第43話 バルドローン

 はたと思いついてケータイを手にして一助に掛ける。

「どうした?」状況の分かってない一助はのんびりした口調で言う。

「高速が事故で止まってしまった。バルドローンで八王子ICの出口の手前二キロまで大至急来て俺らを運んでくれ! 時間が無い、急いでくれっ!」

一心の叫びに一助も緊迫感が伝わったのか「了解っ!」

と力強く返してくれた。

「聞いての通りだ。ここからバルドローンで行けば十分もかからない」

「でも、三人も乗れまへんで?」と、静。

 ――え~っ、そっかぁ……どうしよう。

 

 じりじりと待っていると上空にドローンが見えてきた。

一心は車を下りて大きく手を振り一助を呼び出す。

「おー、一心見えてる。今下りる」繋ぎっぱなしのケータイの向こうで一助が言う。

「俺と静とキャリーバッグ乗せられるか?」と訊く。

「一心、流石にそれは無理。……一心が操縦して静を隣に載せてバッグを抱っこすれば乗れるぞ。重量制限二百五十キロだから」

「えっ」一心は一瞬言葉が詰まってしまう。

「俺が操縦? 無理無理無理無理っ! ‥‥‥‥ただでさえ高いとこ怖いのに操縦だなんて……そもそも免許持ってないし……」一心が喚く。

「そんなこと言ったって、それ以外方法ない! 母さんは高いとこ好きだから大丈夫だ!」と、一助。

「なんとかならんのか一助」と一心は救いを求める。

「あんたはん! ごちゃごちゃ言わんと時間無いさかい一助の言う通りにしよし!」

きつく静に言われては反論の余地はもう無い。


 ドローンが外側線の外側に着陸し一助がヘルメットを一心に渡す。

「静の分はメット無いんだ我慢して。一心操縦方法は分かってるよな、皆で美紗に教えて貰ったからな!」

そう言われて「あ~そうだ。車と同じだったよな。上昇下降のギアが車のシフトレバーだったよな?」

と、一心は再確認する。

「おーそうだ。それだけ分かってれば十分だ。で、ケータイ繋ぎっぱなしにしてやるから、分かんないことはすぐ訊けよ。落ちる前にな!」

一助はにやにやしながら一心を脅す。

バルドローンの運転席はそんなに広くない。そこに二人乗るには一心が半身になるしかない、シートベルトを二人纏めて掛ける。

「じゃ行くぞ。残り十五分しかない。急ぐぞ!」一心は自分に言い聞かせる。既に汗が滴り落ちている。

「へえ、落ち着いて慎重に急いでな」静はバッグを足元に置いて嬉しそうに一助や数馬に手を振る。

ギアを「上」にしてアクセルをゆっくり踏み込むと、シューと音を立てヘリウムガスがバルーンに挿入され、ドローンのプロペラの回転音が大きくなりふわっと浮かぶ。

「うおーっ、上がったぁ……」一心が叫ぶ。

適当に高度を上げてギアを「ノーマル」に戻すとバルドローンは水平に真っすぐ飛ぶはず。

一心はホッとしていると静が「あんたはん、何処へ行くんどす? 海へ海水浴でもしに行くんどすか?」

そう言われて慌ててハンドルを右に切り東へ向かう。

 静がナビで目的地を見ている。

車でも初心者が真っすぐ走れないように、バルドローンも同じだ、風に流されるしアクセルを一定の力で踏み続けるのも難しい。

その結果スピードが速くなったり遅くなったりすると、機体がそれにつれ上下するのだ。

「静、なんか俺操縦してるのに酔いそうだ……一助! 真っすぐ水平に加速したいときはどうするんだ?」

「一心! ギア下げてアクセルふかして水平を保つんだぞっ!」

「あ~そうだった。え~と、下げてふかす……」

一心は言われたとおりにやってみるが余計上下運動が激しくなる。

「あ~ダメだぁ、静! 真っすぐ飛べない……」

静に助けを求めてもどうしようもないことは分かっているが、怖くて下を見ることも出来ない上に目眩でもしているかのように揺れるのだ。

「もう、二度とバルドローンなんて乗らんぞー……」

一心は飛行中ずっと文句を言い続けた。そうしないと吐きそうだ。

 

 十分もしないうちに静が「そろそろ目的地やよって下げて」と言う。

「丘頭警部は十六時十分位に着くから少し時間稼ぎしてくれと言ってきたぞ」

一助が言う。

一心と一助とケータイを繋ぎっぱなしなので数馬の携帯に掛けてきたようだ。


 バルドローンは発進より着地が難しい。下手すると地面に激突する。

清家工場内の空き地に向かって下降する。

ギアを「下」にしたまま、アクセルを緩める地上数メートルまで下降したら、ギアをノーマルに戻しアクセルだけで下降速度を調整する。

「静、ちょっと揺れるぞ」

一心がそう言った途端にやや右に傾いて着地した。

「きゃっ」

静が衝撃に悲鳴をあげ一心に倒れかかる。

一心は押されてバルドローンから身体が半分落ちる。

慌ててアクセルを離してモータースイッチを切る。

ズンと大きな音を立てて四輪が地面に着くと反動で今度は静の方へ身体が振られて一心の身体が静をバルドローンの外へ押し出す。

「きゃっ」

悲鳴をあげて静が頭から落ちかけるが、シートベルトに掴まって落下はなんとかせずに済んだ。

しかし弾みでキャリーバッグがバルドローンの外へ転がる。

鍵をかけてあるので帳簿が散乱することは避けられた。

「あらあら、一心、もう堪忍どす……死ぬかと思いましたわ……」静が一心を睨む。

一心は苦笑いして「今着いた、警部に報告しといてくれ」

一助に伝えバルドローンを下りキャリーバッグを引いて工場に入る。

清家織物工場跡に着いたのは午後四時の二分前だった。

「あぶねぇ~」自然に声が漏れる。

 

正面入口から堂々と中に入る。

建物に入って「お~い、来たぞーっ! 姿を見せろ!」一心が叫ぶ。

少し間があって機械の間から親娘に銃を向けたまま犯人が現れた。

「ぎりぎりだったな。で、持ってきたのか?」

「あ~、何とか見つけた。このキャリーバッグに入ってる。持ってけ」一心が応じる。

「こっちへ投げろ!」

「え~、こんなに重たいのに投げろってか……取りに来いや」

「何ぃ、言う通りにしないとこいつら殺すぞっ!」

「分かった、分かった。言う通りにするから待ってろ! ったく、気の短い奴だ……」

そう叫んでバッグを投げるが数メートルしか飛ばない。

「ちぇっ、何やってんだ」

「だから、重たいんだって言ったろう」

「おう」

リーダーらしい男が犯人の一人に手振りで行けと指示する。……その男がこっちを睨みつけながら近づく。

「よけーなまねすんなよ~変な動きしたら即撃つからな!」

そう言う男は何かびくついているように見える。

「なんもせん! 心配すんな」一心がその男を嘲笑うようにして言った。

男が一心に目を据えたままバッグを引きずって親娘の所まで戻る。

リーダーらしい男がバッグを開けようとするが開かない。

「おい、鍵かけてんのか?」こっちを睨んで叫んだ。

「あ~そうだった。鍵? あ~持ってこなかった」一心が叫ぶ。

「ばかやろー、舐めてんのか……良いぶっ壊す」

男はそう言ってバールのようなもので金具を叩いて壊す。

時計を見る。良い時間稼ぎになった。警部が着いた頃だ。

誘拐犯が蓋を開けて書類が入っているのを確認し、

「じゃ、中身が間違いないのを確認したら親娘を解放する。お前たちも、周りで隠れて様子を窺っている警察も良く訊け! 我々が無事にここを脱出できなかったら、その時はこの親娘の死ぬ時だ! 分かったら下がれっ!」

「約束が違うじゃないかっ! 帳簿渡したら親娘を返すと言ったろ!」一心が叫ぶ。

「誰が、同時にと言った。バカじゃないか、ここで返したら俺たちすぐ掴まるの目に見えてるだろうがっ!」

「連絡方法は? 俺のケータイに電話くれ!」

「ダメだ。方法はこっちで決める。じゃあな」

犯人グループが機械の陰に姿を消した。

 ――くっそ~、チャンスなのに手も足も出せないのか……

 急いで後を追う。裏口から外を覗くと黒いワンボックスが裏門から出てゆくのが見えた。

ナンバーは確認できなかった。

 

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