご一緒しましょう」

「・・・は・・はぁ・・? 」

清美は、狐に鼻をつままれたような顔をしていた。

三日月は、ニヤニヤとして嬉しそうにほくそんでいた。


始業時間になった。

授業前のホームルームで、三日月は挙手をし、提案を行った。

「花岳寺さんがたった一人で学級委員のお仕事が大変そうなので、私も学級委員をやりたいんですけど。よろしいでしょうか? 」

担任は清美にいてみた。

「え・・えと・・羅城門さんがご一緒いただけるのなら、私としても心強いです。よろしくお願いいたします」

清美は、三日月の心遣いに涙が出そうなぐらい感激した。

三日月は、破顔して言ってのけた。

「よかった。これで一人にだけ仕事を押し付ける卑怯者にならずに済むわ。よろしくね、花岳寺さん」

三日月のストレートすぎる一言は、無責任なクラスメートに放った痛烈な批判の矢である。

何人かの女生徒ににらまれたが、三日月は超然としていた。

昨日、清美に心の中で約束したのだ。それを守る。

一時限目の授業が終わると、清美は先生からプリントの束を取りに来るようにと言い付けられたが、三日月が一緒に運んでくれたため負担が軽く済んだ。

三時限目の授業までに、清美は色々と押し付けられたが、三日月がずっと一緒になって行動してくれた。

ずっと一人だった清美は、嬉しくて仕方がなかった。


清美に異変が起こったのは、四時限目の日本史の授業中のことであった。


「応仁の乱の原因には色々な要素が混ざり合っているが・・・」

教師が黒板に、戦国時代の嚆矢こうしとなった斯波家や畠山家の内紛・・日本中世の大乱についての解説をチョークで書いていく。


斯波と畠山の内紛が、足利将軍家の跡継ぎ問題に飛び火し・・山名宗全と細川勝元が

両軍を率いて京都市内に布陣して・・・


教師の文字をノートに書写する清美だったが、いきなり両眼を異変が襲った。

急に黒板の文字がぼやけて、読めなくなったのだ。


・・・えっえっ・・なに!?


視界がゆがんで、シャープペンを持つ自分の指先さえも輪郭がにじんでしまい、判別できなくなった。


変だ・・私の眼・・変だ!!


眼球の奥が、熱い。

それは眼球の奥から拡がり・・両眼の間の・・脳の前頭葉全体がカッカと熱い。

風邪でもひいてるのかと勘繰かんぐってみたが・・だとしたら、かなり重症に違いない。

次の瞬間、頭がふらり・・とした。

清美は眼鏡を外し、手で両目を覆った。

左右の眼球の中が、グググ・・とうごめいてるように感じた。

その蠢きが、一分も続いた。


うそ・・うそうそ・・!!

私の眼・・見えなくなっちゃうんじゃ・・

いやだ・・いやだ・・いやだっ・・!!


心拍数が跳ね上がって額に脂汗が浮かび、叫び声を上げようとした、その時。


大丈夫だよ・・


清美の頭の中に、三日月の声が囁くように聞こえた。

・・・・幻聴かもしれなかったが、昨日マッサージしてくれていた時に心に聞こえた優しい声と同じだった。

すると・・・前頭葉から熱が引き、眼球の奥からも違和感がなくなった。

眼球の中もウソのように涼やかになった。

もう蠢きは、ない。


清美は、ゆっくりと両眼を開けた。

くっきりと黒板の文字が読める。


うそ・・


清美は机の上を見る。眼鏡は外して教科書の上に置いたままになっている。

裸眼だ・・・間違いなく裸眼でいる。

清美は辺りを見回してみる。

天井も、窓も・・隣の生徒のノートの小さな文字さえも、クッキリとした輪郭を伴って眼に飛び込んできた。

色彩も、霧が晴れたように一層美しかった。

清美の世界が、変わったのだ。


・・今日の昼食は、それをかけてご一緒しましょう・・


清美は、朝の三日月の言葉を思い出した。

あっ・・と口に出そうになったが、なんとか手でしとどめた。

清美は、机の横に掛けてあるカバンに手を添えた。

中には三日月がプレゼントしてくれた伊達眼鏡が入っている。

清美は、窓際の一番後ろの席の三日月を振り返った。


三日月は清美を見てVサインを出しながら、ニッカリと白い歯を見せて笑っていた。

三日月にはこうなることがわかっていたようだ。

それも時刻まで正確に・・・


清美の顔が涙でぐしゃぐしゃになった。

せっかく綺麗になった視界が、また歪んでしまった。

顔を覆って震えている清美に気付いた教師が、「大丈夫ですか」と声をかけた。

「だ・・大丈夫・・れす・・」

と、清美は小さな声で答えるのが精一杯であった。



清美と三日月は、昼食は食堂のテイクアウトメニューにして二人で中庭のベンチに腰掛けて食べた。

清美はサンドイッチ。三日月はスパゲティとサラダとおにぎりだった。

清美の目は、まだ赤い。

「あ・・ありがとうございます。この眼が治ったのは、やはり羅城門さんのマッサージのおかげなんですね・・私、なんてお礼してよいのかわかりません・・ぐすっ」

三日月は、手をひらひらさせた。

「お礼なんていいよ。私のマッサージは強力な治癒効果があるらしくてさ。治癒というか、人がもともと持っている体を元に戻す・・まぁ復元能力とやらを限界まで引き上げるらしいのよ。だから眼が治ったのは、花岳寺さん自身の復元能力のおかげというわけ。私なんて花岳寺さんの体をいじって楽しんでいただけだもん」

すでにスパゲティとサラダを平らげている三日月は、さらにおにぎりを頬張りモリモリと咀嚼そしゃくする。

おにぎりはすでに4個目。まだ2個残っている。

ちなみにスパゲティはタラコ風味で、おにぎりの具はすべて鮭か明太子だった。

この人は、食べる。

「グスッ・・羅城門さんが助けて下さったんですよ。それにこの眼鏡だって・・」

清美は、三日月から貰った眼鏡をかけ、大事そうにレンズの縁を触る。

レンズと言っても、度は入っていないのだが。

「私ね、花岳寺さんの眼鏡姿にれちゃったの。妙な言い方かもしれないけど・・初めて見た時になんて可愛くて綺麗なコって思っちゃった。世界一の眼鏡っ子で決定ね! 」

清美は、顔をまた赤くしてしまった。

・・眼鏡なんかコンプレックスにしか思ってなかった。

・・・可愛いなんて言って貰えたことなんてなかった。

それなのに、世界一の眼鏡っ子なんて言ってくれた。

それが自分なんかよりも美少女だと思っている三日月の言葉なのが一層嬉しかった。

清美は三日月と一緒なら、強くなれる気がした。

「も・・もう羅城門さんたら・・恥ずかしいです。でもこの眼鏡はずっと大切にかけさせて頂きますね! 」

「うんうん、よく似合ってるよ、花岳寺さん! 」

二人は笑い合った。


すると、今度は三日月がモジモジとし始めた。

「どうしたんですか、羅城門さん? 」

気付いた清美が声をかける。

すると、三日月が顔を赤らめてオズオズと言った。

「あ・・あのね、私・・花岳寺さんのこと本気で好きになっちゃったんだ。だから・・ね、出会ったばかりなんだけれど・・これからあだ名で呼び合いたいなって・・」

それを聞いて、清美の表情がパァッと明るくなった。

「ど・・どうかしら、花岳寺さん? 」

「はいっ、私今まであだ名なんて付けてもらったことがなかったので嬉しいです!」

清美は、満面に喜びを爆発させた。涙ぐんでもいる。

たしかに、今まで友達のいなかった清美には大きなプレゼントだろう。

「では・・まずは私から付けさせて下さい。三日月さんだから・・みーちゃん、ではいかがですか? 」

「うんうん、いいよぉ・・可愛いあだ名をありがとう・・ぐすっ」

なぜか三日月も涙ぐむ。

「じゃ・・じゃあ今度は私ね。じつはね、徹夜で考えてきたあだ名があるんだ」

「徹夜で・・ありがとうございます! 」

清美の胸が期待で膨らむ。

三日月は、満面の笑みで発表した。

「清美ちゃんだから、キュッポン! 」

ああああ・・なんてことだ!!!

やはり我々は、ニラにチョロロンゲちゃんなどという名前を付ける三日月の感性に期待してはいけなかった。

清美という名前だから、というよりも清美のプロポーションからのインスピレーションだろう。三日月は真剣に考えたにちがいない。

それも徹夜でというのだから恐れ入る。

「どう・・かしら?」

「はいっ・・嬉しいです・・初めてあだ名を頂きました。本当に嬉しいです・・ぐすっ、ぐすっ・・」

清美は本当に感激したようだ。泣き出してしまった。

眼を治してもらっただけじゃなく、新しい眼鏡と、あだ名まで。

たった一日で、三日月からどれほどの贈り物を受け取っただろうか。

「さぁ、涙を拭いてあげるから泣き止んで下さいな。これからよろしくね」

三日月はハンカチを取り出すと、清美の涙を優しく拭ってやった。

「ありがとう、みーちゃん」

「どういたしまして、キュッポン」

笑顔で見つめあうと、清美は三日月の腕にしがみついて肩に紅潮した頬を子犬みたく寄せた。

「キュッポーン、そんなにくっつくとゴハンが食べられないよぉ」

「じゃぁ・・私が食べさせてあげますね。あーーんしてください」

清美はサンドイッチを一つ取り、三日月の口に運んだ。

「あーーん・・・もぐもぐ、おいちいっ! ・・じゃぁ、私もキュッポンにおにぎり。はい、あーーんして」 

「あーーん、もぐもぐ、ふはああ・・おいひいれふぅ」


・・・二人ともデレンデレンである。とても見てられない。

ともあれ、清美のあだ名はキュッポンで定着してしまったようだ。


昼休みの中庭に、五月の涼しい風が抜けていく。

だが、たった一日で仲良くなった三日月と清美からは夏のような熱気が立っていた。


・・・なんだこの風景。








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