第2話 小さな博士とレヴェレナット、おまけの助手

 彼女の名前は藤島樹里(ふじしまじゅり)。

 確かな年齢は知らないけど、少なくとも中高生には見えない。

 見た感じは九歳・・・いや、流石に十は超えてるか。

 だがいつもの人となりを鑑みると、やはり九歳だろうか。

 まあ、こんなことを考えずとも普通に本人に聞けば終わる話なのだが、いかんせん幹が博士に普通に接しているせいで、あまり触れてはいけない話題なのかと思って聞けずじまいでいる。

 しょうがないじゃん、だっていつもなら俺の表情で大体察してくれる幹が無反応なんだもん。

 これは触れてはいけないと思ってしまうだろ。


 でも、よくよく考えたら、幹を作ったのは博士なわけだし、このなりでも結構な歳の人間だったりするのか?

 いくら若き天才がうじゃうじゃといる現代だって、流石に九歳で人造人間を作れるなんておかしいしな。

 でも言動とかもまんま子供みたいなんだよなぁ・・・ダメだ、分からない。

 いつかポロっと幹が話してくれるのを待つしかないか。


 とまあ、博士について色々と考えてはいる俺だが、博士がどんな人間であれど、博士は幹の親だ。

 博士は幹を作ったからな、親と呼んで差し支えないだろう。

 とにかく、例え相手の姿が子供同然でも、幹の親ならば友好的に行くべきだ。

 だって、博士は幹を生んで・・・くれたんだから。


「レヴェ、学校はどうだった?」

「楽しかったですよ」

「ほんと? ならよかった!」


 ちなみに、博士の言う『レヴェ』とは幹の事だ。

 幹から聞いた話では、幹の本名はレヴェレナットというらしい。

 いつも俺が呼んでいる藤島幹という名前は、博士が幹を学校に行かせるために作った偽名なんだとか。

 俺も一応、何度か幹の事を本名で呼んでみたことはあったのだが


『無理しなくていいですよ』


 と言われ、すんなり本名呼びをやめてしまった。

 しかしまあ、博士だけが幹の事をレヴェと呼ぶのは、なんだか彼氏として悔しい気持ちがある。

 まるで幹を取られたみたいな。

 これがいわゆる独占欲というやつだろうか、恐ろしいね。


「あ、レヴェ! さっそくなんだけど、てつだってほしいことがあるの!」

「私に任せてください、博士」


 しかし、幹と博士の関係性はなんというか、親子の関係という感じではないな。

 まあそれもそうか。

 別に博士の腹から産まれたわけじゃないし、親である博士はこんなちんちくりんなんだし。

 どっちかというと、博士が子供で幹が親みたいだ。

 親というか、面倒見のいい姉みたいだが。

 まあ兎にも角にも、ここに来たなら俺も手伝わないとな。


「博士、俺も手伝いますよ」

「あたりまえだよ! ゆうはわたしのじょしゅなんだから!」

「は、ははは・・・助手にしていただいて何よりです・・・」


 いつの間にか、博士からの評価が助手になっているんだが、大丈夫なのかこれ。


「あの、博士。優くんが助手なら私は一体・・・」


 あ、確かに。

 毎日博士の手伝いをしている幹の方が、どう考えたって助手っぽいのに。


「ん? レヴィ? レヴィはわたしのおかあさんだよ!」


 あぁ、なんとも想定内かつ想定外の答えが返ってきたな。

 まさかの幹を生んだ母親サイドの博士が、実は母親ではなく娘だったパターンだ。

 なんなんだそのパターンは。


「はわぁぁぁ・・・!!!」


 まあ、幹も満更でもなさそうだな。

 両手で口をおさえながら、刺激された母性で頬が赤くなってる。

 子供の純粋な答えの愛らしさには、人造人間も敵わないか。

 ていうか、博士が幹をお母さんって認識をしてるなら、それすなわち、博士はやっぱり子供だってことじゃないか?

 博士の歳がもし見た目によらず、既に三十路も通り過ぎた歳だったとしたら、普通自分の作った人造人間をお母さんというだろうか。


 いや、言う可能性もあるか。

 そういう意を込められて幹が、レヴェレナットが作られていたとしたら、強ち言ってしまうかもしれない。

 だとしても、博士はほぼ確定で子供だな。

 というか、もし本当に子供なんだとしたら、こんな高度な人造人間を作れるなんて凄すぎやしないか。

 どんな国のニュースでも、こんな完璧な人造人間を作ってる人なんて見たことないぞ。

 せいぜい、少し喋れる人工知能がちらほらいるぐらいだ。

 今まであんまり考えてなかったけど、もしかしてこの博士、天才なのだろうか。


「おいじょしゅ! さっそくおまえのでばんだ! てつだえ!」


 なんて、博士の奇妙な生態にうつつを抜かしていたら、博士直々に手伝いの命令が出た。

 子供は純粋だからな、人使いが荒いのも子供だからで片付けれる。


「はい博士、俺は何をすれば?」


 何事も穏やかに、子供には穏やかに接するものだ。

 決して、乱暴な言葉や手足を出されてもムキになってはだめだ。

 決して。


「よくぞきいてくれたぞじょしゅ」


 上から目線も当たり前だ。

 俺は博士の助手なんだから。


「ごほん。ずばり」


 例えどんな無理難題でも、応えてやるのが助手であり、お兄さんってもんだ。


「じょしゅには、じっけんたい実験体になってもらう!」


 どんな手伝いも卒なくこなし、博士が見とれて憧れるくらいにバシバシと・・・






 え?


「は、博士っ!? じじじ、人体実験ってそんな!? 私の彼氏ですよ!?」

「だいじょうぶ! しにはしないから!」


 死にはしないから?

 ちょっとまって。

 死にはしないとしても、死に至らないぐらいのことはされるってことだよねそれ。

 いやいやいやいや、いくらなんでもそれはきついですぜおやっさん。

 おやっさんというか、幼女っさんか?


 とか考えてる場合じぁねえ!


「は、博士、流石に俺も人体実験は・・・」

「だからしなないって!」

「死なないとかじゃなくて! 流石にこの両親から授かった愛しきボディを実験に使うのは、親も俺も号泣物ですって!」

「えー、じょしゅなんだからてつだってよ」

「いやですよ! 雑務とかなら何でもやりますから、実験だけは勘弁してください!!」

「でもでもでも! この実験をしないと研究が・・・」


 これもまた子供ゆえの駄々か。

 いやしかし、人体実験に使われるのはさすがになあ・・・雑用とかなら全然いいんだけど。


「そんなこと言われたって、さすがに・・・」


 と、俺が言葉を詰まらせていると


「だって・・・だって・・・うぅ・・・」


 緊急事態発生、博士が泣き始めてしまった!

 泣き始めた子供をあやすのは苦手だ。

 ましてや、俺を人体実験に使おうだなんてわがままをすんなり受け入れられるほど、俺もお人好しじゃないし。

 普通の駄々なら、お目当てを叶えてやれば済むのだが、うーん・・・


「うわーん!!! じょしゅなのにぃぃ!!! じょしゅなのにてつだわないよぉー!!! うわぁぁぁぁああああん!!!!!」


 なんてうだうだ考えていたら、博士が泣き叫び始めた。

 こうなるとどうすればいいのか分からない。

 弟とか妹がいたわけでもないし、子守をした試しなんてないし、こうなってしまった子供の止め方が分からない。

 どうする、どうする・・・


「は、博士!」


 と、俺がも情けなくもたもたしてる間に、お母さん兼娘の幹が博士を呼んだ。

 そうだ、幹は当の博士本人からお母さんと称される人間なんだ。

 こういう時の切り抜け方もわかってるはずだ。

 こんな時も頼ってしまって、俺はなんてダメな・・・


「わ、私が代わりの人を連れてきます!」


 ・・・ん?


「ほんと?」

「ほんとです! 絶対に連れてきます!」


 ちょっと待て、彼女は一体何を言ってらっしゃるんだ?

 代わりの人? 人体実験の?

 そんな人いるか!


 第一、博士の研究は秘密裏に行ってるものなんだ。

 協力してくれる人がたまたまいたとして、その研究に触れられでもしたらどうなるか。

 ただでさえ協力してくれるであろう人間が少ないはずなのに、研究に一般人を介入させることもできないんじゃ、どう転んでも詰みじゃないか。

 でも、幹の事だし、きっとあてがないわけじゃないんだろう。

 きっと、だが。

 決して、号泣しだした博士を一旦止めるために吐いた嘘ではないはずだ。


「連れてきますから、博士はここで少し待っててください」


 それに、博士に対するあの態度。

 なんて優しいんだ。

 ほんのりと浮かべた笑顔に、泣きじゃくる博士の頭をそっと撫でるその姿は、まさに女神だ。

 やはり計算あっての事なんだろう、でなきゃあの表情はできない。


「ほんとにつれてきてくれる?」

「はい、もちろん」

「・・・分かった、待つ・・・」


 幹のおかげで、博士も何とか泣き止んだ。

 良かった、俺じゃあきっと止められなかった。

 幹のおかげだ。


「それじゃあ、今から代わりの人を呼んでくるので、少し待っててくださいね」

「うん・・・」


 今から呼ぶのか。

 そんな急に承ってくれる人がいるんだろうか。

 ましてや、何をされるか分からない人体実験を。


「優くん、ごめんだけど、ちょっとついてきてくれる?」

「ああ、もちろんだよ」


 きっと案があるんだろう。

 というか、無ければどうすることもできないしな。


 ここは自分の彼女を信じて、幹についていこう。




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