第39話 社運のかかる措置

 對田が監査室長の神野匠に調査を指示してから二週間が経過して、ようやく神野匠が社長に報告したいと言ってきた。

對田は神野を応接室に入るよう促して、人事課へしばらく社長室へ誰も入れないよう指示する。

「調査の結果を報告します」

神野はそう言ってペーパーを一枚テーブルに置いた。

「どうやら鳥池常務には鳥池勝頼(とりいけ・かつより)という従弟に当たる人物がいまして、その次女愛(あい)の嫁ぎ先が縦上准(たてがみ・じゅん)という商社マンなんですが、その親が反社会的勢力に認定されている縦上獄生会(たてがみごくせいかい)の会長縦上崇城(たてがみ・そうじょう)なんです。

息子と父親は断絶状態にはあるようなんですが実の親子に間違いはありません。

恐らくそういった関りがあって当社が請け負っている所沢市のゴルフ場改修工事に、縦上建設(株)という縦上獄生会の息のかかった会社から十名ほど作業員を受け入れ二年間仕事をさせていました。その前には別工事の発注もしていて当初の契約日から十年程経過していることが分かりました。

しかも、年間の委託料が七千八百万円ほどでして他社の二倍なんです。

明らかになんらかの便宜を図っていると言われてもやむを得ない状況でした」

そう言う神野の声は精彩を欠き調査したことを悔やむような雰囲気を醸し出している。

神野は自社と反社会的勢力との関りが見つかったことに加え、長く一緒に仕事をしてきた鳥池常務が扱っていたことに二重のショックを受けたようだ。

「そうすると、国交省の山出課長のメモは正しかったんだな……」

「はい、どうしますか? 私から業務部長に取引を切るよう言いましょうか?」

「いや、俺が専務に言って切らせる。国交省へ報告に行かなくちゃいけないしな」

 ――そうは言ったが、国交省への報告は慎重にしないとこっちが切られる可能性もあるなぁ……いや、その前に我社に工事を発注しているゼネコンに話を通さないと、国交省から話が行ったのでは機嫌を損ねるかもしれんし……ちょっと厄介だなぁ……。

 

 ――拙いなぁ……専務と相談するか? あいつだって我社の問題だとすれば無下に断らんだろう。

その前に常務に真相を糺そう。

そう思って對田は常務室に電話を入れる……が、出ない。

仕方なく人事課へ電話を入れる。

「あ~わたしだが常務はどっかに出てるのか?」

「はい、人と会う約束があるからと五分ほど前に出かけられました」

「誰と会うのか言ってたか?」

「いえ、聞いておりません」

「そっか、ありがとう」

五分前って……俺たちの話を聞いていたのか?

 ――だが、今、逃げたとしても、何か対策をと言ったって既成事実はどうしようもないだろう……

まぁ良い専務と話そう。

對田は専務を社長室に呼んだ。

来るまでの間、応接室に盗聴器でも有るのかと思い椅子やテーブルの裏側を膝をついて探る。

電話機やコンセント、花瓶の中も見た。

そうこうしているうちに専務がやってきた。

「社長、何やってるんだ?」

「いや、あ~専務、相談があるんだ」

そう言って神野室長が置いて行ったペーパーを見せ、ざっと説明した。

 

「どう思う?」

「……国交省への対応とゼネコンへの対応の二つの問題ってことだな」

「そういうことだ。これは我社の大問題だ、あんたとは色々あるがここは協力してくれ」

「わかった。で、社長はどうしたいんだ?」

「先ず、そこの取引は切る。これは専務に頼みたい。それから常務に何らかの処分をし、その上で調査結果を国交省にそのまま伝える。ゼネコンには何も言わない、先数が多いし言えば無条件にうちは切られると思うんだ」

對田が村岩を直視して言う間村岩も目を逸らさず對田を凝視している。

「そのメモは誰が書いてどうして国交省に渡ったんだ? その辺は分かってるのか?」

村岩の一言にはっとする。

「そうか、我が社員の内部告発って可能性が高いか?」

對田が独りごちのように呟く。

「そこだ。それを追及し過ぎるとまた告発される」

「しかし、一般社員が反社勢力なんて調べるか? そもそも知ってるか?」

「おいおい、そう社員をバカにすんなよ」

村岩がにやりとする。

「しかし、社員だとすると、仕事を切られたら会社が傾いて最悪潰れて、結果自分が困るって考えないのか?」

「じゃ、他社のスパイか? ……」

村岩は言いかけて、

「……いや、変に考えるのは藪蛇だ。ここは社長の考えで良いんじゃないか。ゼネコンから何か言われたわけじゃないし、今後、何か言って来たら社内のルールに反する扱いだったので、その先は切って関係者を処分したと言えば良いんじゃないか?」

「あ~、そうだな。専務がそう言ってくれるなら、そうしよう。ありがとう」

「おいおい、こんなことで一々礼なんか言うな」

「ははは、そうだな。で、今、常務が外出中だけど処分として『常務を解任する』で良いか? 役員としては次回の株主総会でどうするか決めよう」

「わかった。じゃ、国交省は頼むぞ。おれは早速縦上建設との取引を解約する」

村岩専務がそう言って席を立った。

「じゃ、常務が戻ったら先ず話を聞いて、処分を伝えそのあと役員会を開いて決定しよう」

對田の言葉に村岩は振り返ることもなく片手を挙げて出ていった。

 

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