第54話 恩返し

 少し間を空けて社長は過去の幻影を探すように目線を彷徨わせ

「俺と村岩の二人が協力すれば、どんな困難でも乗り越えられると思っていたのに、どうしてこんな事になっちゃったのかなぁ」と呟いた。

「社長は甲賀悟と言う名前に聞き覚えはありますか?」

一心は社長の言葉を聞流して質問した。

「いえ、知りませんが、その人が何か事件に関りがあるんですか?」

「はい、誘拐犯の実働部隊のリーダーです」

「ほ~、殺し屋の? ……」

「いえ、彼は殺し屋ではありません。社長が利用しているカフェのマスターですよ」

「え~なんでカフェのマスターがそんな事を?」

「彼の名前は『さ・と・る』なんですよ」

一心が言うと社長ははっとして顔を上げた。気が付いたようだ。

「わたしが小学校の時助けたあの『さとる』ですか?」

「そう、鳥池常務から對田社長と村岩専務のためだと騙されて犯行に及んだそうです」

「……それは何のために?」

「お二人への恩返しです」

「え~あんな昔の事覚えていたんだ……」

對田社長は感慨深げに言った。

「常務の殺害現場にあなたから貰ったキーホルダーが落ちていました。40年以上それを肌身離さず持っていたと言ってます。

それに常務の血が付着してたので彼の犯行と断定したわけです。それで自白を得ることも出来たんです」

「あんな事を……義理堅い人だ。……一言礼を言ってくれたらそれで良いじゃないか……」

對田社長はぼそりと呟いた。

「それと、高知課長を殺害した犯人なんですけど」

丘頭警部が言うと「それ、殺し屋じゃないんですか?」社長が即座に反応する。

「いえ、それが違うんですよ」警部は一旦言葉を切って社長をじらすように間を空けて「……高知さんの妻の洋子さんでした」

「えっ、あの奥さんが、ど、どうして?」

社長は予想外の犯人の名前に驚きを隠さない、目を見開いて警部を見つめている。

「写真は社長の手元にもあるんじゃ?」

「……あの海辺の家族写真ですか?」社長は警部と一心に目線を走らせ確認をしてから 「確かにありましたが、そんなところは写ってませんでしたよ……」不思議そうに首を傾げながら言う。

「社長、それれは、気が付かなかっただけですよ、ふふふ」

「そうなんですか……注意不足ですね」

丘頭警部の言葉に社長は苦笑いする。

 

「高知課長の妻洋子さんは既に逮捕して事情を訊いているんですが、素直に全部白状してくれています。夫が片川美富さんと浮気をしていることを知って、家族ぐるみで親しくしていたのに裏切られたと思い、その思いが憎しみとなって保険金殺人を思いつかせたようです。そして独身時代に、付き合っていた鳥池常務がクルーザーを所有していて操縦を教えてやるからと勧められ小型船舶の免許を取得していたんです。それで夫の殺害方法を考えた時、『クルーザーの中なら人を殺しても犯行はばれないだろう』と昔鳥池常務が言っていた言葉を思い出し殺害を実行する決心をしたようです」

丘頭警部は妻が夫を殺害すると言う不幸な事件は、そもそも「不倫」という行為が招いた一つの終着駅だと言いたげに言葉の端々に力が込められていた。

社長の不倫相手を警察も掴んでいるので注意を促したかったのだろう。

「不倫の代償かぁ……悲しい結末だなぁ」

一心が嘆く。

「でもね、奥さんが殺さなくっても、甲賀が常務から高知課長の殺害を依頼されていたみたいなのよ」

「え~っ、どう言う事?」

丘頭警部の話は一心も初耳で驚き社長と思わず顔を見合わせた。

「高知課長は裏帳簿を作ってきたけれどそれを指示した鳥池常務に、止めましょうと言ったそうだ。もう嫌だと、常務がうんと言わなかったら告発するとも言ったらしい。それで常務は甲賀に高知課長の殺害を命じていたらしいのよ。で、甲賀がチャンスを窺っているうちに奥さんが殺してしまった、ということのようなの」

「なんと、二人から狙われてたんだ。どのみち殺されてたんだ、怖いなぁ」

 ――俺が浮気なんかしたら、静の殺人パンチを食らってくたばっちまうんだろうなぁ……あ~怖……

一心はちょっと考えて身震いした。

 

「そう、常務はクルーザーの上で甲賀と話している時に、写真を撮っている家族に気が付いて万一を考えて探させたようなの」

一心は聞いて疑問が湧いた。

「よく見つけたなぁ、どうやって探したんだろう……俺らでもそう簡単には行かないぜ」

「偶然だったみたいよ。誘拐犯らだって何処をどう探して良いのか分からず、たまたま入ったファミレスの隣の席からヨットハーバー付近の海の見える海岸で遊んだときの話声が聞こえてきて、その内容からそうだと確信したみたいよ」

「え~、そんな幸運か悪運か分かんないけど、あるんだぁ……全然参考にならんな」

一心も丘頭警部も笑顔になったが社長は聞こえていないのか心ここにあらずという顔をしている。

まぁそうだろう。会社の先行きに暗雲が立ち込めていると言うのに笑っちゃいられないのだろう。

 

 

 翌日、丘頭警部から経理係長の山野井が昨年度と今年度の裏帳簿を常務の指示で隠し持ってたと言って社長に提出、経理部長がそれを確認して間違いないと判断した、と連絡が入った。

これで脱税の方は決着だ、高知課長と鳥池常務の殺害事件も解決したし、贈収賄は警察が捜査に入ったから一心の出番はもうない……これで對田建設絡みはすべて手を離れた。

 

 

 ただ、専務の贈収賄の現場を写した写真がどうして高知課長が持っていたのかは不明だったが、警察がいずれ明らかにするだろうと思っていたのだが、對田建設からの帰り道丘頭警部があっさり説明してくれた。

その話によれば、……

 

―― メディアには隠しファイルがあって、そこには村岩専務が与党の某有力国会議員と対座し紙袋を議員に渡している動画が音声付きで保存されていて、その場には国土交通省の山出課長も同席していた。

 それを盗撮したのが鳥池常務の指示で動いた甲賀で、常務はその映像を使って専務を退任に追い込んで自分が昇進するつもりだったようだ。

それでその動画を隠しファイルとして裏帳簿のバックアップ用メディアに格納し高知課長に保管させていたのだった。

そして専務を脅迫するために静止画を印刷したものが、常務の引き出しから発見された。

しかし、脅迫する前に高知が突然殺害されたためメディアの保管場所が分からなくなり、その身辺を探したが見つからず、自宅へも行って妻の洋子に立ち会ってもらって探したが見つからなかった。そこで不倫相手の片川美富が持っていると思い家捜しをさせたが見つからず、娘を誘拐するに至ったのだった。 

――

 

そういう事だったのだ。

 

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