第44話 計画急変

 對田竜二社長は人事部長から次年度の採用計画について説明を受けていた。

「今年度および来年度の店舗別の退職予定者はご覧の表の通りです。先ずこの人数の採用は必要かと思われます。それと専務から業容拡大のための要員を本社で十名と大型店各店に一名増員してくれと言われて……」

そこまで聞いたところで電話が鳴った。

「帳簿を手に入れた者だと仰る方からお電話です」と、秘書が言う。

受話器を耳に当てていると外線に切り替わる。

「社長の對田です」と、話しかける。

「お宅の会社の裏帳簿を入手してある人物に渡すはずだったんだが、ちょっと事情が変わってキャンセルになったんだ。それに人質もまだこっちにいる。どうだ二千万円で人質を解放し、帳簿をあんたに返そうじゃないか?」

 ――誘拐犯からだ……。

「何故、わたしに身代金を払えというんだ? 筋違いじゃないか?」

「言っとくが、この会話は録音している。あんたが断れば親娘を殺す。そして録音したメディアを報道各社へ送り付けてやる……どうなる? それと、裏帳簿を国税に送ったら喜ぶだろうなぁ、ふっふっふ」

「……さぁな、その帳簿が本物だと言う証拠も無いし、そもそもうちには裏帳簿なんて存在しない」

對田はこう言う輩に弱腰は禁物、強気で交渉しないと何処までもつけあがる、そういう信念を持っていた。

「そう、じゃ親娘を殺してこの会話を添付して報道各社に送ったるぜ、そして脱税を密告してやる」

「まぁ、そう焦るな。その親娘はうちの会社にまったく関係ない訳でもない、亡くなった社員の遺族と聞いた。だからその身代金は払っても良いだろう……帳簿は勝手にしろと言いたいが、わたしの知らないところで誰かが二重帳簿をつけていたのかも知れんから、そっちで帳簿をデータとして持っているんだったら、わたしのアドレスに送ってくれ……それが我社のものだと分かったら合計三千万円だそうじゃないか……どうだ、そっちの希望額より多く出そうと言うんだ悪い話じゃないだろう」

「ふ~ん、……じゃ、アドレス教えろ」

對田はアドレスを教え電話を切った。

 

 人事課に電話を入れる。

「あ~わたしだ、今日のこれから先の予定を全部キャンセルしてくれ……それと経理部長呼んで」

電話を切って人事部長に「悪いが緊急事態だ。話は明日にでもまた聞こう」

 経理部長を待つ間もメールは届いていない。

「お待たせしました」

ちょっと小太りな経理部長の石塚勝男(いしづか・かつお)が汗を拭き拭き入って来た。

「まぁ座ってくれ、君に訊きたいことがある」

對田は自席に座ったまま「君は我社に裏帳簿なんてなものがあるのを知ってるか?」

「えっ、い、いえ、そんなものがあるんですか?」

「ふふっ、間も無くそれがわたしの下に届く。君、それを確認してくれないか?」

石塚部長は驚きで絶句し身体が固まっている。

「そう驚くな、前から噂があったのは事実だが信じられなかった。今送られてくることになっている。わたしは見てもわからんから君が確認するんだ。良いな!」

 

 夕方六時になってやっとメールが届いた。

添付データをメディアに移して石塚部長を再度呼んだ。

「社長、来ましたか?」

對田はメディアを石塚に渡し「このパソコンで見てくれ」社長用のノートパソコンを指さす。

石塚は時期を合わせた実際に使っているパソコン上の帳簿との比較をし、取引日記帳とも照合して

「社長、これは……裏帳簿です。これが真実の帳簿だとすると、一昨年度の決算においておよそ五億円脱税したことになりますよ」

神妙な顔付きで説明してくれた。時計は午後九時を回っていた。

「そうか、わかったありがとう。後日どう対応するか君の意見も聞きたいからその時はよろしく頼むよ」

石塚が下がったあと、犯人にメールを返した。


 十分ほどしてケータイが震えて犯人からの受信を伝える。

「じゃ、金と人質を交換する。その後帳簿の保管場所を教えるから取りに行け」

「間違いなく返してくれるのか?」

「俺たちを信用してもらうしかないな」

「分かった。で、金はどうやって渡すのかな?」

「あ~岡引って探偵が関わってるからそいつに渡せ」

「取引は何時だ?」

「明後日の午後4時、前回と同じ場所だ。そう言えばわかる」

「分かった明日中に金を探偵に渡しておこう」

「警察には言うなよ」

「ははは、勿論だ、こっちも威張れた取引じゃないからな」

「ふふふ、分かればいい」

對田は即刻浅草署の丘頭警部に電話をいれて事情を話した。

 ――勿論、帳簿の受け渡しにつては黙っていた。

 

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